松野の日々の活動の様子や思いをお伝えいたします




2012年 2月 21日

「船中八策」あれこれ

 橋下徹大阪市長が代表を務める大阪維新の会が、次の衆院選に向けた公約集「船中八策」の骨格を公表したことで、話題を呼んでいる。与野党だけでなくマスコミも注目をしているし、なかなかマスコミ使いが上手だと感じてしまう。
維新の会の船中八策について、首相公選制、参院廃止、掛け捨て年金、脱原発などが挙げられているようだ。脱原発は賛成だが、具体的にどのようにして脱原発を図っていくのか不明だし、八策の中には憲法改正が必要な重大テーマもある。

 石原慎太郎都知事は賛成のようだが、民主も自民も興味を示していても直ちに賛成というわけではない。私も、打ち上げ花火をやるのは自由だけど、言いたい放題、やりたい放題、打ち上げ放題では、いずれしぼんでしまうだろうと思っている。
そもそも橋下市長自身、昨年11月の市長選直後は大阪都実現がゴールであって国を変えるのは国会議員であり、市長が考えるのはやりすぎだと言っていた。ところが急に国政に向けた政策発表だからちょっと驚く。まあ橋下氏自身、府知事選に出ることはないと言っておきながら突然立候補したりするから前言翻しは得意技なのだろう。

 確かに今の政治がなかなか変えられないというもどかしさがある。しかし、だからといって日本のような先進国での政治社会の枠組みを変えるのはそう簡単ではない。私もそう簡単には変えられないことを毎日実感もしているので、それこそ一つひとつのテーマを着実に進めるしかないと腹をくくっている。

 維新の会が掲げる船中八策による激変は、かっこよく見える場合もあるが、危険な臭いを感じざるを得ない。とりわけ橋下氏の政治手法が、敵を作ってその敵をたたくことで庶民の喝采を得ようということがミエミエだけになおさらである。ポピュリズムの典型でもある。
あれだけ大口を叩く橋下氏なら既成政党ではできないことを何かやってくれるのではないかという漠然とした期待感もあるかもしれない。しかし府知事時代も市長になってからも公務員を叩く程度にとどまっているのが実態ではないか。

 こうした状勢を冷静に見れば、船中八策についてもせいぜい問題意識というレベルで議論をするのが適切ではないか、また何十年かかるか分からないようなテーマではなく、もっと生活に密着したテーマを選んで議論を煮詰める必要があるし、選挙目当てのような手法は最も避けるべきだと感じている。

 ところで私の畏友である大阪(岸和田市、和泉市、泉大津市など)選出の中川治衆議院議員は、ずっと前から「泉州八策」を自らの政策として公表してきたので、おそらく中川議員は「僕の真似をするな」と怒っているだろうなあと想像する。




2012年 2月 19日

秀逸の賞を獲得

ジョークサロンというとても楽しい仲間内のサロンがあります。正式には、笑品快発集団「同巣会」ジョークサロンというのですが、ユーモアに関するものなら、どんなジャンルでもOKということで、駄洒落、語路合せ、替歌、コント、川柳、狂歌等全て自己の創作を披露する会なのであります。
私も実は、このサロンのメンバーです。楽しい語呂合わせや親父ギャグを作っては毎月1回の東京神田で開かれる会合で紹介し合うのです。

私自身はなかなか忙しいので、毎月参加はできませんが、年に数回は出席していて「参議松野」というネームで国会がらみのギャグ作品を発表しています。このサロンのなかで、「ものは付けコーナー」というのがあり、毎回出題されたお題に応えて作品を発表しているのです。私は初めて投稿出品したのですが、なんと2月号では私の作品が秀逸賞をいただきました。

出題されたお題は「工夫が感じられるものは」というものです。これに対する私の作品は「クフ王のピラミッド」。「工夫王」と「クフ王」とをかけたもので、ちょっと親父ギャグっぽい作品でしたので、どうかなあと思っていたのですが、秀逸との評価でとても嬉しいことでありました。選定していただいた「古文亭南朝」さんには感謝感謝。

東京から週末に熊本に帰ってみたところ、「古文亭南朝」さんからのお手紙が届いていて「工夫が感じられるも音は、「クフ王のピラミッド」を秀逸といたしました。紀元前何千年の昔の人の工夫は大したものですよね。南朝」というお手紙とともに1000円の図書券まで頂戴いたしました。
お陰様で2月18,19日の週末は忙しい中でも人知れずニタッとしてしまう楽しい週末となりました。




2012年 2月 15日

貴重な勉強会

 2月15日夕方から衆議院議員会館の会議室で「民主党への緊急提言」を受けての勉強会が開催され出席しました。
提言を行ったのは、いわば民主党応援団の学者・研究者であり、山口二郎北大教授、大沢真理東大教授、波頭亮経営コンサルタント、金子勝慶大教授です。私はよく知っている方々ですし、これまでも色んな場で講演や報告等をしていただいていましたが、一同に4名が集まってそれぞれからお話をお聞きしたのは初めてで画期的でした。

 皆さん総じて「民主党頑張れ」「社会保障と税の一体改革はぶれることなく実施せよ」「福島の被災者を救済せよ」「食品の安全を徹底して確保せよ」などとハッパをかけられました。今後、ご出席していただいた一人ひとりから連続講座が行われますので、15日の勉強会はまさに出発点での豪華メンバーの勢揃いでした。

 山口教授からは、民主党の政権交代とは何であったのか、という趣旨できつく現状分析や提言を行っていただきました。とりわけ働く市民のための資源再配分を徹底することや、政治とは要するに、どのような人からどの程度税金を徴収して、それをどのように配分するかという仕事であり、明確な理念を掲げて断固として実行することや説明責任を尽くすことなどが指摘されました。最終的には雇用を中心とした社会の回復が必要だとまとめられました。

 途中で、橋下大阪市長ら維新の会のローカルポピュリズム政治も厳しき批判され、これを乗り越えていかなければならないとも話されましたが、これは金子教授も同様でした。私も4人の皆さんのお話を聞いて総じて賛成できるものでした。

 私からは金子教授や波頭さんに質問もさせていただきました。要するにサラリーマンの給与は下がる一方で他方大企業の収益や資産は増えるばかりとなっているので、どうやってその儲けをはき出してもらうかという点を中心に質問をして、若干の議論もありました。

 とても貴重な議論の時間がとれたと思っています。後は講演を踏まえて実行あるのみですね。




2012年 2月 6日

嗚呼おじいちゃん

2月6日は午後1時10分のJALで熊本から上京しました。熊本阿蘇空港に行く直前の昼前に菊池恵楓園を訪問しました。それはこの園の中に新しく子ども園が開設されたからです。
園の中にあった元看護学校の建物を活用して今年1月にようやく開設されたもので、私もいろいろと応援をしてきたものです。ハンセン病療養所の中では初めてこうした子ども園が開設されたもので、園の将来をも考えた地域との交流という意味合いもあるのです。

真新しく改装になったばかりの子ども園に着くと、3歳前後の子どもたちが元気に保母さんたちと遊んでいました。私は子どもたちのおやつにとの思いで買ってきたくまもんの絵柄が入ったクッキーを差し上げて、「くまもん知っている人?」と言うと半分近くの子どもたちが「はーい」と元気に手を挙げてくれました。
私がおやつにくまもんクッキーを食べてねと言って、子どもたちも喜んでくれたのは良かったけれど、その後、ある子どもの言葉にグサリ。「うちのおじいちゃんみたい!!!」と言ったのだ。
えっ、おれはそんなにおじいちゃんじゃないぞ、との言葉を思わず飲み込んだ。

うーん子どもは無邪気で可愛いけれど、無邪気なだけにきついね。でもまあ可愛いから仕方ないね、と思いながら搭乗したのでした。




2012年 2月 4日

水俣病特措法の申請手続きが7月末で締め切り

 注目されていた水俣病特別措置法に基づく救済の申請手続きについて、細野環境大臣が2月3日に記者会見を行って、今年7月31日で受け付けを終了すると正式に表明した。
予想されていたとおりであり、やはり7月で締め切ると表明したのかと、重い判断ではあるし、何ともやるせないような複雑な気持ちである。

 そもそも特措法は2010年5月の申請開始から「3年以内を目途に救済対象者を確定する」と規定していたので、来年4月が一応の「目途」ということになる。あくまでこれに拘泥すれば、申請者の検診、判定作業に半年から9ヶ月ほどかかることを考えて、救済対象者を確定するための「ぎりぎりの線で期限を設定した」(細野大臣)ということもわからないではない。しかし単純にそうだとも言いにくい。

 実際上、環境省の事務方としては3月末という年度末で締め切るという考えもあったようである。さすがにこの考えにはとうてい賛成できないし、そうなると5月1日の水俣市で行われる水俣病犠牲者慰霊式が穏やかには迎えられないという話を政務三役にも申し上げてきた。
熊本、鹿児島両県からも要請があり、こうした要請などを受けてさすがに3月末で締め切ることはできなくなり、また5月1日の慰霊式が済んだ後ということをも考慮して、また来年4月からの逆算もした上で7月末に落ち着いたのだと思われる。

 3月末での締め切りは絶対に止めるように進言してきた私としては、とりあえずそれが避けられたことは、最悪の事態は避けられたと思う。だからといって7月末がぎりぎりの線か、適切かと言われれば、そう簡単には賛成できない。
なにしろまだまだ申請者が数百単位で出てきている以上、何も今の時点で締め切りを決めなくても良いではないか、本当に申請者がなくなってきた段階で考えればよいはずであり、こちらのほうがはるかに筋が通っているからだ。
手を挙げる被害者がいなくなれば、特措法としての性格上は締め切ることは考えられるが、何より今はまだまだ多数の方々が手を挙げているのだ。

 早々と締め切ることの拙さを過去の歴史から学んでないのではないかと言わざるを得ない。水俣病は蓋をして幕引きを図ってもことごとく失敗してきた歴史があり、これに学ぶべきだと繰り返して政務三役にも申し上げてきたが、残念ながら今一歩届かなかったのか、との思いが強い。

 あるいは、特措法に基づく申請者が5万人もなるという事態に、財務省から話が違うではないかといった脅しでもあって、そうした圧力を受けていたのかもしれない、だから早めに締め切るという環境省なりの姿勢を示さざるを得なかったのかな、等というあらぬ疑いの勘ぐりもしたくなる。
勘ぐりはさておいても、特措法に基づく締め切り問題もあるし、また対象地域や対象期間外の被害者救済をどうするかという問題も残されている。例えば対象地域外とされている芦北町の山間部からも水俣病特有の症状を訴える方が多数おられるという現実を踏まえなければならない。現実から逃げた幕引きをしても失敗に終わるし、行政は水俣病問題から逃げられないことになる。

 細野大臣は、取り組みが不十分と指摘されている行政の周知活動について、半年間、徹底して広報すると表明しているが、要は広報だけの問題ではないのだ。いくら周知徹底をしても、要は根本問題にメスを入れないと解決しない。今後とも訴えていくしかない。




2012年 2月 1日

3都「新党」に熱い視線が注がれてはいるが・・・

石原慎太郎東京都知事、橋下徹大阪市長、大村秀章愛知県知事の3首長が仕掛ける新党構想が話題になっていて、与野党議員も熱い視線を送っているとの報道が続いている。確かに民主党も自民党も国民の期待に応えきれない。だから民主もダメ、自民もダメ、といった既成政党に対する不信も高まっているのは事実であろう。

今日2月1日、昼に昼食を取りながら朝日新聞の編集委員の政治記者と懇談をしたが、今選挙をやれば両政党とも勝てないし、どちらも第1党になれないかもしれないし、大都市を中心にして壊滅的な敗北になるかもしれない、勝つのはみんなの党や橋下氏率いる維新政党ではないか、といったお話ではあった。
なかなか説得力のある報告であり、面白く聞かせてもらったし、なるほどそうかもしれないと思う。しかしだからといって橋下氏らにすり寄るのはもっと見苦しい気がする。選挙で負けそうだから選挙で勝てそうな首長新党に群がるのでは、良識ある国民から益々見放されるのではないかと思う。

大村氏らは、「東京、愛知、大阪の3都市連合で日本を引っ張る。衆院選に我々の思いもぶつけたい。」と述べているので、おそらく次期衆議院総選挙では相当数の候補者がこうした首長新党から立候補することも予想されるし、案外、都市部を中心にして既成政党を凌駕するのではないかとも思う。

しかし、3氏の考え方は、どうも都市中心主義ではないかと思われる。都市部が元気になれば日本全体の牽引役になるという考えのようだが、果たしてそういえるか。地方がどうなるか、農林漁業などの第1次産業をどう考えるか、などは希薄のようだ。みんなの党もそうだが、新自由主義的な考え方が強いし、それこそかっての小泉政権時のように、例えば公務員とか労働組合とかの敵を作っては、それを一方的に攻撃を仕掛けて溜飲を下げる。国民もよく分からないままに拍手喝采を送るが、一時的なものに終わることになる。

例えばみんなの党がTPPをどう考えるかは明確ではないし、農林漁業などの第1次産業の振興をどうするか、安全保障や外交はどうするか、沖縄はどうするかなど幅広い国政上の課題をどうするかはまだまだよく分からない。一点突破主義では目先の選挙に勝てるかもしれないが、いずれは化けの皮が剥げるのではないかとも思う。それほど、現在の日本の国政を担当するのはホントに大変なことだとつくづく思う。

私は、民主党に期待をかけてくれた国民の声をしっかりと受け止め、ウロチョロすることなく「国民の生活が第一」をひとつひとつ愚直に進めるしかないと考えている。
実際には急激な変更でバラ色の未来が突然開けてくることはないし、絵空事ばかりを語っていてもしようがない。しかしそれでも理念や理想を大事にしながら一歩ずつ現実を見つめて歩むしかないのだ。
少しでも未来に光が見えてくれば・・・いや私たちが光を照らし続けなければ・・・理念や理想を共有する民主党の良識ある仲間たちと進んでいきたい。




2012年1月 30日

水俣病特措法の申請を打ち切るな

 水俣病特措法の申請期限が近く締め切られるのではないか、という不安が高まっている。横光克彦環境副大臣に続いて1月29日には細野豪志大臣も水俣市と新潟市を訪れて患者団体と意見交換をしている。
29日の午前中には熊本、夕方には新潟という強行軍だった。この行程を見ても忙しい中で無理矢理1日で締め切り合わせて強行した感がある。

 マスコミ報道でも3月末での締め切りにはならないが、近く期限設定の表明がなされるのではないかとしている。確かにそんな雰囲気はある。
私自身は、行政手続きであり、また特措法の中でも「救済措置の開始後3年以内をめどに救済対象者を確定する」とある以上、一定の締め切りはやむを得ないと考えているが、相当に時間をかけて門戸を開いておくべきであり、3年という文言にこだわって慌てて閉じると必ず失敗すると考えている。

 これまでの長い水俣病の歴史を踏まえれば、行政当局は、何度も水俣病は終わったなどと言って蓋をしようとしてきたが、常にその蓋がこじ開けられる結果に終わっている。
一番最初は昭和34年12月の見舞金契約である。チッソと熊本県当局とが一緒になって幕引きを図ろうとした。しかしその後に水俣病第1次訴訟が提起され、この見舞金契約は公序良俗に反して無効と評価された。
その後も行政当局からは患者切り捨てが続いたが、その度に訴訟が提起され幕引きを許さなかった。被害の存在という事実から目をそらして行政や企業の都合だけで幕引きを図っても、現実に被害が存在しているという事実のほうが圧倒的に強いのだ。

こうした長い歴史をふまえると、そう簡単に終わらせることなど考えない方が良い。

 私自身、環境省当局にも副大臣にもその旨申し上げているので、とにかく水俣病の歴史に学んで欲しいという気持ちが強い。実際にも、私は特措法の審議の中で水俣病被害者の申請が続いているのに時間が来たと言って申請を打ち切るべきではないとの指摘に、それはそうだとのやりとりもなされていた。
いまだ現在でも数百人単位で申請者が続いているのに、それを打ち切るなど常識的にも考えにくい。

 それにしても水俣病は、昭和31年5月の公式発見からすでに50年以上経過してなお被害の全体像も明らかでない。
熊本、鹿児島、新潟の3県で特措法の申請者は5万人にも達する。有機水銀垂れ流しによる被害の深刻さには本当に胸がつぶれる思いだ。特措法によって、チッソは段々と水俣病の桎梏から逃れて分社化の道を進んでいる。
一方では水俣病から逃れつつある加害企業と他方では水俣病から逃れられない膨大な被害者とが同時代に生きている。やはり救済の門を閉ざしてはならないことを訴え続けたい。




2012年1月 24日

通常国会が始まった

 1月24日から第180回通常国会が始まりました。午後からは衆議院と参議院とで、それぞれ野田総理外3人の閣僚の演説が約1時間半にわたって行われました。相変わらず自民党からのヤジがひどい。これはと思うような鋭いヤジは全くなく、ただ大声を上げるだけの品のないヤジばかり。
衆議院議員に聞いたところ、衆議院では自民党からはほとんどヤジが出ていないとのこと。自民党の参議院議員は2010年の選挙で数を増やしているのでそれだけ勢いがあるということなのか、それとも元々そうしたヤジを飛ばすヤツが多いのか。

 さて野田総理の施政方針演説は、良いところと残念なところとが混在していた感じです。良いところは社会保障と税の一体改革に向けての強い決意が聞かれた点で、この点はぶれずに断固やるという方針が示されたことです。総理自身がぶれることが一番良くないので、こうした難しい課題に果敢に取り組むという決意が述べられたことは良かったと思います。こうした課題については、当然強い反対もありますので、「政局」よりも「大局」を、と野党や国民向けに述べていたことも野田総理らしいレトリックでありました。

 ただし、あまりにレトリックにおぼれるのも良くはありませんね。一つの演説には1つか2つ程度にとどめた方が良いように思います。以前、野田総理は「下心ではなく真心で野党に接する」などという発言もあって、こうした00ではなく00をというのは、野田総理のお得意の表現ですが、何度も聞かされるとどうしても飽きが出てきますので、私にとっても要注意ですね。

 残念なところは、脱原発に向けた発言がなかった点です。せっかく菅前総理が再生可能エネルギー促進特措法を成立させたのであるし、もはや原発に依存するような社会ではなく、今後のエネルギーは徹底して脱原発を行い、太陽光、風力、バイオマスなどの再生可能エネルギーを促進していかなければならない。是非ともこの点について言及し、総理の決意を聞きたかったが、残念ながらそれはありませんでした。
エネルギー戦略は、まさに国家をどういう方向に導くかという極めて政治的に大きな課題であるだけに、国民としても大きな関心があったはずです。新しい再生可能エネルギーを創り出し、それによって雇用も創出する上、環境創造も同時に行うという国家戦略は今後ともやらなければならない課題ですし、私自身も大いに取り組んでいきたいと思っています。




2012年1月 20日

遠出やら旗開きやら

1月17日から18日にかけて、参議院法務委員会の委員派遣ということで、17日は宮城県に、18日は福島県に視察に行ってきました。いずれも法務行政や司法問題に関してということでしたので、裁判所や検察庁、刑務所、少年院などの視察と事情聴取でした。
いずれも施設的には東日本大震災によって一定の被害が発生しているようですが、聞いたところではそれほど甚大あるいは深刻な被害が発生したというわけでもないようです。それでも予想以上の被災であったことは間違いないようで、まだ完全には復旧もできていないところもあるようです。
しかし何と言ってもより深刻なのは、福島での原発事故に関連するありとあらゆる問題です。とりわけ福島県弁護士会での賠償問題は本当に大変だったし、これからも大変だと痛感しました。被害を受けられた方々には、東電への直接賠償請求、裁判外紛争解決手続き(原発ADR)、裁判などと方法がありますが、どれも一長一短。どの方法を採用するにしてもキチンと弁護士がついて指導されておればスムーズに処理が進むかと思いますが、そうなると弁護士費用の問題が出てきます。基本的には東電ではなく被害者負担となりますので、この点、被害者には何で?という疑問も出てきますね。この辺りを乗り越えながら早く円滑に賠償手続きを進めなくてはならない、との思いを強めながら福島を後にしました。

19日は一転して天草での挨拶回りを行って夜は八代市での連合地協の旗開き。また20日は夕方午後5時半から
@国交総連の旗開き、A熊本市消防団の新年会、B政労連の旗開き、C市労連の旗開き、D民主党議員との懇親会などを駆け巡りました。都合5件無事済ませてヤレヤレでした。
この正月の時期は、どうしても新年会などの行事続きで、多くの人と酒を交わしながらの交流会続きです。飲み過ぎないようにと注意もされながら、それでも酒をつがれるといやとも言えずのお付き合いです。




2012年1月 16日

覚悟が聞かれた野田演説

1月16日は民主党大会が東京のホテルニューオータニで開催され、出席しました。もちろん、当日は野田総理も出席され演説がありました。
野田総理は大会の始まる直前に会場入りされましたが、一瞬あれっと思いました。それもそのはず、なんと右目に眼帯をはめているでの、まさに独眼流の格好だからです。びっくりして周りの議員仲間に聞くと、昨晩、首相公邸で何かにぶつけて右目を打ち付けたらしいとのこと。眼帯まではめているので、おそらく相当の痣ができているのかなあと思いながら、首相自身は自分の目を打っても集まっている党員の心を打つような演説を願いました。

結果はとてもよい演説だったと思います。野田総理自身、社会保障と税の一体改革を中心にして、ぶれずに、逃げずに課題に取り組むことを強調しておられました。そして野党とも徹底して議論をし、衆議院を通過した後、参議院でも徹底して議論をして政府提案の法案の評価を国民にも明らかにして上で、場合によってはそれでも反対するのですかとの姿勢で採決に臨みたいという強い決意も示されました。
この場面では、そうだということで議員からは拍手も沸きましたし、私自身もそれくらいの強い気持ちでやれとの思いで拍手しました。やはりリーダーが明確な決意を示し、それを我々が支えるという当たり前のことが必要だと再認識した次第でした。党大会の後、夜は菅前総理や平岡前法相らと一緒に懇親会を行い、楽しく語らいながらも英気を養いました。




2012年1月 10日

今年初めての上京

1月10日になって今年初めて上京しました。朝9時の便に乗って午後7時10分羽田発の最終便で日帰りでした。久し振りの東京は思ったほどには寒くなくて、むしろ暖かな感じがしました。
議員会館の女性秘書2人に挨拶をして、私の次女も留学先のイギリスから一時帰国をしていたので、これまた久し振りに会って一緒に昼食もいただきました。そのとき、次女がどうやらお付き合いをしているらしいイギリス人の男性も一緒に日本に来ていて、これまた久し振りに英語と日本語でお話しをしながらの昼食でした。
昼食後には、入れ替わり立ち替わり法務省の事務方やマスコミがやってきては、その相手をしながら、夕方からは政策調査会の役員会に出席しました。

今年初めて前原会長や仙谷会長代行らと顔を合わせての会合でした。こうした会合に出席すると、いよいよ年が改まった後の国会も近づいてきたとの感を深くします。野田内閣では一部の内閣改造や人事異動もなされるようで、多少そうした話も交えながらの初会合でした。
今年の国会はどうなることやら、今のところ、見通しがつきにくいですね。私の予想では、第4次補正予算や平成24年度本予算は何とか成立するでしょうが、予算関連法案もその他の重要法案もなかなか厳しい先行きでしょう。
夏以降は、いつ衆議院解散があってもおかしくない展開になるのではないか、段々と解散の声が高くなるような気がしてなりませんが、これこそ当たるも八卦当たらぬも八卦かな・・・




2012年1月 4日

2012年初動

1月4日からいよいよ2012年の活動を開始しました。それまで個人的な新年会などに顔を出していましたが、本格的な始動は4日からです。
まず11時から玉名市での賀詞交歓会、12時30分からは荒尾市での新春年賀交歓会、午後4時30分からは八代市での年賀会でした。いわば年賀会のはしごです。
こうした年賀会に出席して挨拶などしますと、いよいよ新年を迎えて仕事が始まったという感触が強くなります。

さて、民主党に離党届を提出した内山晃氏ら衆院議員9人は4日、「新党きづな」の結党を総務省に届け出たとの報道があります。代表に就いた内山氏は「震災復興やデフレ脱却に全力で取り組む」と強調。「今やることは消費増税でも八ツ場ダム(群馬県長野原町)建設継続でもない。環太平洋連携協定(TPP)は論外だ」と野田政権への対決姿勢を示したとも報じられています。
内山氏は、2003年に衆議院議員になった当選同期の議員であり、離党されたことは残念という外はないが、記者会見で八ッ場ダムの話をしていることはやや意外な感がする。というのも、私自身は、八ッ場ダム建設反対を強く主張して、そのためダム中止後の生活再建に向けた法案つくりもやってきました。ところが今回離党された方々は、これまで八ッ場ダム建設問題について、特段に反対との意見表明やそのための取組をやってこられたという様子が伺われなかったもので、八ッ場ダム建設反対を言われるのはやや唐突な感じがします。
この点をも含めて消費増税反対やTPP参加反対などは結論として、私自身も賛意を表することはできるものの、だからといって離党や新党結成にはとうてい賛成できません。
私自身は、民主党に期待していただいた多くの国民の皆さんの期待に応えることは、決して離党や新党結成ではないと確信しています。今の民主党に対して厳しい批判はあるものの、だからといって離党するのではなく、苦しくても民主党に留まって少しでも良い方向に持って行くこと、マニフェストで訴えてきたことを一つずつでも実現していくこと、それこそが期待していただいた有権者への責務だと再認識しています。それに向かって今年も頑張りたいとかみしめています。




2011年12月 29日

ああ、離党者が10人か

党内の税制調査会で消費税増税論議がなされ、これに反発して9人の衆議院議員が離党し、1人の参議院議員がやはり離党して「宗男新党」に参加するらしい。マスコミでは、民主党の亀裂だとか、混乱だとしているようだ。私の元にも支援者の方々から、一体どうなっているんだ、何故まとまらないのか、などとお叱りの連絡も来ている。非常に残念ではあるが、やむを得ないと思う。
離党した人たちを見てみると、ほとんどが1年生議員であり、また小沢一郎議員に近い人たちだ。彼らは、党内でそれほどの影響力を持っているわけではなく、率直に言えば、政治家として未熟ではないかと言わざるを得ない。
消費増税に反対すること自体には理解できるが、だからといって離党するというのは駄々っ子のようなものではないか。自分の主張が通らないからと言って離党するようであれば、組織としての政党は保たない。
大いに議論をして、議論をした上で決定するのは当然であるし、決定した以上はそれに従う、仮に自分の考え方と多少異なっていてもそれを飲み込んでいくしかないではないか。それができないような人が離党するのではあれば、どうぞ!と言わざるを得ない。私自身、個人的には親しい人も離党したが、引き留めても仕方がないようだ。

消費税増税論議について言えば、民主党は4年間は税率は上げないと言ってきたが、4年後以降まで上げないとは言っていないから、2013年10月以降に上げること自体はマニフェスト違反ということではない。
確かに消費税増税は政治家にとっては極めてナイーブな議論ではあり、選挙のことを考えたら消費税増税反対を言っておいたほうが良いとは言えるかもしれない。しかし、多くの国民は消費税増税は避けられないという認識も持っておられるのではないか。
国と地方合わせて1000兆円にもなる借金財政であり、日本はこれまで負担は軽く、サービスは多く、という路線で、借金を先送りにしてきた。しかしもう限界に近い。消費税はある程度避けられない。ただし、単純な増税は許されないし、その前にやるべきことはあるだろうということが正着だ。
やるべきことと言えば、国会議員の定数削減や国家公務員の人件費削減が一つと、もう一つは消費税のあり方自体の見直しだ。消費税自身には逆進性の問題もあるし、益税の問題もあり、改善すべき課題も多い。こういった2つの課題を克服しながらでないと、国民の理解も得られない。難しい課題ではあるが逃げられない。




2011年12月 26日

八ッ場ダム継続か?

 八ッ場ダム問題について、最近、新聞報道で民主党政権は建設続行を決めたとしている。これについては、妥当な結論だという評価とマニフェスト違反だという酷評とで二分している。私自身は、八ッ場ダムは反対を姿勢を強く示してきたので、極めて残念だと言う外はない。
私自身は、前原政調会長に対しても民主党マニフェストの1丁目1番地である八ッ場ダムは、はっきりと反対の姿勢を継続してほしい旨何度も申し上げてきた。確かに前原会長は強く反対の言明をしてこられた。それでも結局は、前田国土交通相の建設続行をのんだ格好になってしまった。
政府は、凍結していた本体工事の費用を2012年度予算案に盛り込むことになったので、これで実際上は、八ッ場ダムは当面、建設続行になるであろう。

 約60年前に計画された八ッ場ダムは、利根川流域の洪水防止と関東圏の水源としての利用が目的で、総工費4600億円の国内最大級のダムである。実際の費用は1兆円に近づくと思う。
東の八ッ場ダム、西の川辺川ダムと呼ばれた。川辺川ダムは事実上、中止になるが、八ッ場ダムは残念ながら継続と言うことで痛み分けのような格好だ。
しかし、これで民主党への打撃は大きい。「コンクリートから人へ」の象徴でもあったからだ。

 前原会長は「無理やり予算に入れるなら、党としては認めない。閣議決定させない。」と言ったらしいが、残念ながら後の祭りという感じが強いし、前田大臣が早速現地まで乗り込んで、ダム建設継続に対して地元首長や議員などから万歳まで映像にとられている。
ちょっとやり過ぎではないかと思うが、しかし政府と与党とがケンカしていることを強調することはあまりよいことではない。いつまでも八ッ場ダム反対反対と言い続けるとなると、単なる党内対立をあおるか、あるいは党の政策責任者が混乱を拡大しているとの批判も出てくるようになろう。これは決して望ましいことではない。
私自身は、あくまで八ッ場ダムは反対だし、無駄なダムの定型であると今でも思う。客観的に見て、また科学的、合理的に見てもこのダムが費用対効果を充足しているとも思えないし、実際上、費用が1兆円にもなろうというダムを造っても治水効果は極めて限定的であり、あまり役には立たないことは大いに指摘できる。

 しかし、我々が作って支えてきた政府が、ダム継続を決定した以上、どこまで反対の姿勢を貫くのが良いのか、難しい問題ではある。政府と党との対立を強調することが良いのか、残念ながらは、反対の姿勢を示しつつ、あまりにも対立することは避けるべきではないか、との思いもある。
政権与党である以上は、政府の正式な決定をいたずらに批判するだけでは無責任ではないか、との思いもある。悩ましい問題ではあるが、節度を持った対応も必要だと感じている。でも何でこんなダムを建設するのか、地元の首長はどこまで分かっているのか・・・悩みはつきないし、悩ましい。




2011年12月 21日

苦労が続く「外国人高度人材ポイント制」導入

野田総理からの指示によって、本年末までに制度設計を確定しなければならない「外国人高度人材ポイント制」が難航しています。最近でも、民主党成長戦略PTの直島座長のもと、法務省、厚労省、経産省の3省の副大臣や政務官と党側の部門会議座長が集まって議論をしていますが、それぞれの言い分が食い違い、なかなか進みません。

私は法務部門座長として参加して、主たる説明役もしています。どちらかというと、経産省は、海外の「高度人材」をどんどんと日本に来てもらいたい方向であるのに対し、厚労省は、もしかすると日本人の雇用に影響が出てくるのではないかとして慎重な姿勢です。
法務省としてはその折衷案のようなスタンスで、私としては法務省案でとりまとめたいところなのです。経産省は、どちらかというと法務省案に理解を示してくれるのですが、厚労省は簡単には応じてくれません。政治家同士の議論が延々と続いています。

この「外国人高度人材ポイント制」とは、日本の成長戦略を考えた時に、日本で不足している分野の専門家や技術者を海外から積極的に受け入れて企業活動の活性化や競争力の強化を図ろう、というものなのです。そして入国管理の審査にパスした外国人について、一定以上のポイントを満たした者を「高度人材」と位置付けて様々な優遇措置を講じようというものです。
与えられるポイントは、「学歴」、「職歴」、「年収」、「実績」などの項目で、ポイントが5点ついたり30点ついたりして、合計70点に達すると専門分野を越えた活動の許容や、最長在留期間の5年への延長、永住権取得条件の緩和、さらには親や家事使用人の帯同などといった優遇措置が与えられるわけです。

これは基本的には入管を担当している法務省が実施するわけですが、やはり厚労省や経産省の意見を聞いてとりまとめる必要があるため、3省の担当者が集まって議論しているのです。
でもホントに疲れますね。法務省単独で決められるのであれば割合簡単かと思いますが、他の省庁との意見調整をしなければならないとなると、侃々諤々の議論となるわけです。でも、こうした苦労を乗り越えないと、何事も政策の実現にはならないなと、まさに産みの苦しみといった感じ。
政権与党として法案を成立させたり、制度設計を確定させることの苦しみを味わいつつ、年の瀬が迫ってきています。




2011年12月 18日

玉名で年の瀬を楽しむ会

12月18日の日曜日夜から玉名市で第一部「松野信夫国政報告会」と第二部「年の瀬を楽しむ会」を開催しました。最近は益城町、城南町、植木町などでの国政報告会が続いていましたが、久し振りの玉名での国政報告会でした。
参加者は約150人ほどで、とても寒い中、日曜日の夜にもかかわらずご参加頂いた皆さんには感謝、感謝。
また当日は高嵜玉名市長、前畑荒尾市長、中逸長洲町長、上田南関町長など首長さんも多数お出でいただき、丁重なご挨拶もいただきました。
私が実施した国政報告会の中では最も多くの首長さんにご出席頂いたのではないかと思います。市長さんたちも、おそらく今年最後の議会も終了して多少はホッとしておられた時期かと思いますが、有り難いことでした。

また当日の料理は地元玉名のNPO法人にお願いして地元の食材を使ってまさに地産地消を致しました。これまた感謝です。
さらに言えば、当日のアトラクションとして地元玉名の皆さんによるハワイアンとフラダンスショーで盛り上がりました。いわば地元づくしの会となって、ご参加頂いた皆さんも喜んで頂いたかと思います。
国政報告会もこの玉名のが最後になるかと思いますが、楽しいひとときでした。皆さん有り難うございました。




2011年12月 11日

9日に国会は閉会したけれど・・・

9日は臨時国会の閉会日。当日は、ベトナムやレバノンなどとの原子力協定の承認案件で国会本会議での採決があった。正直言ってかなり悩んだ。私の周辺では、与党ではあるものの絶対賛成できないという声もあったし、それなりの反対しようという働きかけもあった。ただ、私は最終的には賛成ボタンを押した。

私自身は脱原発を目指しているし、今後の日本はそうしなければならないと考えている。それならばその延長線として外国との原子力協定にも反対するのが分かりやすい。ここで賛成するのは脱原発の本当の覚悟があるのかと問われるかもしれない。しかし私は実際にはそう単純な話ではないと考えている。
脱原発の考え方を取りながら、これまでの外交交渉などを考慮し、原発開発に依存しようというレバノンなどとの信頼関係をも考慮すると、わかりにくいとの批判は覚悟しつつ賛成に回った。その間の理由を明瞭に説明できるかと問われると、なかなか難しい問題ではある。悩んだ末の投票ではあったが、最後は、これで良しとの判断で賛成ボタンを押したのであった。

民主党からは棄権者が12人出たらしい。皆さん迷った末での結論であろうし、それは容易に非難はしにくい。日本が早く脱原発を明確にして皆さんが迷わずに決断できるようにしなければならぬ、との思いも持ちつつ一応は決断したつもりであった。

とりあえず臨時国会は閉会したけれど、全く消化不良。議員定数の削減も国家公務員の給与削減も1票の格差解消もできず、全て持ち越しであった。
今年は1年365日のうち289日間国会が開会していた計算になるけれど、肝心の東日本大震災関連も十分には策定できず、これまた消化不良。郵政改革も趣旨説明だけで終わってしまった。来年こそはもう少しすっきりと決めたいものだ、と思いつつ、閉会を迎えた。国会は閉会したけれど、やはり熊本でも東京でも仕事は沢山待ち構えている。




2011年12月 8日

政策調査会役員会で八ッ場ダムの継続は容認しない

八ッ場ダムについては、だんだんと継続か中止かの決断時期が近づいている。12月7日の決算委員会締め括り総括質疑でも私が前田国交大臣に問い質した。
大臣の答弁は判然とはしなかったが、私自身ははっきりと中止すべきだと詰め寄った。

8日は昼過ぎには議員連盟や群馬県民主県連の国会議員らと一緒に前原政策調査会会長へ八ッ場ダム中止への要請を行った。議員連盟の川内会長、私は会長代理であり、一緒に要請活動をした。前原政調会長もしっかりと受け止め前向きの様子であった。

その後夕方6時からは政策調査会役員会が開催された。私は副会長であり、もちろん出席した。この役員会の中で八ッ場ダムについて議論の対象となったが、最終的には政調会長一任となり、前原会長は「八ッ場ダムの継続は容認できない」との判断を示した。
私は直ちに「賛成」と役員会で声を上げた。かくして政策調査会では、八ッ場ダム中止に向けてまず第一歩を踏み出した。今後、厳しい戦いが続くと思われるが、8日はその戦いの火ぶたが切って落とされたという1日となった。

7日の決算委員会締め括り総括質疑でもまずまず、8日はさらに踏み出した。道はまだまだ長いが決戦は近い。




2011年12月 7日

決算委員会総括質疑で前田国交大臣らに質問

 7日の決算委員会は締め括り総括質疑が行われ、全閣僚出席のもと、NHKテレビ中継で民主党を代表して質問に立ちました。私が質疑者になることは6日前に民主党国対から連絡があって決まっていたことですが、バタバタと質問準備をして当日を迎えたものでした。私が質疑者になったのは、おそらく前通常国会では決算委員会の筆頭理事で部門の座長もしていたことからかと思いますが、その時の思いも込めて質問しました。

 実は、通常国会の終盤では締め括り総括質疑をやろうと自民党側の理事に働きかけていたのですが、応じてもらえず延び延びになっていたものです。与野党とも決算重視の参議院とは言うものの、その実態は必ずしも伴っていないのではないかとの疑いがあります。私たち民主党は、決算委員会ではやはり税金の無駄遣いを中心に政府を質そうという姿勢ですが、自民党はそれよりもいわゆる時局ネタで追及しようという思いがミエミエ。7日の質疑でも自民党議員が取り上げたのは政治とカネ問題や一川防衛大臣の資質を問うような質問ばかりで、決算に関する質問はゼロに等しい。

 そうした質疑姿勢であったうえ、通常国会の終盤の総括質疑の実施を拒否しておきながら、7日の討論では、締め括り総括質疑が臨時国会まで遅れたのは与党の責任であり猛省を促したいなどと演説するのには唖然としました。もういい加減にしろ!と言いたくなります。

 さて私の質疑のなかでは、決算の早期提出や、衆参同時に提出すべきではないかと言う質問にはまあまあ前向きの答弁が得られた気がします。その他、八ッ場ダムを始めとするダムや道路の費用便益分析のおかしさ、もんじゅなどの高速増殖炉問題では、現在、微妙な時期でもあり必ずしも明確な答弁は得られませんでした。
それでも八ッ場ダムは中止すべきだとの私の発言には自民党議員席からは、だいぶんヤジが飛んだり、高速増殖炉もんじゅは廃炉にすべきだと主張もぶつけることが出来たので、まずまずの成果ではあったかなあと思いながら61分間の質問を終えました。ダム崩壊の危険性については、川辺川第一ダム(通称は板木ダム)の写真パネルを示しながらもできたことは良かったと思います。写真を提供してくれた毛利さんに感謝です。





2011年11月 29日

橋下氏圧勝に思う

 11月27日投開票の大阪府知事、市長のダブル選では大阪維新の会を率いる橋下氏の圧勝であった。正直言って、私は橋下氏のやり方や考え方には賛成できないところが多いが、選挙は強いし、自己アピールは上手いと評せざるを得ない。市長選では現職の平松氏を民主、自民の他に共産党まで支援に回ったが完敗した。

 当選した橋下氏は、長々と3時間程度の記者会見を行い「政党は政策も政治理念もないことを有権者に見抜かれていた」と厳しい批判をしていたが、それでは橋下氏はどれほどの政策や政治理念を有しているのかな?と思った。
確かに大阪都構想という考えをアピールしていたが、これは果たして政策と言いきれるだろうか、要するに統治のあり方の考え方であって、具体的に市民に対して何をするのか、どのような税金の使い方をしてより多くの幸福や生活の快適さを提供するのか、といったものとは少し違う。

 でもまあ、何度も二重行政ではないか、大阪都構想で大阪がよみがえる、などといったアピールが受けたんだろう。
そうした意味では単純なアピールではあったが、その点、対立候補の平松氏には特徴的なアピールがなかったように思う。現職なんだから、もっと実績を示して良かったんではないか。

 大阪は、これまでもタレント候補が当選する傾向があったが今回もこれを踏襲したようだ。しかし、橋下氏は単なるタレントではなく、なかなかしたたかではある。大阪市民から見ると、既存政党はダメだと大胆に批判を展開する橋下氏への期待感が大きくふくらみ、閉塞感の漂う大阪をいかに元気にするのかということで橋下氏の掲げる大阪都構想が斬新に写ったのかもしれない。

 橋下氏のやり方は、かっての小泉元総理ばりに敵を作っては自分の正義の味方風に仕立てて民衆をあおり立てる政治手法で危うい。それはそうだが、だからといって単にそういった総括だけでは不十分だろう。
何故、橋下氏があれほど圧勝したのか、何故、日本全体の政治や政党が期待に応え切れていないのか、単にそうした不満に橋下氏が乗じたというだけで総括してはダメだ。事は橋下氏自身がどうだこうだということよりも、今の政党政治の有り様が問われているのだ、これは日本だけではなく欧米を見てもいえることだと思う。

 私は、橋下氏張りの手法を採用するのではなく、それこそ野田総理が言っている一つ一つ進めていくしかないと考えている。政治家の中には橋下氏や維新の会に近寄ってゴマするような人も出てくるかもしれないが、そうした真似はせず、堂々と国民に分かりやすく政策論議を重ねるべきだ。そうした愚直な手法がいずれ橋下人気を上回ると確信している。




2011年11月 26日

民主党両院議員懇談会でTPP論議

 11月24日夕方から国会近くの憲政記念会館で民主党の両院議員懇談会が開催され、私も出席しました。当日はまさに環太平洋経済連携(TPP)が中心テーマでした。

 当日の懇談会では、まず野田総理からAPECでのTPP参加交渉の経過が説明されました。
野田総理は、民主党内の経済連携PTでの慎重に対処することや、TPP参加表明をするのではなく、オバマ大統領との会談でもTPP参加に向けて関係国との協議を開始するとの表明にとどめたことや例外なき全品目の協議開始を了解したわけではないことを強く強調しておられました。要するに現時点では事前協議にとどめ、「最終的に国民と国家の利益を優先する観点」から、「守るものは守り、勝ち取るべきものは勝ち取る」などとしてTPP交渉参加の結論を出す考えも示して理解を求められました。
外交交渉では本当にその通りに説明しているのかどうか疑問があるという意見もありましたが、私たち慎重派が前のめりになりかかっていた野田総理を押しとどめたものであり、この点は私は信頼できるものと思っています。総理がそこまではっきりと明言した以上、私たちが選んだ総理を信頼するのが筋というものです。

 また野田総理は、「TPP交渉の情報を極力共有して議論することで、互いの信頼感が生まれてくる」とも述べておられ、情報の共有も大事であるとも述べられましたが、この点も大事なことです。

 もちろん両院議員懇談会ですから、出席した議員からは賛否の意見表明がなされました。まず口火を切ったのが山田前農相でした。野田総理の説明と米国の説明とが食い違っているのではないか、いまでも米国のホームページでは野田総理が例外無き全品目の協議開始を了解したとなっていることは一体どういうことかなどと質問をしました。
その後、数人の慎重派の議員から、枝野経産大臣らに対して、官僚が作成した米国との想定問答がマスコミに漏れたのではないか、こうしたマスコミに漏れたような官僚の筋書きの通りの意見交換になったのではないかなどという質問もありました。この点ももちろん枝野さんは強く否定しておられましたが、これも信用できるように思いました。

 全体として、TPPの外交交渉については、まだまだ情報が共有されていないという印象を持ちましたが、それでも正直言って、もっと反対論が次々に出されるのではないかと思っていましたが、実際にはそれほどではありませんでした。
いわゆる反対派も節度を持って意見表明や質問をしていたように思えて、多少は皆さん大人になってきたのかな、私も少しほっとしたところでした。やはり同じ政権与党議員の仲間であるからお互いに足を引っ張り合うような見苦しい雰囲気にはしたくないとの思いが多少は共有されてきているのかとも感じられます。

 全体としては予想以上に落ち着いた議論ができたように思いますが、翌日のマスコミ朝刊では、相変わらずTPPを巡って民主党内が二分しているかのような報道にはうんざりします。もうちょっと正確に取材してよ、と言いたくなります。




2011年11月 18日

法務一色

 最近は民主党法務部門会議座長ということで、国会における私の仕事の大半も法務関係によって占められている。
まず定例会議としては、月曜日の夕方は法務部門コアメンバー会議、火曜日は夕方に政調役員会で、これは法務担当である。水曜日の朝8時からは法務部門会議、木曜日夕方は政調役員会である。
この間に、法案審議となれば火曜日と木曜日は法務委員会が開催され、その合間を縫って自民党の筆頭との間で筆頭間協議、理事懇談会などが開催され、またそうした合間を縫って法務省からのレクやヒアリングが入ってくる。

 今回の臨時国会では、司法修習生の給費制問題を扱う裁判所法の一部改正案と刑罰について一部の執行猶予を創設する刑法と薬物法の一部改正案が政府提出の法案としてすでに国会に提出されている。裁判所法改正は衆議院、刑法・薬物法改正は参議院からの審議となっている。
この合間にも、大震災対策のための法案もあり得る。会期が12月9日までとなっているので極めてタイトだ。政権与党としては2つの法案を無事に成立させなければならないが、会期末や野党の対応をみながら正直言って綱渡りが続く。

 こうなるといっそのこと会期をなくして通年国会にしたらどうか、という気もしてくる。これまでの長い国会の与野党の駆け引きをみてくると、要するに与党側は会期内に法案を成立させようと努力するが、野党はやりたくない法案については時間切れをねらう。
その繰り返しでまずは現場の委員会の筆頭間協議が行われ、うまくいかないときには国対委員長会談や幹事長会談などで打開するが、要するにこの法案は諦めるからあっちの法案は通してくれという駆け引きが中心となる。これも通年国会であれば、こうした駆け引きも不要となる。

 もちろん、通年国会にはそれはそれなりに政争が激化するなどの問題もあるし、反対論も強い。しかし、最近の国会運営をみてみると一度お試しとして通年国会をやってみたらどうかという気もしている。
正直、与党の法務筆頭理事としては何となくそういった気持ちになってしまうのである。




2011年11月 13日

球磨郡山江村の視察

 11月13日午後2時から約3時間にわたって球磨郡山江村にお邪魔して視察をしてきました。

 山江村は、熊本県の南部にある球磨郡にありますが、人吉市の隣に位置していて、まあ典型的な中山間地といったところです。緑豊かな山々に囲まれ、日本三大急流のひとつ球磨川の支流である「山田川」と「万江川」が流れる自然豊かな農山村です。
当日は、横谷巡村長の外、10名おられる村議さんのうち8名も参加してくださいました。欠席の村議さんは議長と副議長さんで、お聞きしたところお二人とも体調を壊して入院中とのことでしたから、まさにオールスターキャストで迎えて頂いた感じです。

 山江村は、農業が中心で、米や栗などの作物が栽培されていますが、あまり平らな箇所はありませんので、米作りも苦労しているようです。
山に囲まれた村で、「山江栗」は昭和52年に昭和天皇へ献上されるほど、味、形ともに大変良質であり、日本有数の栗の産地です。この栗を使って栗まんじゅうやびっくりだごを作っていて、当日の視察が終わってからご馳走になりました。甘くてなかなか美味しい。

 さて視察としては、村営住宅設置、道路改修、崩落防止、鳥獣被害対策などでしたが、やはり書面だけで説明を聞くのと現地を見るのとでは全く印象が違います。
山に囲まれた中山間地の集落は、住宅は少ないながらも道路は確保しておかないとそれこそ陸の孤島になってしまうので、山道ではあってもその整備は重要だと感じたところでした。それでもかなり急峻な山が続いているので土砂の崩落現場は生々しいものでしたし、人身事故にならないような防止対策は喫緊の課題だと改めて認識した次第です。
鳥獣被害も鹿の足跡を見つけたり、杉などの樹木の皮が傷つけられたりと、その対策もなかなか大変だと痛感しました。

 それでも「こんな田舎にまで来て頂いてと仰ってくださった」と言われて親切にご案内を頂いた横谷村長や村議の皆さんには感謝感謝です。




2011年11月 10日

TPP反対議論が熱く続く

 11月8日は夕方から「TPPを慎重に考える会」の役員会が衆議院第2議員会館内の会議室であり、私を含めて約20人が出席した。もちろん会長の山田正彦衆議院議員も出席され、とにかく最後まで議論を尽くして頑張ろうと熱く語っておられた。私はこの会の役員であり、しばしば開催された勉強会や役員会にもできるだけ参加してきたが、いよいよ最終盤を迎えて緊張感も高まってきている。

 議論としては、大別して
@

APECの前にTPPには参加しない旨を強く言うべきだという反対明言型

A

参加の是非を判断するには情報不足であるから明言せずにあくまで慎重に情報収集を優先させるべきだという慎重対応型

になるかと思う。 慎重に考える会の役員会でも反対明言型と慎重対応型に二分しているようにも思える。

 どちらもありうる考え方であり、優劣はつけにくいが、私自身は慎重対応型の発言をしている。
当日の役員会でも、私は「情報不足であることには反対論者も推進論者も認めるのではないか。こうした情報不足であるから適切な判断ができない以上、拙速に参加表明すべきではないという考え方はどちらにすべきか迷っている中間派を取り込むことができるのではないか。」などと発言してきた。

 他方、山田会長はなかなか強硬論者であって、TPP反対を明言するよう政府に求めるべきだと言って譲らない。このように強硬論者や柔軟論者など入れ混じっている中で落ち着くところに着地してほしいと念じるばかりだ。

 この役員会が終わったのが午後5時ころ、議員会館の前に全国各地から農協青年部の皆さんが座り込みをしているのでその激励をして一人一人と握手して回った。こうした青年部が頑張っているのを見るにつけても野田総理が間違った判断をしないよう最後まで頑張りたいとの思いが高まってきた。




2011年11月 1日

TPP反対論を強く訴え

 10月28日は夜熊本に戻って、友人の税理士さんや農業、企業経営者を囲んでちょっとした国政報告をしました。その報告は、ほとんどがTPPで、この問題については皆さんの関心も高いものでした。中には、私一人が熊本県選出の国会議員の中で、農協中央会がTPP反対の請願の紹介議員になっていないことから、私一人がTPP賛成ではないかといううわさもありますよ、と指摘されました。
私は、「えっ」という思いで、熊日新聞を良く読んでもらえれば分かるとおり、民主党の参議院会派の申し合わせによって紹介議員になっていないだけのことで、TPP反対派であることは分かってもらっていたのにと感じた次第です。

 政治家から見て、色んな問題に対する私の考え方は分かってもらっているはずだと思っていても、実際には反対の方向に誤解されているという例は沢山あります。だからこそきちんと情報発信しなければならないわけです。
そこで、当日の小講演では、TPP反対であること、TPP参加はあまりにも拙速に過ぎること、TPPは農業だけではなく社会全体の仕組みに対する劇薬になること、金融、投資、医療などに与える影響が重大であることなどをお話ししました。

 政府は、どうもTPP参加の方向ではないかと考えられますが、アメリカはどこまで本気になって日本に参加要請してきているのか、いささか疑問だという報道もあります。
10月27日のワシントン・トレード・デイリーの報道によれば「ロン・カーク米国通商代表は、昨日(10月26日)、他の8カ国と交渉中のTPP協定交渉について、12ヶ月以内にまとめたいと発言し、『遅いペースに陥らないために米国政府は現在の参加国(9カ国)による構成が望ましい』と語った。」ということのようです。また「誰も東京が決定を急ぐことは期待していない。」とも記事にあります。
ということは案外、アメリカもさほど期待していないのであれば、そんなに急ぐ必要もないわけで、この点は大いに宣伝して良いのではないかと思います。こうした情報も大事にしながらTPP反対論を進めたいと考えています。




2011年10月 27日

TPP賛成?反対? 熱い闘い続く

TPP問題が段々と大詰めを迎えている。TPPとはTrans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement(環太平洋経済連携協定)のことで、関税のみならず様々な非関税障壁をも撤廃して貿易の自由化、経済連携の促進を図ろうという仕組みのことだ。政府としては11月12日から始まるハワイでのAPECで意思表明する予定にしているので、国会内でも民主党の経済連携PTでの議論や賛成派、反対派のそれぞれの集会や勉強会などが連日開かれていていて、議論も熱くなってきている。

昨日10月26日の熊本日日新聞朝刊にも、全国農業協同組合中央会(JA全中)がTPP反対を訴える請願書を衆参両院の国会議員356人の紹介を経て国会に提出した旨報じられている。そして熊本県選出の国会議員の中では、私以外の9人の国会議員が紹介議員となっているとも報じられている。
ただし、わざわざ「松野議員も『TPPを慎重に考える会』幹部でTPP反対の立場だが、参院会派の申し合わせに従い紹介議員になっていない。」と報じて頂いてなかなか丁寧に扱って頂いている点は恐縮する。

この点を正確に言うと、民主党・新緑風会という民主党議員の参議院会派は、言うまでもなく与党会派であるので、様々な請願での紹介議員には原則としてはならないが、ただし請願の趣旨を踏まえて部門会議でも委員会でもその他様々な機会を捉えて発言もしたり行動することにすると取り決めている。
そこで私も今回の請願については、熊本のJA中央会から要請があったもので基本的に賛成の立場ではあるものの、政権与党という立場を考慮した参議院民主会派の取り決めに従った次第である。また現在、政策調査会の副会長という立場にあることも多少考えて、民主党の政策を決めていく中心的組織の役員になっている者が、あまり立場を鮮明にして旗をふるうのはどうか、という思いもあった。

現在、政調の副会長であり、また法務部門会議の座長でもある。法務部門では、司法修習生の給費制をめぐって連日のように給費制を存続せよという要請を何度も何度も受けている。部門会議でも、またその中心メンバーであるコアメンバー会議でも毎回、熱い議論が闘わされている。しかし、私自身はみんなの議論を取りまとめる立場であるから、私自身がこの問題について一方の側に肩を持って旗をふるうのは良くないと考え、何とか政府の意見と部門会議での皆さんの意見とを調整しながらまとめようと努力してきたつもりである。
この意味でも座長や役員は、なかなか自分の意見を旗幟鮮明にできないところがあって、「座長はつらいよ」という感じもする。それでもそういった組織の役員という役割が回ってきていることであるから、受けた以上は、給費制賛成、反対の両方からボコボコ叩かれながらもとりまとめに奔走している毎日です。




2011年10月 20日

マスコミの悪意

産経新聞の10月19日付け朝刊の1面に、平野達男復興担当大臣が、東日本大震災で死亡した同級生をバカなヤツと発言したことを大きく報道して強く非難している。
この報道以外にも、新聞やテレビでは津波で亡くなった友人をバカ呼ばわりした発言をしたとして報じた上、自民党の大島副総裁が大臣の発言として許されないと批判をしていることも掲載している。

しかしこれはおかしな報道であり、直接、平野大臣の発言を聴いている私も非常に強い違和感を持っている。
実は10月18日から19日にかけて民主党参議院のメンバーは福島県の二本松市で研修と視察を行っていた。18日は午後から野田総理も来られて挨拶もされ、その後、平野大臣も今回の東日本大震災の概要や政府としての取組を説明していた。
その中で、岩手県出身の平野大臣としては、多くの友人知人を津波で亡くしたことを紹介し、例えば、地元の消防団が防潮堤の水門管理をしていて、数人の消防団員が水門を閉じようとして海に向かっていって命を落としてしまったことや、大部分の住民は津波対策の訓練を受けていてすぐに高台に向かっていって命が助かったとの話を紹介した後に、高台に向かわずに命を落とした同級生のことについて、何故高台に逃げなかったのか、非常に悔しい、残念だなどという流れで、逃げなかったことを何故バカなことをしたのかとの思いでバカなヤツと発言をした。

全体の文脈を聴いている私からみれば、この発言は何も同級生をバカ呼ばわりしたのではなく、彼の死亡については悔しい、残念だとの思いから嘆きの中で発言をしたことは明らかであった。ところが、同級生をバカと呼んだということだけが取り上げられ、死者を冒涜したという一方的な評価が加えられた。
まあ、マスコミ特に今回の平野発言を悪意に取り上げた産経新聞の浅はかさというか悪意に満ちた揚げ足取りにはうんざりする。もう一寸まともに取材をしてよといいたくなる。

このように話の中の一部分だけ切り取って悪意に満ちた評価をするのであれば、もうマスコミの前では冗談も軽口も言えなくなってしまう。お互いに不幸なことだ。
今回の平野発言でマスコミ報道のいやらしさにうんざりではあるが、少しずつでもまともな報道になるように取材する方もされるほうも注意しなければならない。すぐには改善が図られるとも思えないが、何事も一歩ずつということかと思う。




2011年10月 18日

三枝三七子さんの「みなまたの木」出版記念に出席

昨夜は、東京の渋谷にある東京ウィメンズプラザで、三枝三七子(みえだ・みなこ)さんの「みなまたの木」出版記念(創英社出版)があり出席してき ました。

この本の朗読があり、読み手は女優の竹下景子さんでした。

私は朗読の前に竹下景子さんと控室でしばらくお喋りさせていただきました。さすがに女優さんです。綺麗な方で話し方にも気品があり、その後の朗読も素晴らしいものでした。




2011年10月 7日

もんじゅ視察

 10月7日、福井県敦賀市にある高速増殖炉研究開発センター(もんじゅ)を視察してきました。このセンターは、独立行政法人日本原子力研究開発機構が運営しているところです。私が会長を務めている「公共事業チェック議員の会」の視察ということで、おそらくチェック議員の会としてはもんじゅ視察は初めてではないかと思います。

 当日は朝から東京を発って午後1時過ぎに敦賀駅に到着し、その後は、所長からの概要説明を受けた後、ナトリウム取扱研修施設、ナトリウム切断・燃焼実験、高速増殖炉研究開発センター(もんじゅ)の展望台で全体像を観察した後、2次系主冷却系配管室・空気冷却器室、中央制御室、タービン建屋・ディーゼル建物を視察してから、最後に会議室で質疑応答を行いました。
当日は途中からヘルメットをかぶり、配管が曲がりくねっているような奥まで案内をして頂きました。

 センターの側ではかなり気を遣って頂いたようで、丁寧に案内や説明をして頂きました。とりわけナトリウムではナトリウムの現物を見せて頂いたり、包丁での切断や燃焼実験までしてもらいました。
福島原発のような軽水炉原発では水で冷却しますが、高速増殖炉ではナトリウムで冷却するのが特徴ですが、このナトリウムはやっかいなもので、水に触れれば爆発のように激しく反応するので、取扱いはまさに厳重注意そのもの。これまでナトリウム漏れ事故を起こしてきたし、フランスやアメリカなど各国で開発が進められてきたが、ほとんどの国が開発を断念したものです。

 我が国は粘って研究開発を進めているわけで、これまで約2兆円もの資金を使ってきたものです。最近でも毎年200億円の予算が付いているのですが、その成果が上がっているようにも見えません。これまで発電も全くと言って良いほど行っていません。もういい加減に止めたらという声が日増しに高まっているようです。
実際に視察してみても、センターの皆さんは一生懸命に取り組んでおられるようですが、いずれは国として中止の判断もありうるのではないかと思いながら帰ってきました。




2011年10月 5日

エネルギー特会の抜本的見直しが必要だ

 電源開発促進税という普段は聞き慣れない税金が結構、永田町では話題になっている。これは使用電力の中から1キロワット当たり37.5銭とられている税金で、電気料金に上乗せられて徴収されている。
名目は、電力の安定供給のための設備資金が必要だからということで長年徴収され、これをもとにエネルギー対策特別会計(エネ特会)が形成されてきた。

 平均すると1世帯あたり月約110円と言われるが、料金明細には明記されず、支払っているという負担感は乏しい。おそらく普通の人は知らないまま支払っているのではないか。電力会社を通じて集められたお金は、エネ特会の電源開発促進勘定というサイフに入った後、原発の技術開発や原発周辺の地域振興費に振り分けられてばらまかれている。
調べてみると2011年度当初予算では、電源開発促進税収は3460億円と巨額になっているが、今までは実態もよく分からず、国会でもあまりチェックされてこなかった。

 この税金は、そのうちの半分が電源立地対策と称して原発周辺の地域振興ということで市町村にばらまかれる。残りの半分は電源利用対策と称して原発の技術開発などのため特殊法人にばらまかれる。
この特殊法人とは、日本原子力研究開発機構、原子力安全基盤機構、新エネルギー産業技術総合開発機構などで、これらは要するに天下り法人なのだ。経済産業省や文部科学省の官庁出身者が役員に就任して、高額な報酬を受け取っている。
9月30日の東京新聞では、高速増殖炉「もんじゅ」を運営する日本原子力研究開発機構が年間合計1226億円も受け取っていて、この機構の理事の平均報酬は1570万円だと報じられている。これも原子力ムラの一端なのだ。こうした電源開発促進勘定はまさに抜本的に見直して廃止を含めて検討しなければならない。

 民主党政権では、エネ特会の仕分けを試みて、原発周辺の地域振興に使う予算を10〜20%削減するよう求めたが、本年度の削減額はわずか8%にとどまっていて、ここでも残念ながら原子力ムラや霞ヶ関ムラの力を跳ね返せずにいる。

 「もんじゅ」は現在停止中であり、今年度中に出力を40%にまで上げる発電試験を始めるという計画のようであるが、とてもそうはならないであろう。試運転もできずに終了する結果になるであろうし、これまで政府が進めてきた核燃料サイクルもこのまま進められるとは考えにくい。率直に言えば、この際、浜岡原発に続いて「もんじゅ」も廃止して核燃料サイクル自体を断念する方向で考えるべきだと思う。

 そして今後は原発の新設ができるとも思われないから、電源開発促進税の見直しは避けられない。もし従来通りに徴収するのであれば、それこそ相当部分を東日本大震災の復旧復興に向けるべきであるし、太陽光や風力発電の拡充に使うべきである。電源開発促進税の使い道も再生可能エネルギーのために使うことに大きく変更するのであれば、この税金を支払っている国民も納得するのではないかと思う。

 実は、私は10月7日に敦賀にある「もんじゅ」の視察に行きます。これは私が会長をしている公共事業チェック議員の会として訪問するもので、非常に楽しみにしている。しっかりと「もんじゅ」の実態を見てきます。




2011年10月 3日

臨時国会は終了したけど・・・

 9月30日で臨時国会が閉会しました。9月2日に発足した野田政権も予算委員会を乗り切り、とりあえずはやれやれです。私も法務部門会議座長であり、また政調副会長に就任しましたが、以前よりはるかに忙しくなった気がします。
以前は決算部門会議座長でしたが、決算部門の場合はそれほど法案を抱えているわけではありませんから、いちいち法案対応に時間をとられることはありませんでした。

 しかし法務部門では様々な課題もあり、また検討すべき法案もありますし、部門のメンバーもそれぞれ論客がいますからしっかり対応しなければなりません。法務省の役所からもしょっちゅうヒアリングやレクがあるし、政務三役との打ち合わせもあるし、関係業界とりわけ日弁連、司法書士会などからの要請もあるし、相当に時間がとられます。
でも弁護士出身議員である私としては、それこそホーム(法務)グラウンドですから慣れている面も多くやりやすい側面はあります。政府や与野党との様々な調整も必要ですが、引き続いて頑張りたいと思います。

 目の前の課題としては、まずは何と言っても司法修習生の給費制があります。司法修習生の給費制問題については、昨年11月1日から貸与制がスタートしましたが、バタバタと給費制存続に向けた準備が進んで昨年11月24日に1年間に限定した給費制法案が成立しました。しかしこの法律は本年10月末日で終了しますので、11月1日からは原則として貸与制が始まるわけです。

 日弁連や司法修習生の給費制維持のための若手ネットワークであるビギナーズ・ネットの皆さんなどから強く給費制存続の要請が届いています。どうやって司法修習生の経済的負担を軽減し、またお金のない人でも志がある人が法曹になれるような仕組みを構築するかが問われています。
こう考えると話は広がります。単純に給費制か貸与制かという問題もありますが、問題は法曹養成をどうするか、という大きな話です。現在、政府内では法曹養成フォーラムにおいて問題点を議論していますが、これで十分かどうか疑問もあります。幅広い視点に立って、例えば以下のような論点をしっかり議論して詰める必要があります。

 @司法制度改革の柱であった法科大学院での教育、勉学は不十分ではないか。
 A合格者3000人構想は未達成であり、どのような設計をするか。
 B法科大学院での経済負担は増大、奨学金は少額ではないか。
 C法曹希望者が減少し、不合格者は増加している現状をどう改善するか。
 D受験の回数制限3回でよいか、撤廃するか。
 E予備試験との整合性をどう調整するか。
 F弁護士の就職難、その結果低所得の弁護士が発生している現状をどうするか。

ざっと考えただけでもたくさんの重い課題があります。
また法曹養成以外にも以下のように取り組むべき課題が山積しています。

 @国内人権救済機関設置

A取調べの可視化

 Bハーグ条約の国内法整備

C個人通報制度

 D行政事件訴訟法改正

E会社法のあり方

 F死刑制度

G難民問題

 9月30日に臨時国会は終わりましたが、私自身は、政調役員会や部門会議などで10月3日からの週をはじめ、ほとんど開会中と変わらないペースで上京して走り回っています。




2011年9月 19日

外国人からの献金について

 最近、狙い撃ちのように民主党の総理をはじめ大臣らが外国人からの献金を受け取っているとして大きく報道されている。しかし率直に言って私には非常に違和感がある。

 最近の事例で有名なのは、前原外相(当時)が知人の在日韓国人の女性から2005年から2010年の間に合計25万円の献金を受けていたという事件であり、これを受けて前原氏はさっさと外相を辞任した。報道によれば、この女性は焼肉屋の店主であって、子どもの頃から前原氏を可愛がっていたとのことである。
これに引き続いて菅前総理も2006年から2009年に在日韓国人の男性から104万円を受領したと報道された。菅前総理のこの報道があったのがまさに東日本大震災の3月11日朝刊であり、早速、参議院決算委員会では追及される羽目になったが、大震災でそれどころではなくなった。自民党の議員などは震災が落ち着いたら徹底して追求すると息巻いていたものだった。

 さらに最近では野田新総理についても、2人の在日韓国人の男性から30万円を受け取っていることが報じられている。いずれ開催される予算委員会では自民党から追及されるのではないかと思う。

 しかし待てよ、こんなことに時間をかけるいる時期かと言いたい。確かに政治資金規制法は、外国人や外国法人などから政治献金を受けることを禁じている。これはわが国の政治や選挙が、外国の勢力によって影響を受けることを未然に防止しようという趣旨から設けられたと言われている。なるほど、国民主権の発動である選挙にしてもその後の立法、行政を中心とする政治の仕組みが、外国人や外国の組織勢力によってゆがめられることがあってはならない。

 しかし現実的に考えてみると、実際に問題になっているような金額で政治や選挙がゆがめられるとは考えにくい。それを言うなら自民党の議員が受け取る政治献金はどうか、全体としてみれば桁が違うのではないか、政治が特定の業界による多額の政治献金によってゆがめられるという点では比較にならないほどではないかと言わざるを得ない。
しかも在日韓国人の場合、通称名として日本人のような名前を名乗っている人も多いから、一見して外国人からの政治献金だとは分からない。そうしたことで、政治献金を受けるたびにいちいち日本人か外国人かを聞くわけにもいかない。
僅かな金額で純粋に応援しようということであったとしても、国会でこのとこばかりが取り上げられて説明に窮したり、挙げ句の果ては閣僚辞任にまで発展するのはいかがなものかと思う。

 外国でも同様な法規制をしている国もあれば、外国法人は禁止しても外国人個人は容認する国もあれば、国外からの資金流入を規制する国など様々である。今まさに国難とも言うべき事態であり、東日本の復旧復興、原発の収束、エネルギー確保、社会保障制度の再構築など課題は目白押しである。

 私自身は、外国法人からの政治献金は禁止し、外国人個人については、一定の限度を設けて容認することを考えてはどうかと思う。それほど大きな金額でなければ政治がゆがめられる恐れはないし、外国人といえども日本に暮らして日本の政治家を応援してあげようという気持ちがあれば、そうした気持ちを尊重できる仕組みを作っていくべきではないかと思う。少し落ち着いたら、こうした政治資金のあり方についてもしっかり議論をやりたいものである。




2011年9月 13日

自然エネルギー財団設立レセプション

ソフトバンク社長の孫正義さんが設立者となった自然エネルギー財団の設立レセプションが12日夜東京国際フォーラムホールで行われ、ご招待がありましたので出席しました。国会議員も20人程度来ていました。

民主党の議員が多かったのですが、自民党からも塩崎恭久さんや河野太郎さんも来ておられました。孫さんも10分程度の挨拶を兼ねた報告をしておられ、とにかく自然エネルギーを拡充して2030年には約60%を自然エネルギーでまかないたいと熱っぽく語っていました。そのためにも発送電分離が必要だとか、スマートグリッドで上手に電力のコントロールが必要だとか話しておられました。私もしっかりお聞きをした上、写真も撮りました。




2011年9月 12日

臨時国会召集前日に二大臣と懇談

 9月12日は、翌13日から臨時国会が始まるので朝9時の便で上京しました。12時から法務省の大臣室で平岡大臣、滝副大臣、谷政務官と一緒に昼食取りながら色々と協議しました。この会議はまさに政治家のみで、役人は一切参加せずでした。ただお互いに気心は知っているので、政府側と党側という立場に違いはありますが、やりやすい感じです。
会議では、今後の取り組むべき課題の整理や部門会議、コアメンバー会議の持ち方などについて意見交換をしました。平岡大臣も自らメモを用意してその説明をするなど張り切っている様子が窺えました。いかにも大蔵省、弁護士出身の平岡大臣らしい、大臣自らパソコンを叩いてメモを作成し、細かい点まで踏み込んでの説明でした。

 法務部門としては、司法修習生の給費制問題が喫緊の課題ですし、法曹養成、人権侵害救済法案、児童ポルノ法案、検察改革、個人通報制度など課題は盛りだくさん。どこからどのように手をつけていくか、しっかりと方針を立てなければなりません。まさに法務部門座長である私の腕の見せ所といった感じ。

この会議の後は環境省に回って、細野環境大臣と宮本水俣市長との懇談に同席しました。環境省にとっては水俣病は公害の原点でもあり、また環境省の原点でもあるという細野大臣の発言をも聞きながら、私からは水俣病問題と福島原発事故問題との共通性などについて申し上げました。
水俣市長からは、新大臣になられてご多忙ではあろうが是非一度水俣視察をして頂くよう要請もありました。細野大臣もこれには積極的に対応したいとの意向で、私もできるだけ長く環境大臣を続けられるよう要望して懇談を終えました。

 明日はいよいよ臨時国会召集ですが、鉢呂経産大臣が突然の辞任するなどいささか波乱含みもあってどうなるか不透明さがあります。私としては、野田新政権のスムーズな船出を願うばかりです。




2011年9月 5日

政調副会長に就任

 9月2日に野田内閣が発足しました。その後に、これを支える副大臣や大臣政務官を決め、民主党の役員人事も決まります。

 9月5日には午後2時から民主党の参議院議員総会が開催されましたので、当日、昼頃に上京して議員総会に出席しました。ここでは民主党参議院の会長以下、副会長、幹事長、国対委員長などの常任役員が発表され承認されました。また当日午後2時30分からは民主党全体の役員人事も発表されました。
私は政策調査会の副会長に就任しました。実は、熊本に帰っていた3日の夕方に前原誠司政調会長から直接電話がかかってきて、法務部門担当の副会長をお願いしたいということでした。わざわざ前原会長からの就任要請ですから有り難く承諾した次第でした。   

前原政調会長の話では、従来の政調よりもはるかに重要な役割をすることになるので、政調重視の布陣をひいたからということでしたが、なるほど、一緒に政調副会長に就任したのは私よりも当選回数が多い人がほとんどでした。
長妻昭前厚労大臣、中山義活前経済産業大臣政務官、菊田真紀子前外務大臣政務官、郡司彰前農水副大臣、鈴木寛前文部科学副大臣、榛葉賀津也防衛副大臣等、いわば政策通の錚々たるメンバーを取り揃えた感じです。
前原政調会長の話のとおり、政調重視の姿勢が感じられる人事であり、私も負けずに頑張りたいと思います。

 これまでの政調を振り返ると、鳩山政権では、政府与党は一体との方針で政調自身が廃止されました。その結果、政府に入らなかった議員は議論に参加出来ずに不満も残ることになってしまいましたが、逆に菅政権では政調が復活して数多くのプロジェクトチーム(PT)やワーキングチーム(WT)ができてそれなりに議論が活発にされましたが、政府との関係が十分ではなく、せっかくの政調での議論が政府の政策や法案に反映されてこなかったきらいもありました。

 今度の野田政権ではこうした過去2年間の反省をも踏まえて、政権与党としての政調を構築しようというものになったと思います。そして政調で政府提出法案もしっかりと議論して精査し、政調が了解をしたうえで政府が法案を国会に提出するという方式を確立しようというものでしょう。
自民党時代にあったような事前審査制のような仕組みとも思えますが、自民党時代に問題点としてしばしば指摘されたような族議員の誕生や跋扈に陥らないような仕組み作りが今後必要になっていくのではないかと思います。

 私自身は、政務三役になって政府に入るわけではありませんが、法務分野の必要な政策は、政府ともしっかりと調整しながらより良い政策実現のために機能強化された政調のなかで尽力したいと考えております。
法務部門は、平岡秀夫大臣も滝実副大臣も谷博之大臣政務官も皆さんよく知っていて親しい人たちですから、お互いにしっかりとした信頼関係は築くことができると感じています。まずは6日夕方から政調役員会の第1回目があり、新政権下での政調がスタートします。私自身も、こうした人事の発表や会合開始を見て、いよいよ野田新政権がスタートしたな、という思いが強くなってきました。




2011年8月 29日

野田新代表決まる・・・野田氏に期待する!

 民主党は8月29日、両院議員総会を開いて菅首相(党代表)の後継を決める代表選を行い、野田佳彦財務相(54)を新代表に選出しました。私は第1回目の投票も決戦投票とも野田候補に投票しましたので、この結果は現時点ではまずまずのものと評価しています。

 今回の代表選は、当初盛り上がりが今一歩かなあと思っていましたが、次第に盛り上がってきて、8月27〜28日にかけては、私の携帯も鳴りっぱなしといった感じでした。電話での主な内容は、
  @同僚議員からの候補者への支持のお願い、
  A親しい仲間の議員どうしの情報交換、
  Bマスコミからの取材
といったものでした。
私自身は、今回は飛び抜けて応援したいと思う候補者がいなかったため、誰の推薦もしないこととし、ギリギリまで情報を収集することにしていました。そこでかかってきた電話に対してもいまだ白紙だと言い続けていました。

 私自身は、党内融和を考え、ベテランの味のある鹿野道彦農相に好意を持っていて頑張ってほしいと思っていたのですが、ギリギリの判断で29日の朝になって野田候補への投票を決断しました。そのココロは、野田候補が2位になりそうな状勢であったことと野田氏の手堅さ、安定性を重視したというものです。

 立候補は、野田氏のほか、海江田万里経済産業相(62)、前原誠司前外相(49)、鹿野道彦農相(69)、馬淵澄夫前国土交通相(51)の計5人でした。
29日の両院議員総会では、それぞれ候補者が15分間の政権表明を行いましたが、皆さん迫力のある訴えであったと思います。ただし、率直に言えば野田候補の演説が一番印象に残りました。野田候補は、率直な語り口でしたし、また演説の後半では自分はルックスはご覧の通りであるからすぐに支持率は上昇しないなどと笑いも誘ったもので、なかなかうまいなあと感心したものです。

 演説がうまいから立派な政治家だというわけではありませんが、やはり国民に直接語りかけて国民の心情に訴えて共感を得ていくことは大事なことですから、心に響くような演説は政治家にとって貴重な財産にもなります。この点では、野田候補は一枚上手であったと判断出来ます。

 課題は山積をしています。大震災後の復旧・復興と原発の対応が中心ですが、その他にも社会保障と税の問題やエネルギー政策の転換なども大事な課題です。
党内融和を進めながら、まずは人事では偏らずに適材適所をやって欲しいと思います。政策的な課題もさることながら、まずは党内がまとまることが大事ですから、これにしっかり腐心して欲しいですし、大いに期待をしたいです。




2011年8月 23日

代表選の争点は?

 菅直人首相の退陣が26日にもあるとの観測から民主党代表選に向けた動きが活発になっている。既に色んな方々が出馬表明をしているが、きちんとした国民向けの政策論争をしなければならない。その大きな争点の一つに原発やエネルギー問題がある。

 大きな方向性としては、「脱原発」という表現か、あるいは「減原発」、「縮原発」という表現かはともかくとして、段々と原発をなくして再生可能エネルギーに転換しようということではほとんど異論がないであろう。
しかし再生可能エネルギーへの転換をどうやって進めるのか、いつまでにどの程度の原発を廃炉にするというスケジュールや方針を打ち出せるか、最終的には原発に依存しない体制を目指すのかなどが本気度の指標になる。各候補者の本気度をしっかりと見定めておきたいと思う。

 この本気度という観点からすると、何だかんだ言ってもやっぱり一定程度は原発に依存しなければ電力不足になるとか、経済に悪影響を与えるとか、脱原発を急ぐと電気料金が値上げされるので企業の海外移転に拍車がかかり産業の空洞化を招くとかの議論も多い。

 こういった雰囲気もあって経済界にも配慮しようということで、「原子力技術を蓄積することが現実的」(野田佳彦氏)、「短絡的な脱原発というイメージの独り歩きは危険」(海江田万里氏)、「原発の世界最高の安全基準を策定する」(馬淵澄夫氏)などという発言も見られる。海江田氏は経済産業大臣だから、これまでの経緯からしてどうしても原発推進ないしは維持の方向性になってしまうのかな、とも感じられる。

 確かに脱原発というイメージだけでは物事は進まない。短期的にエネルギーをどう確保するのか、また中長期的には基軸エネルギーはどうするのか、具体的に時間軸を明示しながら明確な戦略を立てなければならない。

 私自身は、短期的には原発に依存せざるを得ないが、稼働40年で順次廃炉にするという廃炉基準を明確に示して段階的に原発を縮小し、他方では再生可能エネルギーを飛躍的に拡大する政策や予算を確保して、最終的には原発ゼロを目指すべきだと考えている。これは日本の経済やエネルギー政策を考えると十分に可能だと思うし、再生可能エネルギーの促進ということを国あげて取り組めば、大きく技術革新が進められる。太陽光発電も蓄電池技術なども世界一を獲得することも可能であろう。
かってマスキー法による自動車排気ガス規制が、大気の浄化とともに技術革新を大きく進め、排ガス規制をクリアした車の販売促進で雇用や景気拡大に大きな効果があったことを思い出さずにはいられない。

 今回の代表選では、こうした観点を重視して、いわゆる原子力ムラにしっかりと挑戦し、本気になって再生可能エネルギーを推進する意志と実力を備えた指導者を選びたいと考えており、そうした候補者を応援したいと思う。

 もう一つ問題になっているのが、小沢一郎元代表の党員資格停止処分の解除である。候補者の中には代表選に勝利すれば小沢元代表の党員資格停止処分を解除しようということを示唆している人もいる。確かに小沢元代表グループ票は100以上はあると言われているので、のどから手が出るほど欲しい票ではあろう。しかしあまりこうした発言が出てくると正直言って白ける。国民から見ても、そこまでこびを売って目先の票を獲得したいのか、そうなると、首相としての度量が疑われるのではないか、という疑問も出てくる。

 党内でつまらない内紛騒ぎをせずに与党としてまとまっていくことは民主党にとって大事なことである。しかしこうした党内の協調を果たしていくことと小沢元代表の党員資格停止処分を解除することとは別問題であろう。小沢元代表は経験も豊富で民主党随一の力量のある政治家であることは誰も知っていることであり、小沢元代表の力を色んな場面で発揮して欲しいとは思うが、代表選を目の前にしていかにも票欲しさにこうした処分解除の話が出ることは本当に残念な思いである。もっと堂々とした政策論争をしなければ、国民からますます見放されるのではないか、という危惧の念を持っているのは私だけではあるまい。




2011年8月 18日

民主党代表選に向けて水面下での協議続く

 民主党の菅代表がいずれ退陣するとのことから、水面下では新しい代表選に向けた動きが活発化している。あまり生々しくは書けないが、噂の類も含めて議員どうしの動きは活発化している。
正直言ってまだ菅総理は正式に退陣表明したわけでもないし、また退陣の3つの条件の内第2次補正予算の成立はできたものの、それ以外の公債特例法や再生可能エネルギー促進法案はまだまだ予断を許さない。

 とりわけ民主党が作成した「誤解しないでください『子ども手当』存続します。」というビラに自民党が激怒しているらしい。自民党は、このビラを理由に国会は不正常だと言っているようで、本来ならば8月19日に再生可能エネルギー促進法案の採決を衆議院本会議で行う予定になっていたはずであるが、日程が読めなくなっている。困ったモンではある。下手すると26日までに全ての法案を成立させる予定が狂ってしまうかもしれないし、いつ新代表選を実施するのかも不透明だ。

 しかしそれでも水面下での協議や働きかけは続いている。私が知っている限りでも、18日夜は、鹿野道彦農相を担ごうとする議員仲間の会合もあるし、参議院議員を中心にして現執行部に近い議員の会合がPホテルであるし、またその後には赤坂辺りの料理屋では中堅クラスの会合もある。またO議員の会合もある。19日の朝には衆議院議員のA議員呼びかけの会合もある。いよいよお盆明けになり、会期末が近づいてきて急に活発化してきた。




2011年8月 17日

いわき市からの避難の皆さんとの懇談

 福島県いわき市から福島原発の避難ということで、水俣市に子どもさんが12名、保護者が4名、合計16名がやってこられました。7月22日以降8月20日までの予定です。
水俣市内にある新栄合板という会社の保養所が水俣市湯の児にあって、その保養所を無償で提供するということになり、これを受けていわき市から夏休み避難が実現したというものです。私は水俣市長の宮本さんからこの話を聞いて、是非とも一度お邪魔をして励ましを兼ねてお話もお聞きしようと思っていました。国会情勢が不安定でしたのでなかなか時間がとれませんでしたが、ようやく8月17日午後に実現しました。

 保養所の場所は、目の前が湯の児海岸ということで典型的な海の家といったものでしたが、子どもたちはとても元気に楽しそうに遊び回っていました。でも福島では出来るだけ戸外での活動は控えていたそうで、人口30万人のいわき市の町中は何となく静まりかえっているとのことでした。

 お母さんたちからお聞きした話で印象に残ったのは、次の点です。

@

いわき市では放射線量の測定が行われているが、今のところは汚染度が低いということで、小学校では普通に運動場で体育の授業も行われているが、せめて表土を剥いでより安全度を高めて欲しい。

A

原発はもう懲り懲り。多少電気代が高くなろうとも原発に依存しないで電気を作りだして欲しい。

B

子どもたちの将来のことを考えると、福島県民でありながら福島県産の食べ物は出来るだけ避けて他県の安全な野菜などを食べさせている。

 出来たら来年もまた来たいというほど、とても水俣が良かったと言ってくれたのには私も心から嬉しくなりました。またお会いしましょう。




2011年8月 12日

八ッ場ダム問題で江田五月法務大臣や三井辨雄国土交通副大臣に申し入れ

民主党のマニフェストでは八ッ場ダムは中止を訴えていたが、どうも雲行きが怪しい。政権与党ではあるが、政府に対して言うべき点はしっかりと言わなければならないと思っています。特にダム問題は尚更という思いです。

松野が会長を務めている「公共事業チェック議員の会」及び会長代行を務めている「八ッ場ダム等の地元住民の生活再建を考える議員連盟」の2つの議員連盟がそろって申し入れをしました。前者の議員の会は超党派ですが、後者の議員連盟は民主党だけのものです。

公共事業チェック議員の会独自の申し入れとしては、「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議の中間とりまとめ」に基づくダム検証について、国土交通省地方整備局や府県の検証作業が、結局のところ、ダム建設を推進しようという思惑によって進められているのではないか、現在のところ少しずつ検証作業が進められているが、ふたを開けてみればほとんどがダム以外には有効な治水対策がないという結論になりはしないか、といった問題点を指摘して検証作業の公開などを求めるものです。
その他は八ッ場ダム特有の問題ですが、去る8月2日に東京地方裁判所で判決のあった「利根川流域分割図等の情報公開請求訴訟」について、国として控訴せず、速やかに「流域分割図」及び「流出モデル図」を開示することを要望したものです。

前者の申し入れはなかなか簡単ではありませんが、後者の申し入れは明言したわけではありませんが、手応えのある感触を得ました。16日が控訴期限ですが、大いに期待したいところです。

チェック議員の会・ダム検証要請書

 

チェック議員の会・情報公開要請書
Word版
PDF版
Word版
PDF版

八ッ場ダム議連・要望書
Word版
PDF版




2011年8月 2日

共感を覚える言葉

 3月11日の東日本大震災以降、色々な方々の発言が見られるが、共感を覚えた発言も多い。とりわけ次の発言には強く胸を打たれた。

  ◆「事故も震災も『意地悪じいさん』、システムや社会の壊れやすいところを狙う」
   柳田邦男(ノンフィクション作家)

  ◆「ワルモノに全責任をなすりつける解決法が、システムをますます脆弱なものとしたんです」
   内田樹(神戸女学院大学名誉教授)

 なるほどなあと感心すると同時に、これらの言葉には重みもあって心に響く。柳田さんは航空機事故や水俣病での著作が有名だし、内田さんは教育問題、格差問題などで発言をしておられ、「街場の教育論」というなかなか面白い著作も出されておられる。私も、実は松本龍さんから勧められて読んだがとても面白かった。

 お二人とも同じように社会のシステムを問題にしている。単に個人責任を問うだけでは社会全体は良くならない。もちろん、社会の色んな場面でのリーダーの責任は重大だが、リーダーの個人頼みでは危ういということはこれまでの歴史が証明している。かってのナチスでのヒットラーがその典型だ。

 世の中が混沌としてくると、とかく強いリーダー待望論が沸騰することがよくある。しかしそれは一面危険な兆候だということを繰り返し発信していかなければならない。スポーツクラブでは強いリーダーやコーチがいて、みんなを引っ張っていくことでそのクラブ全体の力が増していくことはよくある話ではある。しかし、社会全体は複雑に利害関係が入り交じっているし、単純に善悪や強弱が付けられるわけでもない。また単純に勝者や敗者が決められるわけではない。社会全体で弱い立場に置かれている人たちに手を差し伸べて共に生きていけるようにしなければならない。排除の論理では社会は良くならないし、もちろん安定もしない。

 内田さんが言われるとおり、単純な善と悪とを区別し、誰かを悪者にして溜飲を下げるようなやり方では社会の仕組みが悪くなる。社会全体の負担をみんなで公平平等に負担し合うシステムをいかに構築するかが問われる。私たちが取り組まなければならないのはまさにこのシステム作りなのだと、色んな閣僚への個人攻撃を見るに付けて痛感する。こうした思いから、とりわけお二人の発言に強くひかれるわけだ。




2011年7月 27日

何でもカン(菅)でも「菅が悪い」のか?

 7月25日午後4時から参議院本会議で第2次補正予算約2兆円の討論の後、採決が行われ、原案通り可決された。
討論のなかでは民主党の小見山幸治参議院議員が賛成討論を行ったが、途中、壇上から菅総理の退陣を求めるなど異例な発言があった。正直言って、私は与党議員の代表討論としてはちょっとやり過ぎだと思う。国会議員である以上、現政権に対して言いたいことも沢山あろうかと思うが、やはり与党議員である以上、節度を持って発言すべきだ。しかも本会議での壇上からの発言であるから尚更という気がする。

 直接的に菅総理の退陣を求める小見山議員の発言に対して、自民党席からは大きな拍手が出ていたが、民主党席からはほとんど拍手もなかった。私も、例えば鳩山政権でも色々と言いたいこともあったし、議員どうしの仲間内での協議では本音での意見交換をしたことがあったが、対外的には与党議員である以上、あからさまな批判は控えていたし、やはり節度を持って発言をしなければならないことだと思う。

 それにしても、全体の雰囲気が何でもカン(菅)でも「菅が悪い」といった風潮には違和感もある。とにかく菅総理が悪い、菅を取り替えればうまくいくかのような発言やマスコミ報道はいかがなものかと思う。
大震災対応も、原発対応も、脱原発も、政争も、円高も、みんな菅総理が悪い、菅総理さえ辞めれば万事解決といった論調には、我が国の民主主義や民主政治のあり方から見て極めて問題だ。事は総理個人の問題ではなく、民主政治を進めるための仕組みこそが問題とされなければならない。
誰が言ったから反対とか、別の人が言うならば賛成するなどということが政治の世界を問わず、現実の社会の中ではよくあることだが、出来るだけこうした属人性の問題は避けなければならない。

 菅総理が脱原発依存を言うと反対、浜岡原発の停止やストレステストも菅総理がいきなり言うから反対、といった雰囲気もある。そうではなく、その内容やプロセスこそが問われるべきだ。
菅総理が、それまで入ってはならない「原子力ムラ」に足を踏み入れたがために、その反発を食らって、何でもかんでも菅を辞めさせようという動きもあるのではないか。しかし、そうであれば菅総理が退陣したらこうした「原子力ムラ」の問題点がうやむやになりはしないか、この点も厳しく監視をしていかなければならない大事な論点であろう。

 総理が交代しても見直すべき課題はしっかりと継続して取り組んでいかなければ、それこそ民主政治が崩壊してしまう。その意味で、菅総理個人がどうだこうだということよりも、今の政治のどの点が問題なのか、原発対応はどうあるべきか、核燃料サイクルをどうするか、「もんじゅ」はどうするか、原発の輸出はどうあるべきか、など具体的に問うべきであろう。

 こうした具体的課題をひとつひとつ国民に見えるような形で国会論戦をすべきであって、いつまでも「菅」が悪いというばかりでは、「感」覚も悪いし、政治「観」も悪いことになってしまう。




2011年7月 25日

有明特措法で民主案が固まる

 有明海・八代海特措法の改正案について、民主党内での議論が進められている。自民党からも先日、私自身が自民党の座長である金子やすし衆議院議員から提案を受け取って説明も受けたところでした。これを受けて民主党側も早急に検討を進めていて、農林水産部門会議の中に有明海・八代海特措法対策ワーキングチームも出来て検討を進めています。私自身は副座長という立場です。
このWTで何度か改正案について7月21日までに議論をして民主党案をまとめてきましたが、最終的な民主党案は基本的に私が提案したものを大幅に取り入れたものとなりました。この点、ちょっと嬉しい気持ちではありますし、実はもっと改正したい点もありましたので、悔しい気持ちも混ざっています。

 民主党の改正案は、
@

国及び関係県の調査事項の追加として、有明海及び八代海の海域に流入する河川の流域の森林整備に関する調査事項を追加しようというもの

A

有明海・八代海総合調査評価委員会の権能強化しようというもの

B

今後発生する可能性がある赤潮対策をも附則に明記するもの

となっています。これ以外の自民党案も受け入れようということで早期の成立を目指そうとしています。

 基本的には自民党案も民主党案もそれほど対立するものではなく、お互いにこの海域の環境を良くして漁民の皆さんを中心とした沿岸の住民のプラスになるようにとの思いは全く共有しています。自民党をはじめ野党の皆さんの了承を得て8月初旬には議員立法として成立が出来るかと思います。
早く漁民の皆さんの思いに応えるようにとの気持ちですが、他方、今年は赤潮が発生しないでほしいと願うばかりです。今年は、それこそ災害による被害は東北地方で十分すぎるほど味わっていますから、せめて九州では赤潮なしで願いたいと切実に思います。




2011年7月 14日

菅首相とメルケル首相の脱原発宣言

 菅首相は、7月13日午後6時から記者会見を行い、脱原発宣言をした。「原発に依存しない社会を目指すべきだ。計画的、段階的に依存度を下げ、将来は原発がなくてもやっていける社会を実現する」と述べた。

 私は13日当日、朝から晩まで岡田幹事長、輿石参議院会長らと一緒に宮城県に被災視察に赴いていたので、残念ながら直接聞くことは出来なかった。マスコミ報道で接しているが、その内容は極めて歴史的な意義がある。14日の各紙とも一面トップで大きく報道している。しかし、各紙の取り上げ方には見事にバラツキがある。朝日新聞は「脱原発を政治全体で取り上げよう」と好意的な取り上げ方をしているのに対し、読売や日経は否定的であったり単に脱原発を言うだけでは無責任だと決めつけている。

 読売新聞では「日本のエネルギー政策を大転換する方針を示したものだが、原発をどのように減らしていくのか、肝心の具体策は示さなかった。原子力発電を補う代替エネルギーの確保策が、不透明なままだったことも問題である。・・・自然エネルギーの普及は促進すべきだが、現時点では総電力の1%にとどまり、発電量は天候などで変動する。コストも高い。量と価格の両面で難題を抱えており、近い将来、原発に代わる基幹電力の役割を担えるほど見通しは甘くない。火力発電で急場をしのげても、燃料費がかさんで電力料金が上がれば、産業の競争力低下を招く。工場の海外移転による空洞化も加速して、日本経済は窮地に立たされかねない。」等々、菅首相の発言は「無責任だ」とまで決めつけている。

 しかしこれでは要するに自然エネルギーを推進したくない、今のままの原発利用を続けることが経済の衰退を防ぐために必要だと言っているようなもので、とうてい賛同できない。日本のエネルギー政策を大きく転換しようというのだから、原子力ムラをはじめいろいろな抵抗があることは当然であるが、ここは大胆に政策転換を果たしていかなければならない時機だ。大きな歴史的転換点に立っていると言うことを見誤ってはならないと思う。

 その意味では今年5月30日にドイツのメルケル首相が脱原発に舵を切ったことも大いに参考になる。ドイツ連立与党は、2022年までの原発全廃で今年5月30日に合意をした。その際メルケル首相は「ドイツは世界でも最も有能で、経済的に成功した国の一つ。国民は電力不足を心配する必要はない。我々が歩む道は挑戦の連続だが、未来の世代にとっては大きなチャンスになる。」と高らかに宣言した。私も直接見たわけではないが、メルケル首相はさぞかし晴れやかに舞台設定をしたのではないか。見事な役者を演じたのではないか。

 さて菅首相との比較はどうでしょうか?菅首相も同じようなことを言っているのだが、取り扱われる差異は歴然。テレビで見る菅首相は、もっと堂々とこうした歴史的宣言を高らかにやっても良いのだが・・・私自身は、あまりにも芝居がかっている舞台設定は好きではないが、それでも脱原発宣言はもっと力強く晴れ晴れと国民に語りかけて良いテーマだ。




2011年7月 13日

7月13日宮城県視察

 7月13日朝7時16分東京発の東北新幹線「はやて211号」に乗って仙台に向かい、夜8時に東京に帰ってくるまで宮城県視察をしました。これは民主党復旧・復興委員会としての視察であって、岡田克也幹事長、輿石東参議院会長らとご一緒でした。私は組織委員長代理であり震災対策本部宮城県対策室長という立場でした。
今回の視察は、9月に予定している約10兆円もの第3次補正予算を積算するため、現地を訪問して、地元の皆さんから率直なお話を聞こうというものでした。

 まずは仙台駅付近のあしなが育英会の東北事務所でヒアリングを受けましたが、震災でご両親などを亡くした子どもさんたちのお世話をして頂いている方々でしたが、母親を亡くしたり、父親を亡くしたり、あるいは両親とも亡くしたりした子どもが約2000人もいるとの説明に正直ビックリ。今回の震災の悲惨さをマザマザと感じるものでした。
その後は東松島市に赴いて、市長さんからJR仙石線復旧や地域被災住民の高台移転計画について要請を受けました。JR仙石線野蒜(のびる)駅で市長さんから説明を受けましたが、なるほど駅舎も滅茶苦茶に壊すほど津波の被害がものすごかったと実感しました。

 その後は石巻漁港や石巻市長さん、石巻商工会議所、石巻水産復興会議の皆さんと意見交換をしましたが、水産業の皆さんからのお話では、水産庁は漁民のことは考えているのに関連の水産加工業のことは考えてくれない、水産庁は、実は「水産庁」ではなく「漁民庁」だというのが印象に残りました。

 成る程例えば、第1次補正予算では漁業関係では約2000億円の予算を確保しましたが、そのうち水産加工業には僅か18億円しかなかったというものです。宮城県とりわけ石巻市の漁業を支えているのは水産加工業だというのに、また水産加工団地が壊滅したり、冷蔵冷凍庫も喪失したのに支援がない、との言葉は厳しいものでした。
石巻漁港付近には多くの水産加工会社が集積していて、多数の雇用も生んでいるし、石巻市を支える大きな業界でもあります。こうした企業は、どうしても中小企業庁が支援するという役所の構図になっている関係で、支援の手が乏しいという実感を受けましたので、これはしっかりと第3次補正予算では確保したいと思いながら夜、東京に帰ってきました。




2011年7月 8日

松本龍復興担当相の辞任は残念無念

 松本復興相は、もともと環境大臣であり、同じ九州でもあり、私も親しくしていたので、就任後9日目で辞任されることは本当に残念だ。しかしテレビで何度も被災地の宮城、岩手両県知事への暴言が放映されるので、これを見た人は辞任は当然と考えるだろう。私もテレビで見る限り、普段の松本龍さんとは思えない発言にビックリする。
確かに乱暴な発言だし、被災地を抱える知事は元より被災地に皆さんの神経をひどく逆なですることは確かだ。就任早々の発言としてはまさに異常だ。ただしよくよく文脈を見れば、全体として知事を叱咤激励をしている点もあって、言っていること自体はそう間違っているわけでもない。「しっかりやれ、県内をまとめろ、しっかりやらないなら支援しないぞ」ということで、これに近いようなことを丁寧に言えば、それほどの大問題になるわけではない。しかしあの言い方はないだろうというのも間違いない。
龍さんはもともとそう派手な発言をされる方ではないし、威圧的なものの言い方をされる方でもない。どちらかというとやや地味目なほうだ。だからこそ、あれーどうしたのかなあという感じだ。

 この辞任劇で後任には平野達男参議院議員が就任されたが、今度こそしっかりやって欲しい。平野さんは農水省出身で、堅実な方であるからこうした暴言を吐かれるようなことにはならないだろう。まずは知事や市町村長をはじめ被災地住民の皆さんの声を謙虚にしっかりと聞いて着実に成果を上げて欲しい。そして復興の陣頭指揮をふるって欲しい。平野さんは復興相兼防災相なのだから、この担当分野では菅総理よりもエライのだ。正直言って野党からの揚げ足取り的な国会審議に時間を割くよりは復旧・復興に向けた陣頭指揮こそ頑張ってほしいものだ。




2011年7月 3日

甲佐松野会総会で東日本大震災の報告講演

 7月3日に松野信夫の甲佐町における後援会、甲佐松野会の定期総会が開催され、第1部の総会終了後、第2部の報告会としてグループホームせせらぎ管理者の高橋恵子さんから「東日本大震災の現場を訪ねて」と題して報告をしていただきました。高橋さんは認知症のグループホームを甲佐町内で2箇所経営をしておられます。また日本認知症グループホーム協会熊本県支部長でもあります。

 こうした活動をしておられる彼女の元へ、同じグループホームの仲間から3月11日の東日本大震災後に「助けて!物資も何もない。」という電話があったことから、夫である熊本保健科学大学教授の高橋徹さんと一緒に、車に物資を乗せられるだけ乗せて熊本を出発して被災地へ向かわれました。
3月には8日間、5月には7日間、岩手県の陸前高田市や大船渡市を訪れ、グループホームの皆さんをはじめ被災地の避難者の方々を支援してこられました。岩手県まで車で行くこと自体が大変でしたが、着いてからも色んな苦労をしながらボランティアをやられてきた様子がスライドを使ってお話しされました。

 その後、松野からも「被災地宮城県を訪ねて」と称して報告をしました。松野自身、民主党の震災対策本部宮城県室長に就任し、5月に3日間現地視察をしたことや、連日のように被災地からの要請を受けて、そうした声をできる限り実現するように取り図っていることなどを報告しました。また原発事故を踏まえてこれからは自然エネルギー中心にしていくこともお話ししました。
 聴衆は約50名でしたが、皆さん熱心に聞いていただき和やかな雰囲気のうちに総会は無事終了しました。




『活動日記』を、「一言日記」と「活動報告」に分けていた頃の『活動報告』のバックナンバー
2010年上半期
の活動報告
2010年下半期
の活動報告
2011年上半期
の活動報告

2007年下半期
の活動報告
2008年上半期
の活動報告
2008年下半期
の活動報告
2009年上半期
の活動報告
2009年下半期
の活動報告

『活動日記』を、「一言日記」と「活動報告」に分けていた頃の『一言日記』のバックナンバー
2010年上半期
の一言日記
2010年下半期
の一言日記
2011年上半期
の一言日記

2007年下半期
の一言日記
2008年上半期
の一言日記
2008年下半期
の一言日記
2009年上半期
の一言日記
2009年下半期
の一言日記

参議院議員当選より前の「一言日記」及び「活動報告」は削除いたしました。