日々の思いをそのまま文章にしました。

バックナンバー (2009年上半期の一言日記)




2009年 6月19日

鳩山代表、水俣病患者さんと面会

 6月18日(木)午後4時30分から20分間、民主党本部において水俣病患者団体と鳩山代表との面談があり、私も立ち会いました。というよりも、私のほうから鳩山代表に、是非とも一度水俣病患者さんたちと会って欲しいとお願いし、当日はものすごく時間がタイトな中ではありましたが、20分に限って面談が実現したものでした。鳩山代表にまずは感謝ですね。

 当日面談したのは、水俣病第1次訴訟を闘った団体である水俣病の諫山 茂会長、坂本フジエ副会長、胎児性患者の坂本しのぶさん、水俣病被害者互助会の佐藤英樹会長夫婦や事務局の谷 洋一さんらでありました。
わずか20分の面談でしたが、皆さんそれぞれにお話しされ、多数のマスコミに囲まれる中でチッソの分社化や公健法上の地域指定解除を強行しようという与党法案は許せないとの発言が次々に発せられました。そして佐藤さんの口からは民主党案を支持するとの発言もしていただきこれは嬉しいことでした。

 おそらく鳩山代表自身は、水俣病患者さんたちとこうした形で面談したのは初めてではないでしょうか。公害の原点水俣病とは言いながら、案外、昔のことではないかということでその実態が必ずしも知られていないのです。
鳩山代表は真剣な面持ちで患者さんたちの話を聞いていただいたし、代表からは命が大事だというお話があり、これまた患者さんたちもしっかり聞いておられた。

 何事も、まずは実態を知っていただくことが肝心ですから、その意味でも本日の面談は実現して本当に良かったと思います。最近は連日、水俣病問題で振り回されているのですが、今日は患者さんたちから不思議なエネルギーを頂いたような感じ、また私自身が元気になったような気がします。これまた患者さんたちに感謝ですね。




2009年 6月3日

誕生日

6月2日は私の58回目の誕生日でした。
ちょっとしたお花が届いたり、メールで誕生日おめでとうのお祝いが届いたり、やはり嬉しいモンですね。でも58歳かあ。いつの間にそんなに齢を重ねてしまったのかな、特に50歳の大台を過ぎてからは早くなった感じ。そのうえ国会議員をして、毎週、東京と熊本を金帰月来しているとあっという間に1週間がたってしまう。東京では、連日朝から晩まで会議や打ち合わせ、勉強会など走り回っていると時間のたつのが早い早い。

2日はお昼12時から国会内で水俣病の与党案の廃案を求める院内集会があり、私は挨拶の中で「実は今日は私の58回目の誕生日なんです」と冒頭に述べた。笑いが出て拍手も出た。
その後、こうした誕生日に水俣病の集会に参加することになって、何か運命的なものも感じる、とにかく水俣病問題の解決に向かって全力を挙げろという神様の思し召しではないか、皆さんの期待に応えるべくしっかり頑張りますと挨拶させていただきました。
民主党からも10人の国会議員が集まり、これまた嬉しいことでした。みんなでしっかり取り組もうという力強い励ましをも受けて、なかなかよい集会でした。
これだけでも良い誕生日だったという気がします。




2009年 5月22日

民主党鳩山体制発足でNC法務副大臣に

16日の民主党代表選の結果、鳩山由紀夫議員が新代表に選出されました。いよいよ鳩山体制が発足することになりました。早速19日には新しい役員が発表されました。

私は小沢代表体制の時と同様にネクストキャビネット法務副大臣と倫理委員会委員になりました。代表代行、幹事長などの役員は若干の変更がありましたが、NC関係は変更はなかったようです。
私のほうにも細川律夫NC法務大臣から直接電話があり、引き続いて副大臣をお願いしますということでしたので喜んでお受けした次第です。

鳩山体制は、新しく岡田氏を幹事長に、焦点の小沢氏は代表代行ということで、それこそ民主党の有力政治家5人衆が勢揃いした格好ですね。私は岡田氏がどのように処遇されるかを注目していたのですが、幹事長就任は極めて適切であったと思います。まあ岡田さんは誰でも知っているような原理主義者ですから、とにかく筋を曲げない人物です。
安心できるという一面があるわけですが、他方では融通がきかないので、あまり原理原則ばかりを通そうとしても政治の世界ではそうもいかない側面はありますから、あちこちでぶつかってばかりになると困るわけです。
しかし岡田さんも政治家ですし、長く永田町で生きてこられた方です。私は、幹事長は原理原則を通すということでまずは頑張ってもらうことで良いと思います。そのうえで、代表代行が3人もいますので、様々な議論などを経て上手に収まるところに納めていくのではないか、とも期待しています。
内部で大いに議論することは結構です。呉々もそうした議論が外のマスコミに流れて、あたかも民主党役員5人がバラバラではないかといった憶測報道や決めつけ意地悪報道にならないようにしなければなりませんね。




2009年 5月16日

民主党代表選は岡田氏に1票

民主党代表選が16日行われ、私は、前日15日の夜、岡田克也候補の推薦人にもなって、当日は岡田氏に1票を投じました。悩んだ末の投票には違いありませんが、前日の夕方には腹を決めました。そして仲間の議員からの要請もあり、推薦人にも名を連ねました。

鳩山氏も岡田氏も、人格、識見、能力いずれをとっても優劣決めがたい人物評価です。どちらが代表になっても、他方の方は代表代行もしくは幹事長など、党の役職についてもらいたいと願っています。
こうした願いを持ちつつ、最終的に岡田氏を推薦することに決めたのは、やはり総選挙が近いし、必ず勝利して政権交代をはたさなければならないことから、どちらの候補が総選挙の顔としてより勝てるかといった観点につきます。
私自身は、代表が岡田氏に変わることによって本当に新しい民主党誕生をアピールできるのではないか、自民党との違いをより強調できるのではないかと考えたからです。

今回の代表戦は、国会議員それぞれがそれぞれの思いで投票をしましたが、結果は鳩山氏124票、岡田氏が95票で鳩山氏が新代表に選出されました。しかし岡田氏は、もともとグループを持たない方であり、時間もない中で良く検討されたのではないか、と思います。
私自身は、残念というほどの気持ちはなく、とにかくもう代表選は終わったのだから、鳩山氏が終了直後の挨拶でも述べておられたように、ラグビーでいうところのノーサイドです。もはや敵味方なく、お互いの健闘をたたえあい、来るべき総選挙に向かわなくてはならない。戦うべき相手は、自公政権であり、この点は両候補者とも強調されておられていましたが、本当にその通りです。戦うべき相手を間違えてはいけない。

総選挙は近い。ノーサイドにしてとにかく挙党一致で戦い、必ず勝利しなければならない、との思いを強くしながら選挙会場を後にしました。




2009年 5月15日

民主党代表選に向かう

小沢代表の辞意
 小沢代表が5月11日に突然、辞意を表明した。その情報が入ったのは、丁度、参議院決算委員会での審議に出席している時であった。私は決算委員会の理事であるから、委員会開会中は常に席に座っていなければならない。しかしこうした情報は、メモが回ってきてすぐに入手することができた。
正直、突然のことでありびっくりした。私は、麻生総理が解散したその直後を狙って代表辞任されるのではないかと考えていたからである。このほうが政治的にはインパクトがあるからだ。
 しかし、なるほど5月11日という時期もあるのかとも思う。おそらく7月に解散して8月に総選挙という読みが一般的でもあり、そうなると約2ヶ月前に辞任して、後は新代表に任せて新代表のもとで選挙態勢を整える、という戦略かもしれない。こうした戦略も大いにありだ。

両院議員総会
 小沢代表の辞意表明を受けて5月16日(土)に新代表選出のための現職国会議員による選挙が行われることになった。これは12日の両院議員総会で選挙日程が決定されたからである。
この両院議員総会は、マスコミフルオープンであったが、一部の議員から意見を述べている議員に対してヤジが飛んだりして、16日の選挙日程について「異議あり」という声も出る中で、それがそのままテレビに流れて、あたかも党内に対立があるかのような印象を与えてしまったことは残念であった。
 しかもこの対立がマスコミから見れば、何となく親小沢と反小沢との対立の様に見えなくもないようで、早速夕刊フジなどでは、「小沢院政」などと茶化された記事が踊ることになってしまった。
 今回の両院議員総会は、デリケートな部分もあったわけであり、マスコミフルオープンまではしないで頭取りだけにとどめる方法もあったと思う。

鳩山さんと岡田さんが立候補
 14日には正式に鳩山さんと岡田さんが立候補表明した。両者から、直々に私の議員室までお出でいただき丁重な立候補の挨拶までされて恐縮した。やはり立候補した以上、民主党の議員一人ひとりに挨拶して回るのも大変だなあと思う。でも二人とも政治家として識見能力とも秀でた方であり、正直言って優劣付けがたい。
 鳩山さんは友愛精神を強調されるように優しい気持ちの方であり、幹事長として小沢代表をしっかり支えた指導力も見事なものであった。岡田さんも原理原則を大事にされる方で、ぶれないから安心してみておられる。

悩ましい・・・
 16日には、二人のうちどちらかに投票しなければならないから本当に悩ましい。議員仲間から、鳩山さんをという要請も、岡田さんをという要請もそれぞれ頻繁にかかってくる。親しい議員仲間同士でも、話し合いをするが、すでに結論を出している議員もいればまだまだ考慮中の議員もいて、迷っている人が多いようだ。
 しかししっかりと悩んで悩んで決めていきたい。何と言っても総選挙に勝てば、新代表が総理大臣になるわけだ。日本の新しい代表を選べる場面に遭遇するなど政治家冥利に尽きるような気もする。
毎日新聞14日夕刊には、客員編集委員の岩見隆夫氏が「次の総理大臣がまったく読めない。首相指名まで、戦後最大と言っていい政治ドラマが始まる。」と書いている。まったくその通りだ。16日までしっかり悩んで決断しよう。




2009年 4月27日

「ま」の3人男

4月24日は午前中に本会議があって前日法務委員会で答弁に立ち、委員会で可決した取り調べの可視化法案が本会議でも採決の結果多数決を持って可決された。
その前に行われた議員総会で、千葉景子筆頭理事が前日の法務省委員会での質疑の模様を紹介したが、その紹介の仕方が面白かった。つまり、民主党の誇る松野、松岡、前川の「ま」の3人が立派に答弁した旨説明したものだから聞いていた議員仲間も爆笑に沸いた。いつの間にか私を含めると 「ま」の3人男になってしまったのである。
さあ、参議院は通過したからこれからは衆議院である。再び衆議院での質疑でも 「ま」の3人男が一暴れしたいところだ。

24日午後からは、いよいよ水俣病問題に関する与野党協議が国会内の常任委員長室で行われた。
与党4人、民主党4人である。与党は自民党の園田、杉浦、北川の各衆議院議員、公明党の江田衆議院議員である。
民主党は岡崎、末松、福山と私であり、末松議員は衆議院議員であるが、その余は皆参議院議員である。

24日はもっぱら私が民主党案を説明して若干のやりとりをした。やはり与党は95年政治解決の枠組みを崩したくないとして、この枠を広げることにはかなりの反対のようだ。最高裁判決が出ているにもかかわらずである。
最高裁判決というものをあまりにも軽く考えているのではないか、という疑いすらあり、やはり基本哲学が違うなあ。まあ、24日は軽くジャブを取り交わしたようなものであり、これからまだまだイバラの道が続くだろう。こんなことを考えながら夜の羽田発の便に乗って熊本に帰ってきたが、案外寒いのにびっくり。三寒四温でもあるまいに・・・そういえば国会内も暑くなったり寒くなったりしながら、解散に向けて進んでいる。




2009年 3月31日

小沢集団は七人の侍?

 3月31日は国会内でお昼を食べながら講演を聴いた。講師は元日刊ゲンダイ編集長をしていた二木啓孝氏であり、現在ではフリーのジャーナリストである。また日本BS放送(株)の取締役もされている。最近の政治をめぐる情勢などの話があったが、面白く感じた点を2点ほど紹介する。

 1つは、今の自民党と民主党とのやり合いをどう評しているか、ということで、これは黒澤明監督の「七人の侍」になぞえてのことであった。例えではあるが、農民集団を襲う盗賊が自民党、まじめな農民集団が旧民主党、農民を守って盗賊と戦う七人の侍が旧自由党といった具合。
旧民主党の議員(農民)はまじめで頭はよいが武闘ができない。武闘ができるのは小沢率いる旧自由党の侍だ、小沢代表は政治とお金の問題を抱えながらも力を持って自民党を倒すためならどんな闘争もいとわない武装集団であり、いよいよ政権交代が近くなって自民党が最後のあがきのような抵抗をしている時に鎮圧できるのはこうした武装集団ではないか、その意味でこの際、民主党は七人の侍の旗頭である小沢を先頭にして戦わなければならないというわけで、なかなか言い得て妙ではある。

 もう一つは、私が質問したことに対する答えである。私は、昨日3月30日の参議院法務委員会で最近のあまりにひどい検察のリークに関するある議員の質問を聞いていたが、法務省の答弁では、検察官は定期的な記者会見などで正式に公表する以外には個別の検察官が個別の事件に関して捜査情報をリークすることはあり得ないというものであった。
私自身、腹の中では「嘘つけ!」と思っていたが、その質問をしていた議員はそれ以上の突っ込んだ質問をしていなかった。これに関して二木氏に聞いたところ、そんなことはあり得ないし、実際に自分が記者として何度でも検察官をつかまえては情報を聞き出していたとのこと。第一、記者クラブには検察官の自宅が把握されていて、これは記者クラブの申し送りの対象にもなっていたから、後任の記者もたちまち検察官に夜討ち朝駆けが可能になっていた。
この事実を突きつけるだけでもリークがないなどとは言えないでしょうとのことであった。なるほどね。

 またリークの仕方についても、一から一〇まで教えてくれるわけではなく、七か八くらいまではきちんと記者自身が足で稼いで情報を入手して、ここまでは分かっているぞと検察官に伝えると、場合によっては残りの二や三を教えてくれるというもので、それこそ阿吽の呼吸の分野だということであった。

 なかなか面白い記者の情報取りのやり方を教えてもらったような気がした。国会内ではこうした記者や学者など呼んでの勉強会が頻繁に開催されていて、私もできるだけ出席している。今日のはなかなか良かった。




2009年 3月30日

小沢代表、必死の説明

小沢代表が参議院議員総会に登場

 3月27日12時30分から参議院議員総会が開かれた。久し振りに小沢代表が参議院にやってきて、今回の公設秘書起訴にかかる西松建設違法献金事件に関する代表としての続投に向けた説明がなされた。
私は議員総会では最前列に座ることはあまりないのだが、間近で小沢代表を見ようと思って空いていた最前列の席に座った。午後1時から平成21年度の予算と予算関連法案の採決が参議院本会議で採決される予定になっていたので、わずか30分という慌ただしさの中での経過説明がなされた。
説明の中では取り立てて新しいことはなかったが、続投に向けた強い決意が感じられた。

演説自体は上手ではないが・・

 正直言って小沢代表は、演説や決意表明などはもともとあまり上手なほうではない。演説や議論が上手な議員は他にもいくらでもいる。
菅代表代行は喧嘩上手で総理その他の大臣との論争は、相手の急所を何度でも突いていて安心してみていられるし、鳩山幹事長はなかなかウイットにとんだ話ができるし、岡田副代表はいつも真剣なまなざしでの話をされ、本当にきまじめな感じがして好感度良好である。といった具合ではある。
 この点、小沢代表はぺらぺらと喋るほうではないし、とつとつとした話しぶりではあるが、この日は続投に向けた力強さを感じた。

後からの批判は禁じ手

 しかし、民主党内外周辺は続投と辞任を求めるとの声が入り交じっている。
私は、24日に秘書が起訴されて小沢代表が続投表明されたのであるから、その後になって党内外であれこれ批判するのは見苦しい。とりわけマスコミに向かってぺらぺらと小沢の辞任を求める調子での発言する議員もいるが、これはいかがかものか。24日までの間に党内で大いに議論することは良いし、それなりには議論がなされたと思う。しかしこうした議論を経て小沢代表自身が決意を表明した以上は、これを支えていきたいと思う。
24日の起訴後に、例えば新たな刑事事件としての展開がなされ、単なる政治資金規正法違反だけではなく贈収賄にも発展するのであれば、それは潔く速やかに辞任した方が良いとは思うが、そうした展開がなければマスコミに向かってあれこれ批判するのは政権交代を目指す民主党の足を引っ張るだけのことだ。
議員としての資質が問われるようなことは慎まなければならない。




2009年 3月11日

西松建設の小沢代表への政治献金問題

降ってわいた小沢事務所の政治資金規正法違反事件
 麻生総理は、景気の麻生、経済の麻生とは言いながら、一向にその結果が出せずに苦しんでいるし、内閣支持率も本当にひどい低迷状態だ。となると新しい政治を求めて民主党に期待するところが大になっているし、実際にも県内を回ってみて期待の大きさをひしひしと感じている。経済危機が一段と深刻になっているのに、政治がこれに応え切れていないもどかしさも感じながら衆議院総選挙対策も行っている。
 そうしていたところ西松建設の献金事件で民主党小沢代表の公設第一秘書が逮捕されるという事件が勃発し、私も何かと慌ただしい。マスコミ各社の世論調査では小沢代表への批判が強いようで、辞任を求める声が半分を超えているようだ。
 ただし興味深いのは、だからといって麻生内閣の支持が上がっているわけではないことだ。いわば敵失にもかかわらず、内閣支持率は10%台に低迷していて20%には届かない。結局、自民党政権は飽き飽きしたという世論は根強いということだろう。

難しいコメント
 さて今回の西松建設違法献金事件についてコメントを求められる機会が多い。この点になると弁護士的な視点からの考えが湧いてきて、軽率な発言はできない.特に現時点ではいまだ全体像が把握できていないので、今後の見通しなど発言することは難しい。
小沢代表の公設秘書を逮捕していることからすれば、検察もそれなりの証拠を握っているのではないか、おそらく起訴までは持ち込むのではないかと思う。もし起訴まで持ち込む自信もないのに逮捕したとなれば、検察はそれこそ袋だたきになる。
 小沢代表はどうするのでしょうか、という質問もあり世間はこの点を注目しているようだが、小沢代表の辞任問題については全くコメントできない。しかし小沢代表自身は戦う姿勢をしっかり示しているので、これを支えていくことは当然だ。

とんでもない漆間発言、自民党にも及ぶか?
 むしろ私は、東京地検特捜部が、どこまで二階俊博経済産業相の関連政治団体に提供された献金問題について追及していけるかが問題だと感じている。要するにどこまで本丸の自民党にまで及ぼしていけるかにかかってきている。
 その中で看過できないのは漆間巌官房副長官が「自民党に及ぶことはない」と発言した一件だ。この発言は、実名報道をしないオフレコ懇談でのものではあったが、河村官房長官が自ら発言者が漆間氏だと明らかにした。
 漆間氏は元警察庁長官であり、事務の官房副長官は名実共に官僚のトップだ。今回の発言では、政権の中枢にいる漆間氏が、捜査の行方に影響力を行使しているかのような印象を与えたばかりではなく、実は内閣と検察とがつながっているのではないかという疑いもある。もちろん、こうしたことを簡単に認めるとは思えないが、是非追及しなければならない。
 この問題では、麻生総理は、3月10日午前の参議院予算委員会で、いったんは報道機関の誤報である旨答弁していたが、その後この誤報答弁を撤回し、同日午後の同委員会では「副長官の記憶と記者の受け止めにずれがあったというのが正確なところだ」と修正している。他方、漆間官房副長官は、「自民党には捜査が及ばない」との趣旨の発言は記憶がないなどと開き直っている。
 漆間官房副長官は、かって警察庁長官時代の定例記者会見で「北朝鮮への圧力を担うのが警察の役割だ」、「北朝鮮が困るような事件の摘発が拉致問題を解決に近づける」、「北朝鮮に日本と交渉をする気にさせるのが警察の仕事」、「そのためには『ここまでやられるのか』と相手(北朝鮮)が思うほど事件化するのが有効だ」などと長官記者会見で発言をしている。
 こうした警察庁長官時代の発言をみれば、警察権力を北朝鮮外交にまで利用しようとしているように思われる。警察を政治的に利用しようという発言からみて、検察をも政治的に利用しようという考え方を持っているのではないかとの疑いがある。
そうなるともともと漆間官房副長官自身が、こうした政治的に利用しようという考え方の持ち主であれば、そもそもそうした人物を官房副長官に就任させた麻生総理の責任も重大ではないかと憤りはますます増大するばかりだ。




2009年 2月27日

民主党次の内閣閣議に出席

 2月25日午後3時からは民主党次の内閣閣議に法務副大臣として初めて出席しました。これは2月18日、民主党次の内閣の閣議で私がネクスト法務副大臣に就任したのを受けて、法務部門代表としての出席でした。
通常は、細川律夫衆議院議員がネクスト法務大臣ですから、細川さんが出席するはずでしたが、急に都合が悪くなったため、私が替わりに出席した次第です。でも初めての良い経験でした。
政府の正式な閣議では、それこそ日本の重要問題を協議したり、決定したりしているのですが、かって厚生大臣をつとめた菅直人さんに聞くと、政府の閣議とは協議するよりもお互いに決定したことを形式的に確認したりサインをしたりする儀式になっているとのこと。これに比べれば、民主党の次の内閣閣議は、まさに実質的な協議の場となっていて、実に良く意見が飛び交っていました。

 民主党はもともと議論が好きな議員が多いのですが、やはりネクスト大臣になっておられる方々は論客揃いですので、熱心な議論が続きました.この日の中心は、雇用対策でした。
現在の法制度ですと、雇用保険の適用を受けてリストラされた人も一定期間は何とか生活できていても、失業保険が終了してしまうと、とたんに生活保護にまで落ちてしまいかねない。これを防止するために第2のセーフティーネットを用意して就業支援をやろうというものです。基本的には民主党の法案了承ということで落ち着きましたが、たっぷり約1時間ほど議論が戦わされました。その他雇用問題を扱うにしても、やはり景気回復を図りつつ、また一定の産業への誘導や育成を図りつつやるべしという貴重な意見も出され、私も賛成しました。
その後経済政策についても検討がなされましたが、正直言って経済問題については、私自身、まだまだ勉強不足という感がしました。法律問題であれば、かなり細かな論点にも対応可能という気はしますが、経済問題では普段使わないような経済用語が飛び交い、また経済理論が細かに出てくるとついて行くのは大変です。まあ少しずつ勉強ですね。

 25日の夜は、弁護士仲間ということで自民党の丸山和也参議院議員と民主党の小川敏夫参議院議員と会食をしました。党派は違っていても、やはり同じ弁護士ということで楽しく懇談しました。
丸山さんは行列のできる法律相談所で有名になった国際派の弁護士ですが、自民党政治家としてのカラーが強いわけでもなく、とてもフランクな方です。またそれぞれ価値観もそれほど違うわけでもないから、話が一致することも多く、正直言って民主党から出てもらっても良かったのにとひそかに思った次第でした。




2009年 2月20日

民主党次の内閣ネクスト法務副大臣に就任

2月18日、民主党次の内閣の閣僚会議が行われ、私がネクスト法務副大臣に就任しました。
法務部門は、私が弁護士ということでもあるため、いわばホームグランドであるが、この度、法務副大臣ということで細川律夫ネクスト法務大臣を支えることになって、ますます頑張らなければとの思いが強くなっています。

次の内閣とはイギリスが発祥の地ではあるが、議院内閣制のもとではいつでも野党が与党になって政権を担当できるよう準備をしておくことが求められています。そのためシャドウキャビネットとかネクストキャビネットとか呼ばれる影の内閣が組織されています。与党の党首がそのまま総理に該当するし、その他野党の議員もそれぞれの分野で、政府の大臣に対応した形で大臣や副大臣が組織されているわけです。

一般論として、総選挙で野党が勝利し、政権交代がなされたときには、影の内閣のメンバーの大部分はそのまま真の内閣の大臣に就任すると言われています。
総選挙が近いと言われ、今のような自公政権のていたらくでは政権交代が現実のものとして射程の範囲に入ってきていることから考えても、重要な役柄です。
呉々も中川昭一財務大臣のような見苦しいことは絶対にできないわけで、これはもう当たり前のことですね。

今回の中川財務大臣の記者会見は何度も放映されているし、世界にも発信されてしまいました。まさに日本の恥が世界中を駆け巡ったわけで恥ずかしい限りです。日本の大臣はダメだとの烙印を押されてしまったし、その醜態がそのまま日本の政治家にも投影されるようなイメージが振りまかれてしまったのではないか、そう簡単には取り返しも聞かない被害甚大。まさに「他山の石、以て玉を攻くべし」との気持ちで頑張ろう!




2009年 2月16日

水俣病問題で取材攻勢

マスコミからの取材攻勢
 急に水俣病問題が慌ただしくなってきた。マスコミから何度となく取材を受けている。私自身はあまり見ていないが、テレビにも何度か登場しているらしい。もちろん、与党PTの座長である園田博之衆議院議員はしょっちゅう登場しているようだが、最近ではそれとの対比ということで取材を受ける機会が多い。
 マスコミが取り上げるようになった理由は、何と言っても与党がチッソ分社化法案と被害者救済法案の2本を今国会に提出し、4月には成立を図りたいと言っているからである。もちろん、民主党も私が水俣病問題検討作業チームの座長になっているので、昨年から引き続いて被害者救済特別立法の作業を進めてきている。
こちらも今国会に提出しようと思えば出来るのだが、いつ提出するかは非常に微妙な問題となっている。与野党逆転の国会であり、お互いに突っ張っていても法律の成立は出来ない。どこかでしっかりとした協議が必要である。

容易ではない論点多し
 被害者救済が第一なのは言うまでもないが、これを実現するのは決してたやすい事ではない。多くの被害者の納得を得ながら、またある意味ではお金を払う加害企業も納得してもらわなければならないし、環境省や財務省の了解も必要だ。この関係者の様々な思惑を乗り越えなければ解決案を策定する事は出来ない。正直言って、与党が3月上旬にも2つの法案を国会に提出するとの事をマスコミからも聞いてはいるが、どこまで本気なのだろうか。現在の政治情勢からすればいつ政局に突入してもおかしくないほど緊迫している。
小泉元総理が「怒るというより笑っちゃう。」などと麻生総理を厳しく批判する事態になり、緊迫の度合いがますます強まってきた。しかも小泉元総理は、定額給付金の法案については3分の2での再可決すべきではないなどとも発言しており、ますます麻生政権は追い詰められてきている。このようなときに、非常に複雑困難な水俣病問題の法案を4月までに成立させるといってもにわかに信じがたいし、選挙目当てのパフォーマンスなのかな、という疑いすら感じる。

公害の原点にふさわしい解決を
 そもそも民主党は被害者救済のための法案には積極的ではあるが、それとチッソ分社化法案を一緒に審議しようといわれても、それは困難だと言わざるを得ない。あまりにもチッソの都合に合わせすぎてはいないか。また与党は今回の救済でとにかく水俣病問題の最終解決にしたいとの思いが強く、そうなると幕引きを図っているのではないかとの疑いも強いから、ますますこちらも慎重になってしまう。
チッソの都合ではなく、また幕引きではなく、まずは被害者の立場に立って、どのような解決が被害者の本当に救済につながるのか、またこれまでの被害者救済のやり方と整合性がとれて合理的なのか、こんな観点をしっかりと見つめ直していかなければならない。
 拙速ではかえって被害者救済が遅れてしまいかねない。いずれにせよ与野党協議は必要であり、徹底的な話し合いを続ける事にはやぶさかではないが、公害の原点と呼ばれる水俣病には長年の歴史があり、その歴史に恥じない解決にしたい。
 といった感じの事をマスコミから聞かれるたびに答える事の多い最近である。




2009年 1月29日

つまらない政府四演説

ようやく政府四演説
 第171回国会における麻生総理ほか政府の三大臣(中曽根外務大臣、中川財務大臣、与謝野経済大臣)による演説がなされたが、とにかくつまらなかった。
1月28日午後1時から衆議院で、午後3時から参議院でそれぞれ同じ原稿で実施されたが、私が聞いていて特徴的なことは、迫力なし、気概なし、目を引く政策なし、ミス多しであった。

原稿の棒読み
 全体として総花的で、何を中心に取り組むのかという政府の姿勢が分からない。「当面は景気対策、中期的には財政再建、中長期的には改革による経済成長」とは言うものの、これは単に言葉だけ。しかも果たしてこの順序でよいのかも疑問がある。私はむしろ「当面は景気対策、中期的には経済成長、長期的には財政再建」ではないかと思う。
 オバマ大統領の演説を聴いていたが、迫力も気概もあった。これに比べると単にお役所が書いたと思われる原稿の棒読み。同じ原稿を読むにしてもせめて強調する箇所は力強く、一呼吸入れる箇所では間を置くとか、なんかの方法がありそうだが、つまらなそうな棒読みに終始。しかも、皆さんお疲れなのか、緊張感がないのか、読みミスが非常に多かった。

読みミス
 一番多かったのが与謝野馨経済財政担当大臣の経済演説で、演説原稿の中で3行を完全に読み飛ばし。また「麻生総理のリーダーシップの下、政府横断的に大胆な実行を加速し」という箇所を「麻生総理の下、政府横断的に大胆な実行を加速し」というように読んでしまった。
意図的などうか分からないけど、もしかしたら「リーダーシップ」という箇所を読みたくなかったのかもしれない。もはや麻生総理のリーダーシップが消滅しているのではないか、とも疑いたくなるようなものであった。その他麻生総理も中川大臣もいくつか読みミスがあった。
 読みミスがなかったのは中曽根外務大臣の外交演説だったと思うが、こちらは中身がまるでなし。日本政府の外交はどうするのか、その方向性が全く見えない。麻生総理の演説では多少数字を示しての方向性が示されたが、外交演説ではこうした数字もないし具体的な中身もまるでなし。

麻生さんはやっぱりマンガ
 麻生総理の演説でいささか笑ってしまったのは「アニメなどのコンテンツ、ファッションなどのブランド力・・日本らしいソフト力を活かす」という下り。やっぱりマンガかあ!オバマ大統領のような「グリーンニューディール」に匹敵するような目を引くものを打ち出さないととても支持率上昇は見込めないのに・・と思いながら聞いていた。

最後はジョークで大笑い
 28日の夜は時間がとれたので大学時代からの友人、野本浩一君たちがやっているジョークサロンに顔を出した。ジョーク好きな方々が集まっては作品を持ち寄ってみんなで大いに笑いあうもので、20人ほど集まっていた。
 28日のサロンの中で最高の作品と思ったのは門口泰宣さん
   「リバイバル上映”Never on Sunday”(二兆はダメよ)」
 これにはちょっと解説が必要かも。要するに「日曜はダメよ」というギリシアを舞台にした古い喜劇映画と、定額給付金の「二兆」について、「日曜(にちよう)」と「二兆(にちょう)」をかけたもの。
28日は、最後は大笑いしながら、つまらない政府四演説でのストレスを吹き飛ばした。




2009年 1月26日

派遣村村長・湯浅 誠さんの講演

湯浅村長がやってきた
 1月23日は東京から熊本に帰ってきて、そのまま八代に行って派遣村村長・湯浅 誠さんの講演をたっぷり2時間近く聞かせていただきました。湯浅さんは現在でも派遣村村長として全国的に一躍有名になった人で、よく八代まで来てもらえる時間がとれたなあと思って出席しました。講演を企画した実行委員会の人に聞いたら昨年11月に八代でも何かやらなければとの思いから、さしたる当てがあったわけではないが湯浅さんにぶつかったところ了解が取れたとのこと。今でならばなかなか時間がとれなかったであろうが、11月の時点では日比谷の派遣村も出来てはいなかったし、まださほどテレビに出演していたわけでもなかったので了解したとのことでした。
 また講演の冒頭の中では、派遣村の人の中には働く意欲があるか疑問の人がいるとの坂本総務政務官の失言にも触れられていて、湯浅さんもこの発言には頭に来たということで、その意味からも熊本に来た甲斐もあり、また非常にトピカルでした。

失業者の悲惨な実態
 派遣村の結成からその活動状況をも合わせた生々しい報告がありました。派遣村には失業者が500人、これを支えるボランティアが約3倍ということで、潜在的なボランティアの存在が大きいことが分かります。しかしこの500人はまだまだ氷山の一角に過ぎないことは明らかです。そして本当にお金を持っていない失業者がいかに惨めであるか、お金を貯めようにも貯められない、どうにもこうにも行き詰まって日比谷にたどり着いた人が多かったという報告もありました。
 表面上は豊かな現代社会でも、その背後にはこうした失業者が実は潜在的にも多数存在しているわけですし、本当に悲惨な実態があるわけです。

鋭い分析
 講演では派遣村の実情だけではなく、派遣、パート、アルバイト、請負などの非正規の労働者が増えて、いつでも失業してしまう社会になってしまったことへの分析もありました。きちんと分析も出来ているところがさすが村長さんという感じです。講演の後の会場からの質問の中には「さすがインテリですね」との発言もあって会場内から笑いも起こりました。
 湯浅さんは現代社会を「すべり台社会」と見ています。要するに新自由主義経済、市場原理主義のもとにセーフティーネットがないまま規制緩和、非正規労働の柔軟化を推し進めてしまった結果、一度落ち始めたら止まらない状態になってしまった、簡単に底辺まで滑り落ちてしまったら、貧困が固定化してなかなか這い上がることも出来ない、この点を実態を見つめながら鋭く分析していると思いました。

村長頑張れ
私も共感できるところが沢山あったと思います。日比谷の派遣村にしても国会での院内集会でもまた様々な請願の受付など、私も昨年末からこうした雇用問題に関わってきています。昨年12月には緊急雇用対策4法案の発議者にもなって野党3党まとまって法案を提出し、参議院でも衆議院でも答弁に立ちました。引き続いて雇用問題には積極的に取り組んでいきたいと思いながら聞かせていただきました。
湯浅さん、ご苦労様でしたし、これからも是非頑張ってほしいと念じています。




2009年 1月24日

オバマの大統領就任演説を聞いて

聴衆の熱気にびっくり
 
いよいよアメリカではオバマ政権が正式に誕生した。オバマ新大統領は1月20日、連邦議会議事堂前での就任式で約20分間の就任演説を行い、アメリカの第44代大統領に就任した。報道によれば200万人以上の大群衆が集まったという。過去最高は120万人だというから約2倍にもなる。
 私は昨年2月に韓国に行き、李新大統領就任式に参列したが,そのとき韓国国会議事堂前に集合した聴衆が約3万人であった。3万人も集まるとすごいなあとの印象を持ったが、何と200万人以上だと言うから想像も出来ない。それだけ今いろんな意味で落ち込んでいて希望の光が見いだしにくいアメリカにとってはオバマ新大統領は、いわば救世主のような存在でもあるのだろう。期待の大きさがよく分かる。政治の世界にはこうしたことが時々なければいけないよね。
 日本では麻生総理が内閣支持率も低迷し、完全期待はずれの状態になっているのに比べてより一層オバマ氏が光って見える。しかし就任式までは良かったがこれからが大変だろうなあと思う。期待も大きい反面責任も重く、まさに全世界がこらからのオバマ大統領を注目している。

案外と抑え目で権威を高めた演説
 オバマ新大統領がどのような就任演説をするか注目していたが、「これは!」というような後々語り継がれるような名文句はなかったようだ。レトリックが上手なオバマ氏としては、「change」も「Yes we can」も言わず,かなり抑制した感じだが、かえって権威や品格が出たようにも思う。ただしちょっと印象に残るのは「a new era of peace」(新しい平和の時代)とか「a new era of responsibility」(新しい責任の時代)と言っている点かな。
 アメリカ国民全体だけではなくイスラムをも含めた全世界に向かって発信しているが、自分にも言い聞かせているのだろう。オバマ大統領が「今求められているのは、新たな責任の時代だ」と、「remaking America」(米国の再生)に向けて米国民一人ひとりの協力を求める点がさすがオバマという感じだ。
 これまでもオバマ大統領は、直接一人ひとりに暖かく語りかけるという話術が巧みであったが、今回の演説もまさに200万人以上の聴衆とテレビを見つめる背後の国民すべてに語りかけるようであった。

麻生総理と比較すると・・・・
 アメリカの現状について「我々は危機のさなかにいる。我が国は戦時下にあり、経済はひどく疲弊している」との認識を示しつつ、「この難問は現実のものだ。短期間では解決できない。しかし、乗り切ることはできる」と語った。やはり政治家は国民に対して、厳しい現実を見据えつつも夢を与えなければならない。オバマ大統領はこの点、よく熟知しているようだ。
 何かと比較して申し訳ないが、麻生総理は、自称楽天家とはいうものの、日本の現実の諸問題をどこまで理解しているか分からないし、またそれを踏まえて、将来明るい展望を切り開くといった語りかけもない。夢も希望も示せない。これでは国民はついてこない。
 私も政治家である以上、是非とも、国民に対して夢も希望も示していけるようになりたいと念じながら、就任演説を聴いていたのでした。

アフガニスタンをどうするか
 また現実の問題としては,私はオバマ大統領がイラク駐留米軍の撤退を表明しながら、他方アフガニスタンについては3万人もの増員派兵を以前から発言しているので、アフガニスタンはどうするつもりか、さらに広くイスラム世界と今後どのように付き合っていくのかに大いに関心を寄せている。
 アフガニスタンに3万人もの増派をしてもアフガニスタンの治安が改善されたり戦争で苦しんでいる市民に安全と平和が構築されるとも思えない。この点は就任演説ではあまり触れられなかったが、今後、アフガニスタンをどうしていくのか是非とも注文をつけていきたいと思う。あまり誉めてばかりもいけないかなと思いつつ、アフガニスタンをどうしていくのかは気になって聞いていたのでした。




2009年 1月15日

いよいよ危険水域の麻生政権

1月12日の朝刊各紙には麻生内閣支持率が報道されている。いずれも麻生内閣がいよいよ危険水域に達したことが明らかになった。
内閣支持率(調査日はいずれも1/10・11)

【朝日新聞】

支持19%

不支持67%

【読売新聞】

支持20.4%

不支持72.3%

【共同通信】

支持19.2%

不支持70.2%

【産経FNN合同調査】

支持18.2%

不支持71.4%

【JNN】

支持18.3%

不支持81.0%


しかも各報道機関の世論調査では、以前ではどちらかというと読売新聞は政権に甘く、朝日新聞は政権に辛いという傾向があって多少はバラツキもあった。しかし最近ではほぼ足並みがそろってきた。
だからこそこの数字の信頼性も高いと思う。

通常支持率が20%を下ると危険水域と言われているようだが、まさにその水準である。また注目すべきことは、従来は「(小沢代表と麻生総理を比較して)どちらが総理にふさわしい?」という調査に対して、麻生総理が大きく小沢代表をリードしていたものが完全に逆転になっていて、これもほぼダブルスコアだ。

「小沢代表39%  麻生総理27%」

(読売)

「小沢代表46.4% 麻生総理22.1%」

(共同)

「小沢代表41.0% 麻生総理25.2%」

(産経FNN)


この数字が、“太郎”対“一郎”の個人戦に一縷の望みを賭けていた自民党に与える衝撃は大きいであろう。

今後の焦点は、参議院での第2次補正予算案と関連法案の審議である。与党は、13日に衆議院で強行採決だから、14日から舞台は参議院になる。
しかし強行採決された状態で参議院に送られると、国会用語での「にくずれ」での送付だから、すんなり審議入りにはなり得ない。いわゆる「寝る」ことになる。
しかし、あんまり長く審議拒否はよろしくないと思う。早く審議をして徹底して問題点を追及するほうが良いと思う。
材料は沢山あるわけだから、大いに盛り上げよう。




2009年 1月12日

ダムを考える一日

1月11日午後3時から人吉に行って、川辺川ダム反対団体による情勢報告・学習会とその後の新年会に参加してきた。
各地で展開されているダム反対運動の報告などがあり、まさにダム一色の集会であった。

昨年9月11日に蒲島県知事の川辺川ダム白紙撤回表明を受けて、情勢は大きく展開した。何と言っても地元県知事の反対表明であるから、さすがの国土交通省も無視できないし、国直轄のダムといえども政治的にはほぼ勝負あった様相を呈している。
しかし、全く油断は出来ないし、今年は極限までダムによらない治水対策を追求する熊本県と国土交通省との協議が始まるが、国土交通省は何だかんだと言ってあくまでダムにこだわる事は言うまでもない。最後の息の根を止めるまでにはまだまだこれからの戦いの継続が必要である旨、私も挨拶の中で述べた。

川辺川ダムの他にも、荒瀬ダム撤去問題は、昨年12月に蒲島県知事がダム存続を表明しているので、これは息の長い戦いを続けなければならない。今日の集会はこの意味で戦いの継続を確認しあったようなものである。
この両ダムの他にも天草の路木ダム、産山村の大蘇ダムについても地元の方々から報告があり、熊本県内でのダム問題を取り組んでおられる方々がほぼ全員集合といった感じであり、学習会の後の新年会でも盛り上がっていた。
福岡高裁で勝訴した川辺川利水訴訟の初代原告団長の梅山 究さんも元気な姿を見せてくれて嬉しいことであった。梅山さんがいなかったら、川辺川ダム問題もここまで到達できたかどうか、非常に怪しい。やはり社会的な運動を進める上では見識あるリーダーの存在が欠かせないが、梅山さんはまさにその一人であった。

集会には北海道弁護士会に所属する弁護士も7,8人ほど参加されていて、北海道のサンル川ダム問題についても報告があった。しかし、地元ではまだ裁判までには至っていないということであった。サンル川ダムが計画されている場所は、人が住んでいないような原野であって、反対運動するにも地元ではなかなか難しいとのこと。
このサンル川は、北海道の宗谷地方を流れる天塩川の支流の名寄川の支流という小さな川で、サンル川ダムは一応、多目的ダムとはなっていても、費用対効果などかなり怪しい。しかし、ダムを造っても造らなくてももともと人間があまりいないし、影響もさほど大きい訳ではないという事もあって、運動としては必ずしも盛り上がってるとは言えないようだ。やはり人間がいないとなかなか反対運動も盛り上がらない。
しかし海の漁協である北るもい漁協が同意を与えずに頑張っているとの報告もあり、一度、行ってみたい気がした。3月には現地でシンポジウムがあるというから、出来ればこの時にでもと思ったが、まあ3月頃は北海道の宗谷地方まで行く時間があるかどうか、選挙情勢次第ですかね。今年もダム問題では色んな取り組みを進めたいと改めて感じた一日でした。