日々の思いをそのまま文章にしました。

バックナンバー (2011年上半期の一言日記)




2011年6月 24日

3点セット

 6月22日は通常国会の会期末であった。常識的には会期を延長して、東日本大震災への予算措置や関連法案などをしっかりと審議しなければならない。ところが延長幅は90日、50日という提案を経てようやく70日に決まった。いやはや、正直言って迷走したと批判されても仕方がない。自民党も会期延長はやむを得ないと分かっておりながら、菅総理が明確に退陣を表明しないので安易に延長には賛成できないなどと子供じみた対応であって、情けない。
衆議院本会議では自民党の河野太郎衆議院議員らが賛成に回るという造反劇もあったようで、河野氏はなかなか腹が据わっていると感じた。結論から言えば、菅総理の粘り勝ちかなと思う。珍しく産経新聞でも岡田幹事長が根を上げて菅総理の粘り勝ちだと妙なほめ方までして記事にしている。

 日本は今まさに国難の時であり、国会がやらなければならないことは山ほどある。私も毎日のように東北地方の関係者から様々な陳情を受けている。宮城県からは、仙台空港整備、石巻漁港と工業港両方の整備など次々に要請を受けている。工業港を利用している企業も多く、かなりはプライベートバースを持っていて利用しているが、港もまたその付近の工場や建物、機械・設備などが壊滅的な打撃を受けている。
日本製紙からも陳情を受けたが、同社は熊本県八代市にも立派な工場を持っておられるので、何となく親近感が感じられるし、同社に勤務している私の東大陸上部時代の後輩も陳情に来ておられて、やあやあといった雰囲気にもなった。

 また24日には宮城県知事からの要請を岡田幹事長と一緒に受けたが、これで3度目だが、宮城県からは結構事細かく要請が来る。しかし出来るだけの対応を果たしていきたい。

 国会は延長されたが、70日程度はあっという間に過ぎていくであろう。約2兆円程度といわれる第2次補正予算案や、被災者の二重ローン問題、がれき処理の国費負担など緊急課題は多い。もちろん、福島原発処理も大きな課題である。

 約38兆円の赤字国債を発行する公債特例法案も速やかな成立が必要だし、成立しなければ2011年度予算が歳入不足になってしまう。菅総理の粘り勝ちというのは、この第2次補正予算、公債特例法案、そして念願の再生エネルギー促進法案の成立という3つがセットになっていることで、どうやらまだまだ容易ではないが、この3つは成立の可能性が高くなってきている。

 国会内では菅総理に対して、首相の座にしがみついているのではないか、といった批判も多いが、私は延命策にしがみつくような人ではないと思っている。だからこの3つのセットは何としてでも成立して花道を付けて欲しいと念じる。
いずれにしても8月末というリミットはあるわけだから、それまで精一杯やってもらいたい。某議員などは、菅総理が続けば日本が崩壊するなどとも言っているが、それでは誰ならばきちんと統治が出来るというのであろうか。この点を指摘しないで、ただただ批判ばかりしても先に進まない。

 マスコミからも、菅総理が再生エネルギー促進法の今国会成立を言い出したのは不自然だとか、延命策ではないかなどと厳しい書き方が目立つ。しかし私は身近で見ていて、菅総理は首相の地位に恋々としているのではなく、自分が多少の非難を受けてでも必要な法案などは成立させたいとの強い思いからだと見ている。
「ねじれ国会」で厳しい国政運営が続くが不毛の対立ではなく、身のある議論を展開したい。また特に被災者の思いに応える論戦を戦わして、早く3つのセットを実現したいものである。




2011年6月 17日

新しい文明の時代へ

 6月16日、九州県議会の議長会から陳情を受けた。今回の陳情は、端的に言って原発問題であった。九州には九州電力が設置している原発が2つある。玄海原発と川内原発だ。いずれも定期点検で停止中ではあるが、いつ再開するのかが当面の問題となっている。
九州の場合、他の地域に比べてやや原発依存率が高い。約40%が原発に依存した電力となっている。万が一、この2つの原発に事故でもあれば九州全域の問題になるから関心が高いのも当然だ。
陳情のやりとりの中では、とにかく安全性を徹底して追求し、国のほうでキチンとした基準を作って管理して欲しい、また情報公開を徹底して欲しいとのことであった。他方、原発が停まったままで夏の電力不足になってもこれまた困るし、九州経済に与える影響も甚大であるので、停止のままでも良くないとのお話しもあった。

 成る程、陳情内容はもっともなことで、その気持ちもよく分かる。私のほうからは、
「これまで原発は何重にも防護がなされているから安全だということで推進がなされてきたが、もはやこうした安全神話は崩壊している。従ってこれまでの基準ではなく、より徹底した基準で、地震や津波に十分対処できるかどうかを含めて管理しなければならないし、再開に当たっては地元の皆さんに十分説明した上で、地元の理解が得られなければ再開はできないでしょう、現時点では浜岡原発のように直ちに全面停止するわけにもいかないでしょうから、まずは安全性のチェックが重要だ」
という趣旨のお話しを申し上げた。

 約20分程度の陳情を終え、議長さんたちが帰った後、そういえば原発安全神話だけではなく、いままでは当然の前提としてきた色んな神話がまさに今崩壊しつつあることを今更ながら感じてしまった。

 放射能による環境汚染は困るが、だからといって現在の便利な生活は手放したくないというのは、気持ちとしてはよく分かる。九州の原発が停まれば、産業界にも普通の生活にも影響が出て、電力不足になった挙げ句、もしかしたら計画停電もあり得るか、などという人もいる。
これまで日本では2005年以降人口は減少しても、電力消費が増え続ける、だから電力はより多く作り続けなければならない、といった電力消費増大神話も信じられてきたようだ。

 しかしここはよく振り返って見なければならない。電力消費は本当に増えてきているのか、節電や省エネでむしろ電力消費を減らせるのではないか、自然エネルギーだけではとうてい無理で、やはり原発に依存しなければ、今の便利な生活は維持できないのか、よくよく検討しなければなるまい。つまりこの電力消費増大神話も疑ってみる価値は大いにあるし、私自身は、この神話も相当に崩れてきていると思う。原発基軸エネルギー神話も崩れてきている。

 これからは、省エネや節電でも十分文化的生活が可能であることを国民に向かって説明していかなければならない新しい時代に入っていくのだ。その意味ではこれまでとは異なる文明を創造していかなければならないのだ。そうした新時代に突入していることを実感している。




2011年6月 16日

自然エネルギーの議論がいっぱい

 最近は東日本大震災を受けた福島原発事故を踏まえ、脱原発や自然エネルギー推進の動きが活発だ。環境省は東北、北海道は風力発電の宝庫だと言って、風力発電や送電網の設置などが復興の牽引役になると宣伝をしている。

 議員どうしの勉強会でも再生可能エネルギー促進に向けた取組が活発だ。民主党再生エネルギー推進ワーキングチームもあるし、日本のエネルギー政策を考える会もある。
前者のWTでは風力発電を取り上げて、一般社団法人風力発電協会、日本風力開発株式会社などからお話を聞いている。後者の会では、金子祥三東大教授から石炭ガス化のIGCCの技術などのお話を聞いている。

 こうした組織や議連の中でもエネルギーシフト議連はとりわけ元気だ。脱原発で再生可能エネルギー促進法制定に向けた取組をやろうという勉強会だが、超党派で6月15日現在で206名が賛同している。もちろん私も賛同者の一人だ。15日夜も衆議院議員会館で集会を開催し、ソフトバンクの孫正義社長も来られたし、菅総理も登場して再生可能エネルギー促進法の早期成立に向けての決意を表明された。

 こうした集会では、まさに市民宰相菅総理の古里といった感じでテンションが上がっていて、この法案は何としても成立させたい、成立できなければ政治家やっている意味がないと言うほどであった。正直言って、私は、現役の総理大臣がそこまで市民向けのサービスをやっていいものかハラハラしていたほどだ。本人は笑顔満面で、ノリノリの感じであった。

 参加していた市民も会場に入りきれないほどの大人数で、400〜500人程おられたかと思う。歌手の加藤登紀子さんもNPO法人環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也さんも来て盛り上げていた。
とにかく再生可能エネルギー促進法については、私も何とか成立させたい。政局不安定な状況でそう簡単ではないが、色んな意味で今がチャンスでもある。太陽光にしても風力発電にしても適した場所は沢山あるし、あとは固定価格買取制などの政策が後押しをすれば爆発的に増やせると思う。




2011年6月 15日

民主党熊本県連大会は議論百出

 6月12日午後2時から熊本市内のニュースカイホテルで民主党熊本県連大会が開催された。私は県連の最高常任顧問という肩書きを頂戴しているのでもちろん出席したが、近年にない、いや初めてと言って良いかと思うけど、まさに熱い議論が続出した。
私が最初の開会の挨拶をしたのだが、その際、県連大会は年に一度の大事な大会であり、決してしゃんしゃん大会ではなく大いに議論することを願うというお話しをしたが、まさにそのとおりになった。

 党員やサポーターの皆さんであるから、民主党政権を支持するという一定の方向性は同じであるものの、国会議員は一体何をやっているのか、議員の活動が見えない、菅下ろしに走る国会議員の動きがおかしい、国民の声が届いていないのではないか、菅総理を支えるべきであり、任期途中に菅総理を下ろすのであれば、民主党は一度下野して自民党に政権を渡し、次の総選挙で241議席を獲得する戦略でのぞむべきだ、もっと党員の声を聞いて欲しい、党員の声を聞く協議会などを開催して欲しい、などなど耳の痛い声もあったが大変貴重な声の連続であった。
民主党政権に対する批判は厳しいが、簡単に自民党に戻すのではなく、まだまだ頑張って欲しいという期待の大きさの表れでもあった。

 マスコミフルオープンであったので、後でマスコミ関係者に聞いたところ、自民党では決してみられない大会であって、民主党らしかったのではないですか、と案外好評のようだ。成程、自民党県連大会は、言うなればしゃんしゃん大会であって、ほとんど意見表明も出ないそうだ。その意味では議論百出の大会ということで、それが民主党の原点でもあるから、こうした議論はこれからも大事しなければならない。




2011年6月 9日

原発震災は水俣病に学べ!両者の類似性

 水俣病と今回の原発震災の比較やその類似性が話題になっている。とりわけ熊本では、新聞記事などで両者の類似性が指摘され、今回の原発震災における行政の対応のまずさも手伝ってか、原発震災の対応から見て、結局、政府や東電は水俣病から学んでいないのではないか、という指摘がなされている。
新聞でも原田正純医師や元環境庁特殊疾病対策室長の緒方剛氏の記事も掲載されているし、最近の熊本日日新聞では、原発事故による健康調査について、被爆と水俣病の経験生かせという趣旨の社説も掲載されている。

 私も同感の思いで記事を見ている。そうしているうちに、原子力損害賠償支援機構法案がまとまっているとのことで、6月7日、内閣官房から説明を受けた。
この法案は、要するにこのままでは東京電力は巨額の損害賠償の責任を追及されて倒産してしまうおそれがあることから、政府が新しく「原子力損害賠償支援機構」という組織を立ちあげて、この新機構に一定の資金を交付して、そのうえで新機構が金融機関などからの融資を得てそれを東電に資金交付し、東電が損害賠償を行うというものだ。そして東電と他の電力会社が毎年、一定の負担金という名目で返済を行うというスキームである。

 こうしたスキームもまさに水俣病の場合と同じだ。水俣病の場合は、加害企業チッソについて新会社を設立し、儲かる事業活動は新会社が行い、その利益の中から一定程度を旧チッソに配当して、旧チッソが必要な被害者への補償支払いや県債の償還や実行をするという仕組みだ。
基本的には今回の原発震災の場合と同じ仕組みで新会社である「JNC」と「原子力損害賠償支援機構」とが同じような別組織になる。

 いずれも多額の賠償責任を負ってはいるものの、加害者自身は倒産させない仕組みであり、こうした仕組みはだいたい官僚の得意とするところなのであろう。

 面白いのは、自民党が対案を提出するということで、聞いてみれば、いったんは国が原発被害者に賠償金を支払って、その後東電に求償するという仕組みのようである。成程、この仕組みは、私が以前民主党の水俣病対策チームの座長をしていたときに作った試案と同じである。
私の試案は、いったんは国が水俣病被害者のほうへ賠償金を支払い、その後に国がチッソに求償する方式であった。このほうが被害者は安心するし、最高裁で敗訴した国もその責任を果たすことができるのではないかという考えであった。

 残念ながらこの考えは採用されず、チッソの新会社を設立する方式で被害者に支払うのはあくまでチッソとなったが、今回の自民党案はかっての私の水俣病方式を採用していることになる。野党というものは、まずは国がその責任を果たすという図式になるようだと、ここでもその共通性に驚いた次第だ。
もちろん、チッソと東電とは異なる点もあるから、全く一緒というわけではないが、水銀をまき散らしたか、放射能をまき散らしたかという点ではまさに共通だ。

 国の責任については、水俣病の場合は、最高裁で確定しているが、今回の原発の場合は確定しているわけではない。一部には「東電は免責させろ、国が全部面倒を見ろ」という声も聞こえるが、これはとうてい賛成できない。この立場に立って自民党の対案ができているとすれば、水俣病の私の試案とは異なり、似て非なるものということになろう。




2011年6月 5日

ペテン師や嘘つき呼ばわりはやり過ぎ

菅総理が東日本大震災の対応に一定の目途が立てば退陣するとの表明で、6月2日の内閣不信任問題はいったんは収束したかに思われた。ところが翌3日にはこの一定の目途をめぐって早速紛争が再発した。本当にいい加減にしてくれよと言いたくもなる。

鳩山前総理は、菅総理のことをどうやらペテン師とまで決めつけているようだが、情けない。総理大臣経験者ともあろうお方が、いわば身内の恥を感情にまかせて世間に公表するようなものだから、正直言ってやり過ぎ。党内のゴタゴタを世間に向かって言えば言うほど民主党の評判を下げる。
今回の鳩山菅会談についていえば、ある意味では政治家同士の話し合いで確認されたことではあるが、お互いに総理の退陣はあうんの呼吸で理解していたのではなかったのか。

菅総理も一定の目途について、来年までやるつもりらしいとなれば、収まるものも収まらない。これまたやり過ぎ。お互いに立派な政治家なんだからわきまえるところはしっかりとわきまえてほしい。何となくお互いのメンツとか個人的な感情が見え隠れするが、こうした個人的感情は現在のような国難にあっては百害あって一利なし。野党から見れば格好の攻撃材料でしかない。

とにかくつまらない感情のぶつけ合いではなく、復興に向けた政策論議こそぶつけ合わなくては。こうした党内のゴタゴタこそが、政権交代に待ち望んだ国民の期待を裏切っている一番の大元だ。国民が政権交代で何を一番望んだのか、その原点をお互いに見つめ直したいと思う。




2011年6月 3日

やれやれ、一段落だが視界はいまだ霧の中

 6月2日午前12時から民主党の代議士会が始まり、菅総理の発言が注目されていた。私も議員室にいて、テレビに注目していた。すると菅総理が大震災の対応について一定の目処が立てば辞任する旨の発言が飛び出した。これはある程度は想定の範囲内ではあったが、正直言って私は辞任の話は出さないのではないか、強気で押し切るのではないかと思っていたので、やはりという思いと多少の驚きも入り交じった気持ちになった。

 しかし、この菅総理の発言を聞いて、すぐにこれで内閣不信任案決議は間違いなく否決されると確信した。案の定、菅総理の挨拶の後に鳩山前総理が発言したが、ますますこの思いを強くするものであった。
午後1時半頃から衆議院本会議が開催され、午後3時頃ぎから記名投票が始まった。2日は、支援して頂いている税理士の皆さん9名が上京しておられ、一緒に財務省で税制の意見交換会をしたりしていたので、ずっとテレビ中継を見ておれなかった。それでもともかく大差で否決されたことは良かったし、まずはホッとしている。

 しかしいったんは収束したものの、今後とも前途多難であることは間違いない。実際には菅政権は「目途」がつけば退場するわけであり、実際にはどの段階になれば「目途」がついたと言えるのか、おそらくこれをめぐって党内外でやりとりが間違いなく起こる。菅総理を早く下ろしたい側は、もう「目処」がついたから早く辞めろと言うし、反対側はまだまだと言うし、そうなると泥仕合の可能性も出てくる。そうした事態にならないように知恵を出し合わないといけない。
政界の視界はまだまだ霧が晴れないが、菅総理としては、復旧・復興と原発の安定化に全力を尽くして欲しいし、しっかりと仕事をして引き際を間違えないで欲しいと念ずる次第だ。私も国会議員としての仕事をしっかり務めるつもりだ。まずはやるべき仕事、仕事に取り組みたい。




2011年6月 2日

自民党提出の内閣不信任案への賛成に大儀はあるか

 6月1日午後6時頃に自民、公明、たちあがれ日本の3党から内閣不信任案決議が衆議院に提出された。2日午後には採決される見込みだ。
2日は私の60回目の誕生日でもあり、また昨年には鳩山総理が辞任表明をした日でもある。よりによって私の誕生日に2年連続でドラマを作るとは何と言うことか。内閣不信任案は衆議院のことではあるが、民主党としてはしっかりと否決してもらいたい。

 今回の不信任案決議はまさに大儀がない。確かに菅総理には問題がないわけではない。東日本大震災の対応をはじめ、せっかく政権交代したにもかかわらず官僚に負けずに政治主導で国民の生活が第一の政治をやってもらいたいとの思いは強い。だから私も含めて大なり小なり不満を持っている議員は多い。
それでも今、総理を変える時期か、それよりも東日本大震災に被災者の皆さんの思いを受け止めそれに応えていかなければならない時なのだ。被災地では誰もこうした政局は望んでいないであろう。

 ところが内閣不信任案提出によって完全に政局を迎えた。本当に残念であり忸怩たる思いだ。一体政治家は何をやっているんだ、被災地をはじめ国民の声に応えているのか、国会は政治家どうしの内紛をやっている場合じゃないだろう・・・等々の声が聞こえる。余りにも当然の声だ・・何故この声が届かないのか。

 連日のように議員どうしの議論もやっている。1日夕方には山口二郎北大教授や元外交官の佐藤優さんのお話を聞いたり、その後、夜にも会合に参加して意見を述べた。しかし今の状勢は情けない思いがする。
自民党と闘って選挙に勝ち上がってきた議員が、今度は自民党の提出した内閣不信任案に賛成するなど、およそ与党議員とは考えられない行動だ。自分勝手な衆議院の1年生議員も多すぎる。小沢一郎さんは追い詰められたとでも思っているのだろうか、ここで菅総理に刃を向けなければ自滅してしまう、政治声明は終わってしまうとでも考えているのだろうか。これでまた党を分裂させれば、小沢さんは壊し屋の証明に箔をつけることになる。

 これだけの国難に永田町は何を馬鹿なことを繰り返しているのか、与野党問わず大震災に立ち向かわなければならないのに、自分の都合ばかり考えて・・・頭の中がぐるぐると同じような思考回路がいらだちながら進んでいく。早く否決をして正常化に戻りたいと願うが、可決しても否決しても地獄が待っていることには変わりがないかもしれない。こんな時機にと思うが、政治不信の高まりとか、民主政治の危機とか、党分裂とかの言葉が思い浮かぶ。
2日午後からの衆議院での採決はそれこそ固唾を飲んで見つめることになる。

 とにかく自民党の提出する内閣不信任案に賛成するなんてどう見ても大儀がない。もしこれに賛成するならば、民主党から自民党に移るべきだろう。民主党にとどまっていて内閣不信任案に賛成するなんて、どう言い訳をしても大儀がない。大儀がない政治はいずれ行き詰まる。




2011年4月 27日

両院議員総会を要求する時期か?

 「震災に対応できる連立政権に向けた総調和の会」の初総会が4月26日に開かれ、約60人の民主党議員が出席したようだ。報道によれば、出席者の大半は1期生の衆議院議員が占めていたようで、参議院からの出席者は少なかったようである。
この会合のことは27日のマスコミ各紙に一斉に報道され、民主党内の内部抗争が再燃したかのような印象を与える。そういう印象を与えること自体が残念なことだ。特に鳩山前首相、山岡賢次副代表などが菅政権を批判したとされ、「両院議員総会を開き、みんなで党を立て直す機運を盛り上げたい。」と話したと報道されている。
確かに統一地方選は民主党にとっては大変厳しい結果になっていて、政権交代後の成果がなかなか見えないし、原発を含め大震災対応にも不満がたまっていると思われる。

 統一地方選の敗戦をきちっと総括するということは大事なことかと思うが、だからといって今両院議員総会の開催を要求するのもどうかと思う。何やら菅首相や岡田幹事長らの責任追及のため、両院議員総会の開催に必要な党所属議員の3分の1(137人)以上の署名集めを行うようであるが、それこそそんなことをやっている時期かと感じる。

 確かに菅首相や岡田幹事長に対しては、もっと頑張って欲しいとか、党内をもっと上手にまとめて一致結束する方向で取り組んで欲しいという気持ちを多くの民主党議員が持っていると思う。私も同様の気持ちではある。しかし、大震災対応については政府与党一体となり総力を挙げてしっかり取り組まなければならないし、約4兆円の第1次補正予算を成立し、その後、夏にはより大型の第2次補正予算に向けて財源確保から優先順位をつけて適切な使い道を模索しなければならないわけだから、党内政局のようなことをやっている時期ではないだろうと率直に思う。




2011年4月 26日

熊本市議選でも痛恨

 4月24日は熊本市議選の投開票日。民主党熊本県連は新人の公認として大塚信弥、西井辰郎、山本浩之の3人を擁立していた。3人とも丁度30歳。私個人的には3人のうち2人が当選すればまずまずの結果、最低でも1人は当選させたいと願っていたが、結果は3人とも落選。残念というより痛恨の思いだ。

 当選するためには約3200票が必要だったが、3人とも引き離されてしまい手が届かなかった。私は何度も選挙事務所などに赴いては激励をしていて、3人ともかなり頑張っていたので、これは当落線上のギリギリの戦いかなと感じていたが、約700票以上足りなかった。悔しい結果ではあるが、結果は結果として受け入れざるを得ない。

 24日は夜8時半の最終便で熊本から上京し、翌25日朝から予定されていた参議院決算委員会に備えていた。夜11時頃には東京の議員宿舎に到着し、部屋でパソコンのインターネットを見ながら見守っていたが、夜中の1時過ぎには落選が分かり、ひとり宿舎でがっくり肩を落とした。

 落選の理由は何であったのか、何が足りなかったのだろうか、もっと応援のやり方があったのではないか、3人ともたいした組織もないままに戦っていたのでやはり組織を持たない候補者は辛いなあという思いばかりが頭をよぎった。とりわけ大塚君は私の秘書をやってくれていたので悔しい思いが余計に感じられた。
2週間前の県議選では現職の濱田県議を落とし、今回は3人の新人を全員落とし、辛い日々が続く。今後、彼らはどうやって生活を組み立てていくのだろうかとの思いもよぎる。でも東北地方ではまだまだはるかに辛い日々が続いていることは間違いない。人生の一時期のこの程度の苦労で踏ん張れないようでは長い人生を乗り切れない。今回は辛い試練であったろうが、必ず立ち上がってきて欲しいと念じるばかりだ。頑張ろう東日本、そして頑張ろう熊本の民主。




2011年4月 12日

県議選は惨敗

 4月1日に告示された熊本県議会議員の選挙は10日に投開票された。民主党熊本県連としては、6人の公認、4人の推薦、2人の支持を行ったが、結果は、公認候補では鎌田さとる氏、推薦では平野みどり氏、西聖一氏、磯田こわし氏、支持では鬼海洋一氏らの当選にとどまった。
正直言って、熊本市選挙区では濱田大造氏は落とせない候補者であったし、できれば重点区としていた天草郡市の小谷邦治氏、宇土市の上村雄二郎氏、合志市の辻藍氏らのうち誰かでも当選して欲しいと念じていたが、結果的には全滅であった。濱田氏はもともと私の秘書でもあって、絶対に落とせない候補者であったが、わずか300票ほど届かなかった。熊本県議49名中、民主党は2名から1名になってしまった。残念というか無念というか、辛く胸が痛い。疲れが一気に吹き出した気が感じられる。

 候補者はそれぞれ頑張っていたが、結果は全く伴わなかったわけで、その原因などはしっかりと分析しなければならないであろう。現時点では、詳しく検討はできていないが、
@民主党に対する期待はずれという全体的な逆風があった、
A東日本大震災に関心が向いていて選挙が盛り上がらず、投票率も全体として9ポイントも下がる低投票で民主支持層が投票に行かなかった、
B民主党の候補者は新人が多く知名度も低かったので自民党候補の普段から蓄えられた底力に及ばなかった、
などが考えられる。

 それにしても県議選は、新人を当選させるのが難しいとつくづく感じた。だいたい当選するには1万票ほど獲得しなければならないが、短期間では困難だ。地域でも一定の評価がされるような人物を時間をかけて育てていかなければ4年後も同じような結果になってしまう。

 現職の壁は厚いが、まずはチャレンジしないことには次に進まない。今回は4年前に比べれば公認、推薦など数多く擁立はできたのがせめてものなぐさめか。4年後にはこの巻き返しを図りたい。

 しかしその前の市町村議選がまたまた大事だ。2週間後に投開票であり、とりわけ熊本市議選では民主党公認の3人の30歳トリオの全員当選をめざして頑張りたい。




2011年4月 6日

東北市長会からの要望受付

4月6日午後1時30分から国会内で東北市長会から今回の東日本大震災関連の要望を受けました。実際には青森市長さん達からで、要望を受けたのは長妻昭元厚労大臣(現在は民主党東日本大震災対策本部の事務局長代理をしておられます)と私でした。
私のほうは東日本大震災対策本部宮城県対策室キャップをしています。震災の惨状は言うまでもありませんが、現地の行政としては、それこそありとあらゆる要望をしてもしつくせないほどです。とにかく瓦礫の処理から水道、下水道、電気、ガスなどのインフラ整備、仮設住宅の建設、食料、衛生確保、道路、農地、港湾の復旧、雇用、医療、介護、中小企業支援・・・・・何でもありです。

要望を聞いていて特に印象に残ったのは、例えば青森市などは避難先となっていて、多くの被災者が避難しておられるようですが、高齢者が多いようで、高齢者特有の問題も多いということです。
例えば認知症の老人が避難してこられているが、どのように対処するか、とにかく今まででも手一杯の上に多くの避難者が来られて人手が足りないという。認知症の場合には特に人手がいるということです。また住民票を異動していない方も多く、住民票の異動がないと何かと不自由があるようですから、きめ細やかな対応が望まれます。
通常は介護保険なども住所を置いて住民票のある自治体が保険者としてサービス提供などを担当するわけですが、元々いた自治体が住民票発行すらままならない場合もあって、平時の場合と今回のような異常時の場合とでは柔軟な考え方をしないと駄目です。介護施設でもいろいろと要件が細かく決められていますが、今回のような特別の場合には要件を相当程度緩和しても良いのではないか、といった話もやりとりしました。

だいたい、法律や制度設計はとにかく正常な場合を前提に策定されているので、今回のような異常時の場合にはかなり柔軟に対応しないとやっておれないというのが本音のところ。現場の市町村長さんたちのご苦労が垣間見えた感じでした。でもお互いに頑張ろう、総力を挙げて応援しますからと最後に申し上げた次第です。
こうした要望はまだまだ続きます。




2011年3月 27日

熊本でも風評被害

 3月26日は午後7時から玉名商工会議所青年部OB会から呼ばれて、最新の政治状況について講演を行いました。玉名市内のホテルでしたので、夕方からは玉名に行きました。
少し時間がありましたので、玉名市内の知り合いの米屋さんをお伺いしたところ、福島県産の米が売れないで困っているとの風評被害をお聞きしました。福島県会津産のコシヒカリを昨年末に玄米で仕入れて、袋には大きく「福島県会津産コシヒカリ」と書いて販売していたが、最近さっぱり売れないとのことです。販売先には、この米は昨年収穫されたものだし、もちろん今回の大震災のずっと前に熊本に輸送されてきているもので、原発問題などとは全く関係がないと繰り返し説明してもなかなか理解してもらえないという。

 なるほど玉名にもこういった形で風評被害が発生しているのかと改めて現実を知らされた格好です。この米屋さんの店頭には5キロ入りや10キロ入りの米袋が積んでありましたが、福島県産以外にも各地からのお米があり、中には福島県産よりもちょっと安目でしたが、玉東産という地元産のお米もあり、こうした福島県産以外のお米はまずまず売れているようです。値段も区々ではありますが、それぞれ美味しそうです。
そして福島県の会津は、今回問題の原発がある土地からは、約100キロくらいとかなり離れているので、全く問題はないはずです。それでもそれまで納入していた取引先の病院ではそのお米は持ってくるなと言われるとのこと。

 こんな話を聞けば、風評被害とは言うものの、科学的医療を提供しているはずの病院ですらこの有様なのか、と暗澹たる思いになってしまいました。せめて理性的に冷静に判断してもらえるように、これまで以上に情報発信をしていかなければとの思いを強くした次第です。




2011年3月 17日

大震災復旧・復興特別立法チームの立ち上げから選挙延期法の採決まで

 民主党の各部門会議を中心にして復旧・復興に向けた国会としての特別立法をめざしたチームがスタートして各部門会議では議論が始まった。17日には環境部門と法務部門の会議があり、それぞれ出席した。
例えば環境部門では、廃棄物処理、し尿処理をどうするかといった課題をとりあげ、法務部門では、建物滅失に関する簡素な手続きや手数料の軽減措置、私有地における仮設住宅の建設問題、オーバーステイを余儀なくされた外国人の在留問題などそれこそありとあらゆる問題が発生する。こうした課題に国会として必要な法律を制定して、被災された住民の皆さんの安心生活をできるだけ確保するよう応援しなければならない。
阪神大震災のときでの特別措置法が参考になるが、今回の大震災は阪神大震災の何倍もひどい災害になっているので、いろいろと工夫も必要だ。

 17日午後には統一地方選挙に向けた特別措置法の倫理選挙特別委員会での審議があった。私はこの倫選特の理事になっているので、理事会から委員会審議に出席したが、この特別措置法は、主に4月に予定されている統一地方選について、被災地では2ヶ月から6ヶ月の延期を認め、その間の地方首長や議員の任期を延長するものだ。

 みんなの党からは、被災地だけではなく全国一律に延期すべきだとの対案も提出されたが、私は政府提出の法案の方が本筋だと思う。確かにこれだけの大震災であるから、今時選挙なんかやっているべきではないとして全国一律に延期しようという気持ちも分からないではないが、選挙はまさに民主主義の大前提、大原則であり、当初から決まった平等なルールの下に行われなければならない。途中でこのルールを変更するというのは、よほどの理由がなければならない。
被災地ではまさに物理的に選挙ができないというから、この場合にはやむを得ないが、例えば私のいる九州とかは延期する必要はないのではないか。予定候補者にしても選挙管理委員会にしても4月の選挙を前提に準備を進めているので、いきなり延期と言われても混乱するであろう。
被災地への支援を一生懸命にやることと選挙をやることとは別の問題であり、やはり選挙は選挙という観点から、支障がない地域では予定とおりに実施するべきとの思いから政府案に賛成した。

 それにしても被災の復旧、復興、生活支援や原発問題に毎日、毎日、そればかりが気がかりだ。本当に原発は大丈夫だろうか、私自身は現地にも行けずどうすることもできないが、とにかく放射性物質の拡散を止めて欲しいと願うばかりだ。




2011年3月 15日

震災対策に全力投入

 3月11日の東北関東大震災から4日が経過した。次第に今回の大震災の全容が判明しつつあるが、言葉を失うほどの惨状だ。海岸に漂着した遺体が1000体を超えるということで、まるで地獄絵を見る思いだ。丸木位里夫妻が描いた「原爆の図」を思い浮かべたが、まさに目を背けたくなるような地獄ではなかろうか。

 同僚議員と話し合っていたところ、かって阪神大震災のときではなかろうかと思うが、ボランティアの人が死体が散乱しているのを見て、それが後まで脳裏に焼き付いてPTSDになったということを聞いた。だから今回も気軽にボランティアの人を投入したら、何人かはPTSDになることを覚悟しなければならないことのようだ。

 大震災関係の情報はテレビでもまた政府のほうからも次々に入ってきているが、どれも厳しい状況だ。民主党でも地震対策本部が立ち上がって、私も部門会議の座長ということでその委員に就任した。政府と党とで一致して取り組んでいかなければならない。
それはさておき、被災現地では55万人もの方々が避難をしておられる。学校や体育館などの公的機関に身を寄せておられる方も多いが、食料、水、毛布、医薬品などが十分に行き渡っていないのではないかとの心配が強い。でも道路も少しずつ通れるようになってきているとのことで、国道4号線から海岸に向けた東西の道路も復興しつつある。しかし気仙沼市とか石巻市とかの海岸道路はまだまだのようではある。

 そのうえで尾籠な話ではあるが、避難民の糞尿処理問題もある。有り難いことに全国環境整備事業協同組合連合会(通称環整連:玉川福和会長)がボランティアでバキュームカーを全国から215台、被災現地に搬送して糞尿の処理に当たっても良いとの申出がある。ガソリン代から人件費まで全て無料でやってくれるという。本当に有り難いことである。

 私は民主党の生活排水適正処理推進PTの事務局長であり、環整連の皆さんとは日頃からお付き合いもしている関係で、是非ともスムーズに実行に移してもらうようお願いしている立場でもある。
明日にでも各地からバキュームカーを被災現地に向けて発送できるようお願いして、これを環境省も受け入れるよう取りはからいたい。おそらく被災現地では、まともな糞尿処理がなされていないのではないか、処理施設も破壊されているおそれがあり、バキュームカーの威力が必要なはずだ。
こうした大震災ではいちいち適正処理基準など細かく言っている場合でもなかろう。とにかく汚い話かとは思うが、人間が生活する以上、必然的に出てくる糞尿ですからこの点をも含めて震災対策をしなければならない。こうしたボランティアを上手に活用することも大事な対策であり、彼らの思いにしっかりと応えたい。




2011年3月 12日

大地震にビックリ、早く鎮まれ

 参議院では、決算委員会が3月11日(金)午後9時から平成21年度決算審査のために午後5時までの予定で始まりました。NHKテレビ中継で全閣僚出席の上で質疑がなされます。午前中には民主党の3人の質問があり、午前11時30分から自民党の議員の質問になり、お昼休みをはさんで午後1時から再び自民党議員の質問が続行されていました。

 当日朝日新聞の朝刊一面では、菅総理が在日韓国人から違法献金を受けていたとの報道があり、案の定、自民党はしつこくこの問題を取り上げて質問を繰り返していました。私は民主党の筆頭理事でしたので、菅総理の目の前の一番先頭の席に座って見守っていましたが、余りにもひどい質問が繰り返されるようであれば、阻止しようと待ちかまえていたのです。

 でもまあ何とかこの菅総理の献金問題が終了し、別にニュージーランドでの地震対策などの質問がなされている午後2時50分頃に、国会もグラグラ来ました。とにかくビックリして、答弁席の閣僚はすぐに衛視に守られて避難されました。
私は決算委員長や自民党の筆頭理事らと直ちに協議して、本日の委員会は中止し残りの質疑は後日とするよう提案し、これが了承されましたので、委員会は中止となりました。地震で国会の委員会質疑が中止になるのは初めてとのこと。

 委員らにはすぐに地震情報が入ってきましたが、情報が入るたびにこれは本当にひどい地震だと分かり、口々に東北地方は大丈夫だろうかなどとお互いに言いながらまもなく参議院議員会館に戻りました。議員会館ではエレベータや暖房が止まり、私も階段を歩いて7階の720号室まで行きました。さすがに息が上がります。

 その後はテレビインターネットなどで情報を収集していましたが、秘書らは自宅に帰ることができず、会館に泊まるということです。会館で泊まる人のために炊き出しや毛布の貸し出しもありました。これも初体験。夜になって会館の部屋から外を眺めると、車はひどい渋滞、歩いている人も多く、東京にも確実に地震の影響が響いていることが分かります。

 そして東京でも再三にわたって余震が続きました。最近、中国、ハイチ、ニュージーランドなどでの大きな地震が発生していて、これも地球の異変なのでしょうか、それともこの地震は神の怒りなのでしょうか、とにかく早く鎮まってほしい、と念じながら午後9時頃に議員宿舎まで歩いて帰ってきました。

 自分の宿舎に帰ってドアを開けた途端、棚にあったいくつもの茶碗類や書類、本などが落っこちてリビングルーム散乱状態が私を待ちかまえていました。やれやれですが、でも東北地方で苦労されておられる被災者の皆さんに比べれば茶碗が割れた程度ではたいしたことないなあと思いながら夜中まで後片付けにおわれました。
とにかく被災者の皆さんには心からお見舞いを申し上げる次第です。被災者の皆さんが早く安心して生活できるよう、国会では言葉尻をとらえたつまらない揚げ足取りではなく、当分の間は被災対策に全力投球をしなければと思いながら後片付けをしたものです。




2011年3月 3日

減税日本や維新の会やら

 最近、河村たかし名古屋市長や、大村秀章愛知県知事、橋下徹大阪府知事らによる首長主導の地域政党が相次いで旗揚げされ、とても賑やかだ。おそらくこのまま推移すれば統一地方選の「台風の目」となって、新党の議員も相当に誕生するのではないか。
既成政党に対して期待が持てないとして、一種の新党ブームのような感じになっているが、理由はともかく議会が活性化するのであれば、それはそれで結構なことだ。しかし地方自治体は首長と議会議員の二元代表制になっており、首長が議会を自分の思うようにやりたいということで、議会を支配下に置こうとする手法には賛成できない。二元代表制の仕組みをよりよく理解し、生かさなければならない。

 橋下府知事の「大阪維新の会」、大村知事の「日本一愛知の会」、河村市長の「減税日本」に代表される首長新党は今は勢いがあって、昔、細川氏が立ち上げた日本新党のようなブームにもなっている。すでに大阪市議補選では当選を果たしている。
こうした新党の主張は、だいたいがシンプルだ。かっての小泉ばりに争点を絞って明確にし、シングルイシューで闘っている。「大阪都構想」、「市民税減税」、「議員歳費の減額」などだ。

 首長による呼び掛けは、これら以外にも清水勇人さいたま市長らの「埼玉改援隊」、中村時広愛媛県知事が市長時代に唱えた「松山維新の会」などがある。それぞれが地域の自立を目指す趣旨であって、単純に反対とも言いにくい。しかし私は首長が、あまりに新党に走るのには慎重であるべきだと考えている。
確かに河村名古屋市長が言うように市議の報酬は高すぎるのではないか、との思いも分からないではない。しかしそれでも市長が音頭を取って、議会と対立しながら報酬減額を進める手法が良いとは思えない。やはり地域住民が立ち上がって市議の仕事は一体何をしているのか、どの程度の報酬がふさわしいのか、市議が既得権益にあぐらをかいてはいないのか、こういった問題について声を上げて追求するのが筋ではないかと思う。

 このことは国会での活動にも繋がる。既成政党が党利党略に走ってはいないか、もしかしたら最近の新党ブームの裏側には既成政党に飽き足らない気持ちがあるのではないか、やるせない気持ちのはけ口として自民党も駄目、民主党も駄目、何か新しい新党なら何とかしてくれるのではないか、との思いがあるのだと思う。
しかし、今の減税日本などの新党ブームを見ていると、どうしてもポピュリズムではないか、一時的なこうした大衆受けだけの政党では駄目だとの思いが強くなる。それでも新党ブームは現実に起こっている。

 それはそれで必然なのかもしれないが、もしかすると日本新党の時のように一過性であったり、あるいは首長新党が議会の過半数を占めた場合、議会のチェック機能が働かなかったりしたときのことだ。
首長を支える議員が首長と一緒になって行動すればチェック機能が働かない。まあそれでも、オール与党によるなれあい議会よりはましだとの思いもある。住民も案外それに期待しているのかもしれない。
民主党もまだまだ若い政党ではあるが、政権与党にもなって、もうすでに既成政党になったのかなあとの思いもある。

 どちらにせよ政権交代後のまだまだ発展途上にあるのかもしれないが、国会も地方議会もいずれにせよ熟議にふさわしく堂々と議論を挑み、議会を活性化していかなければならない。この思いは案外多くの人が考えていることではないか。是非ともこれを実行に移していきたい。




2011年2月 18日

相撲の八百長と政治のガチンコ

 大相撲の八百長問題では連日過剰なほどの報道が続いている。マスコミは全体として、八百長問題について厳しい姿勢が目立っている。確かに八百長が良いという人はいないであろうが、でも正直言っていささか過剰ではないか、何かとんでもない犯罪を犯しているかのような言い方すら見受けられる。

 もちろん、特殊世界とも言うべき日本相撲協会には組織の改革が必要だ。あまり民主的ではないような面も多いようで、理事会の古い体質があるのも事実だろう。12人の理事のうち、力士出身でない外部理事は現在2人だが、これを大幅に増やす必要はあると思う。そして、麻薬などの薬物問題や野球賭博で暴力団とのつながりなどはトンでもないし絶対に許されない。

 でもそれと八百長問題とはちょっと違うように感じている。八百長がよいわけではないから、八百長には厳罰をもって臨むという強い姿勢を打ち出すこと自体は表向きは良いとしても、果たして全ての相撲がガチンコになるかどうか、疑問もある。あまり強く言うと不謹慎だと言われるかもしれないが、実際には生身の人間の一対一の勝負なのだし、お互いにかなり気心が知れたもの同士でもあるし、明確な八百長ではないにしても多少気心を加えるということがあっても決しておかしくはない。

 この八百長という言葉は、明治時代、八百屋の長兵衛が相撲の年寄相手の囲碁で、わざと負けたりして1勝1敗になるよう調整していたことが転じて、なれあいの勝負を指すようになったと言われている。

 人から聞いた話で記憶が鮮明ではないが、昔江戸時代に天下無敵と呼ばれた谷風という相撲取りがいた。それこそ連戦連勝で63連勝まで到達したという相撲取りであったが、ある相撲興行で、病気の母親を抱える相手にわざと負け、多額の懸賞を相手に与えるという八百長のような相撲をやったらしい。しかしその当時非難されるどころかかえって江戸っ子の喝さいを浴びたという講談である。事実かどうかは不明であるが、相撲にはもともとそうした「人情相撲」というものもあるのだ。

 常にガチンコを期待していても、例えば、自身は10勝は勝星をあげていても優勝には届かない、相手は7勝7敗でカド番ということでもあれば、気分的には力が出しにくいという人情が沸いてきたとしてもおかしくない。そうした優しいまなざしをも許すことがあってもよいのではないか、と正直に考えてしまう。世の中はドライになったとはいえ、義理と人情の世界でもあるし、多少は貸し借りということもあるかもしれない。人間世界であるから、そう単純には割り切れない面もあるのだ。

 これに比べて今の永田町は、何となくガチンコ勝負ばかりになっているように感じてしまう。民主党対野党でもそうだし、民主党内部でもそうだ。政治の世界であるから与野党問わず、最終的には権力闘争である。しかしそれにしても常に国民の見ている目の前でガチンコ勝負ばかりやっていると、本当にこれでよいのか、という気も沸いてくる。
民主党はもともとマスコミフルオープンで役所や議員の議論を公開してきたから、まさにガチンコ勝負だ。あまり根回しなどはやってこなかった。民主党にはそういうものを嫌う体質があったし、かっての自民党はそれこそ密室での根回し政治が中心であったから、その対極を求めてきた。自民党の古い政治を打ち破ろう、民主党は情報公開で常に国民監視の下での新しい政治を実行するのだ、と高揚感に満ちた気持ちもあった。

 そうした気持ちで政権与党になったは良いが、実際には義理と人情の世界を無視することも出来ないし、貸し借りを完全否定は出来ない。また何でも公開すればよいというものでもない。正面切った原理原則論ばかりではなく、他人には話せない状態での根回しもある程度必要だ。要は表と裏のバランスの問題であるが、今はどうもこのバランスが崩れているような気がしてならない。
岡田幹事長の原理原則主義者も良いんだけれど、たまには人情の機微もあっても良いのではないか。相撲の八百長問題とはちょっと場面は違うものの、人間の世界をどううまく調整していくか、ということだから、似たこともあるのではないか、もうちょっと上手にお付き合いがあっても良いのになあ、と何と感じてしまうこの頃です。




2011年2月 14日

エジプトのムバラク政権の崩壊に思う

新聞で連日のように報道されていたが、エジプトのムバラク大統領がついに辞任した。今年1月25日に始まった反政府デモがここまでムバラク政権を追い詰め、ついに倒すなど、今年の正月では誰が予想していただろうか。
世界は確実に変わってきている、国民の力を無視してはいけないと本気で感じられる。

30年近くも続いた独裁体制をわずか18日間で倒したから、それだけでもびっくりする。それだけ国民の怒りがふつふつとマグマのようにたまっていて、大爆発を起こしたのであろう。しかしこれだけのスピードで成果を勝ち得たのは、単に民衆の力だけではなく、おそらく携帯電話やインターネットなどの新しいメディアの力でもあると思う。

また私は軍隊は常に大統領側、つまりは国政の執行部側についていくもんだと思っていたが、エジプトの場合には必ずしもそうではなかったことにも驚いた。マスコミ報道では国民の多くは軍に信頼を置いていたという。この点も驚きだし、しかもムバラク大統領はもともと軍部出身であったから、当然、軍部は掌握していたと考えていたので、なおさら驚いた。

やはり長期政権や独裁政権はいずれ腐って倒れるというたとえは洋の東西を問わない。こうなると次の関心は北朝鮮に移る。北朝鮮でも、携帯電話やインターネットの普及が徐々に進んでいるようで、この力は侮れない。そう遠からず国民の蜂起が始まるのではないかとも考えるが、エジプトとは異なる側面も多いのでそう簡単ではなかろう。つまり、北朝鮮の場合はエジプトよりも密室性や独裁制が強いし、宗教の違いも大きい。
エジプトでは毎週金曜日にイスラム教徒が広場に集まって自然と反政府活動に繋がっていたようであるが、北朝鮮の場合はそう簡単ではなく、反政府的な集会すら開催は出来ないであろう。しかしこのまま北朝鮮が親子三代での権力継承がなされれば、北朝鮮でも新しいメディアを通じたインテリ中間層のネットワークによって瞬時のうちに情報が駆け巡り、いかに自分たちが民主的市民社会から遠い存在かということを再認識するのではないか。そうした認識が多くの国民の中で共通のものとなったときに、また北朝鮮では食べていけない、政府の幹部ばかりは美味いものを食べているのに一般の国民はそれこそ食うや食わずといった実態認識が強ければ、いずれ政権は崩壊するであろう。

さて今後のことであるが、エジプトもアラブで最大の人口を抱え、地域の安全保障の要であるから、早く落ち着いて民主化が着実に進展するよう支援していかなければならないが、北朝鮮の場合でもここが暴発したら大量の難民も発生し大変な国際問題に発展するから、安定的な民主政権になるよう上手にリードしていかなければならない。そのためにも国際社会の動向を正確に北朝鮮の国民に届けることが肝心だと痛感する。

マスコミ報道では、中国は今回のエジプトの政権崩壊に最も神経質になり、情報統制を強めているというが、方向は全く逆だし、世界的規模で情報が飛び回っている現在では、そのような情報統制が成功するとも思えない。情報戦がどうなるか、中国も北朝鮮も目が離せない。




2011年2月 2日

ホームレス支援に向けて・・・若者への支援

2月2日朝から民主党ホームレス自立支援議員連盟の勉強会があり、参加しました。当日は、NPO法人ホームレス支援全国ネットワーク理事長の奥田知志さんのお話しをお聞きしてその後議論しました。なかなか有意義なお話で、やはり実際の現場でご苦労をされておられる方のお話しは非常に説得力がありました。
ちなみに奥田さんはキリスト教の牧師さんで、現在でも自宅にホームレスの若者を一人おいているとのことでした。全体としての傾向では、いわゆる野宿者の数は減少していますが、困窮者が増えているようです。

ホームレスの数は、2003年に約2万5千人とされていたものが、2010年には1万3千人ということで、約半減しています。この点は、平成14年に成立した「ホームレス自立支援特措法」や全国各地での支援者の活動が一定の成果を上げているのかと思います。しかし困窮者は確実に増えています。
生活保護受給世帯が増えていることはマスコミ報道でもあるとおりです。生活保護受給世帯の内訳を見ると、最近の傾向として高齢者世帯、母子世帯、障がい者世帯、傷病者世帯が確かに少しずつ増えていますが、大幅に増えているのが「その他の世帯」という分類です。「その他の世帯」は最近2年間で約2倍になっています。

「その他の世帯」というのは、高齢者でもなく母子でもなくということで、稼働年齢にはあるものの、実際には働けない青壮年が多いのではないか、と考えられるようです。つまり、本来は就労可能なはずですが、実際には親との関係も断絶したり、やる気をなくしたり、中には自殺願望まであったりする若い世代が生活保護を受給するようになっているようです。「その他の世帯」で保護を受給している数は昨年で23万世帯を超える勢いとなっています。これは何としかなければなりません。

たいていは若いのですから親がいるはずですが、どうやら親との関係も断絶したりしているようで、こうした家族との再会を含め精神的なケアをどうするか、地道ですが重要な課題です。それこそ介護保険に見られるようなケアプランをたてて、社会参加や自己実現の思いを少しずつでも高め、職業訓練などを経て一般就労へ向かってもらうトータルな支援が必要だと思いながら勉強をさせて頂きました。




2011年1月 25日

通常国会が始まった

 1月24日、第177通常国会が召集されました。6月22日までの150日間ですが、いよいよ波乱が予想される国会がスタートしたわけです。初日午後に菅直人首相が衆参両院本会議で施政方針演説をしましたので、もちろん出席してしっかり聞きました。

 通常国会冒頭では、いわゆる政府4演説ということで、菅総理以外にも前原外務大臣、野田財務大臣、与謝野経済財政大臣の演説がありました。まず、声とかスピードとかでは、菅総理は非常にゆっくりで聞き取りやすい、前原大臣は早口、野田大臣は普通、与謝野大臣はスピードは普通ですがちょっと声がかすれて聞き取りにくいといった感じです。
おそらく菅総理は、今回の施政方針演説にかけるものがあったのではないか、慎重に原稿も用意して力が入っていたのではないか、と思われるような雰囲気がありました。

 かっての鳩山総理の施政方針演説では「いのちを守りたい」というフレーズを何度も繰り返し、確か24回も繰り返すことで、これを強調して感情に訴える情緒的要素が強いものでしたが、逆に菅総理のは中心的なテーマを3つに絞っていて喫緊の実務的な課題を取り上げたものです。
ですから聞いている側としては、大事なことを述べているものではありますが、演説で強く心を打たれたかというと、そうとは言いにくいかもしれません。しかし施政方針演説とは、どんなに演説内容を組み立てていても、多くを喋れば総花的だとか羅列的だとかと言われ、逆に少なく絞ってしまうと、大事なことを落としていると批判されますので、難しいものです。私自身は、菅総理の思いもそれなりに伝わってくるもので、まずまずの合格点ではないかと思いました。

 菅総理が言われた3つのポイントとは、「平成の開国」「最小不幸社会の実現」「不条理をただす政治」です。それぞれ菅総理の思いが込められたものです。
「平成の開国」ではTPP(環太平洋経済連携協定)への取り組みをはじめとして、「勢いを増すアジアの成長をわが国に取り込み、国際社会と繁栄を共にする新しい公式を見つけ出す。今年は決断と行動の年だ」と強調しました。
菅総理は、どうも日米基軸を強く言いすぎるのではないかという批判もありますので、ここできちんとアジアを指摘したことは良かったと思います。出来ればアジアとの経済連携だけではなく、アジアを中心とした平和や安全保障まで踏み込んでも良かったのではないかという気がしました。

 「最小不幸社会」という表現には多少異論もあるようです。この言葉は菅総理が前から言っておられる表現ですが、「最小不幸」というのは表現としてちょっと暗いのではないか、政治はもっと明るく夢を語るべきだという考えもあるでしょうが、菅総理はこの表現にかなりこだわっておられます。これは社会保障と税の一体改革を進めようというものでしょう。
この点では、とりわけ自民党や公明党に対して、両党もかねて与野党協議を唱えてきたことに触れ、「各党が提案するとおり、議論を始めよう」と呼びかけられました。
 こうした問題は、そもそもイデオロギー問題ではなく超党派で協議すべきものですから、菅総理の呼びかけはいわば当然ではありますが、政治の現場はそう簡単ではありません。野党にも責任を共有して欲しいという呼びかけに、どこまで両党が応じてくれるか、これは私たちも色んな場面で追求していかなければならない課題です。

 「不条理をただす政治」では、正直言って小沢氏問題にどこまで触れるかなとの思いがありましたが、これには直接触れませんでした。あまりに露骨すぎるということか、あるいは余計な言質や反発を避けようという思いかもしれません。

 私の気持ちとしては、「最小不幸社会」という表現は政治家の言葉としてイマイチかなと思いますが、「不条理をただす政治」という表現は大いに賛同できますので、私の演説の中でも使わせてもらおうかな、と思っています。

 いずれにせよ、昨年秋の臨時国会は「熟議」という標語にはほど遠いものでしたから、今度こそ野党もいたずらに揚げ足取りや対決色を強めるだけではなく、お互いにしっかりとした政策論争を実現したいものです。私もしっかり菅政権を支えていきたいと思っています。




2011年1月 11日

熊本県連の新春街頭演説会で震える!?

1月10日午後1時から熊本市内の新市街サンロード入り口で民主党県連新春街頭演説会があり、もちろん私も参加しました。当日は、松野頼久衆議院議員、福嶋健一郎衆議院議員と私がそれぞれ演説を行いましたが、とにかく寒い日で凍えながらの演説会でした。

当日は熊本市内の市立体育館では成人式も挙行されていましたので、本来ならばこうした成人向けに演説会を開催したのですが、残念ながら余りの寒さからでしょうか、成人式に出席した雰囲気の若者が非常に少なくて盛り上がりが今ひとつでした。
私からはまだまだ政権交代による成果が出ていないものの、菅政権では雇用を中心として社会保障に力を入れていること、地域主権改革が進んでいてひも付き補助金から一括交付金へ約5000億円もの予算措置がなされていること、環境を中心にした成長産業に力を入れていることなどを報告しました。
また党内のゴタゴタも報道されているが、そう遠からず小沢元代表の政倫審出席もなされるし、内閣改造もなされる予定であり、まき直しの時期が近づいていることも合わせて説明しました。

街頭演説会が始まるまではしっかりコートを着込んでいましたが、演説会が始まるとすぐにコートを脱いでの演説を行いました。いささかやせ我慢の感じがなくはないのですが、せっかくの新春演説会でしたので、格好良くコートを外した次第です。でもみんな寒さで震えながらの様子でした。
他人の演説の時には早く終わらないかなあと思いながら聞いているくせに、自分が演説するときには、まだまだもうちょっと話そうという気になるもので、得手勝手なものかもしれません。
でもコートを脱ぐときにはついつい故吉田首相のジョークを思い出しました。それは寒い日に吉田首相がコートを着たまま街頭演説を始めたので、聴衆の一人が「演説するときくらいコートを脱げ」とやじったのを聞いて、すかさず吉田首相が「これぞまさしく外とう演説」とやり返したという逸話です。まあコートのことを外とうとも言いますので、ちょっとしたジョークではあります。でも政治家もこれくらい機転が利いていると良いですね。さすが吉田さん!でした。