|
はじめに
第168臨時国会は始まった途端、9月12日に安倍総理が辞意を表明するという前代未聞の事態になって国会が空転したが、ようやく9月25日に福田総理が誕生して、その後国会の各委員会では大臣所信表明演説が行われた。
鴨下一郎環境大臣の所信表明演説も参議院では10月18日に行われた。
演説の大部分は地球環境問題に当てられ、それは勿論、重要な課題ではあるものの、国内の環境問題についてはほとんど具体的な施策の言及はなかった。水俣病問題についてはわずか次の一文だけであった。
「水俣病問題については、与党水俣病問題に関するプロジェクトチームと連携し、水俣病被害者の救済に向けた取組を進めます。」
聞いていて一体これは何だと叫びたくなった。これでは環境省としては具体的有効な施策はないから、与党水俣病問題に関するプロジェクトチーム(園田博之座長)にゲタを預けてお任せしますといったものに等しいではないか。実に無責任な姿勢と言わざるを得ないし、環境省は実際上も無為無策に終始している。
せっかく昨年4月には衆参両院で「水俣病公式確認五十年に当たり、悲惨な公害を繰り返さないことを誓約する決議」という国会決議まであげて、水俣病問題については真剣に取り組むかと思わせたが、情けない思いがますます強まった。その後与党PTが強引に水俣病被害者救済問題で幕引きをはかろうとしており、黙っているわけにはいかなくなった。
以下、2004(平成16)年10月15日に言い渡された水俣病関西訴訟最高裁判決後の情勢変化をふまえ、環境省が行った若干の施策を検討した上、ゲタを預けられた与党PTが何をやろうとしているのか、そして最後にあるべき水俣病問題の解決策などについて言及したい。
画期的な最高裁判決
最高裁判決は、当然とはいえ、ほぼ終焉を迎えようとしていた水俣病被害者救済問題について、未だ終わっていないことを再認識させるに十分であり、その後の水俣病対策に激震を走らせることとなった。最高裁は、水俣病の発生拡大についての国及び熊本県の国家賠償責任を初めて認めるとともに、環境省が固執する1977(昭和52)年判断条件(以下「判断条件」という)ではなく四肢末梢優位の感覚障害を有する者を被害者と認め、450〜850万円の賠償を命じている(平均金額約576万円)。
最高裁判決で、国は水質二法、熊本県は漁業調整規則に基づく排水規制を怠った過失が認定され、公式確認から48年後になって国の水俣病発生拡大責任が確定したことの意義は重い。
何故ここまで時間をかけて司法で争わなければ国の責任が確定しなかったのか、水俣病が行政のみならず司法や立法に突きつけた課題は戦後の日本の公害史そのものといっても過言ではない。
また国が、行政認定基準として固守してきた「判断条件」が複数の症状の組合せを条件としてきたのに、判決は感覚障害の一症状でも水俣病と認められるとした点も重要な指摘であり、この点は、裁判所は何度も同じような指摘をしてきた。
例えば、最高裁判決より19年前の1985(昭和60)年8月に言い渡された水俣病第二次訴訟福岡高裁判決は、疫学条件が高度で四肢末梢優位の感覚障害があれば水俣病と認定できるとし、「判断条件」は補償受給者を「選別するための判断条件となっている」として、認定基準としては」「厳格に失する」と正面から批判した。チッソは上告せず、この判決は確定した。
環境庁(当時)は、急遽、「水俣病に関する医学専門家会議」を開いたが、結局、認定基準を変更することなく、「判断条件」を固守した。
最高裁判決で国の責任が確定したことも勿論、画期的なことではあるが、実は、政治的に考えれば、環境省が固守する「判断条件」が事実上否定されたことの意味のほうが遙かに大きい。
環境省は従来から水俣病の認定基準について「司法と行政は別」を繰り返してきたし、今回の最高裁判決も、公健法に基づく行政の認定基準と損害賠償請求の司法の認定基準と制度的には別個のものであるという立場に立っているようにも読める。
しかしそうすると水俣病被害者にも2種類存在することになるが、医学的に水俣病に2種類あるわけではないし、社会的補償の面では、なだらかな曲線状のなかでどこで線引きをするかという問題でもある。同じ水俣病で、公健法では水俣病ではないとされながら、司法では水俣病とされる乖離をどうするか、政治的にも重い課題が残されている。
ともかく最高裁判決によって、公健法上の認定申請に対して「判断条件」で棄却してきた国の水俣病患者切り捨て政策の矛盾が明らかとなり、最高裁判決後、熊本・鹿児島両県知事に対する行政認定申請者が急増したことは紛れもない事実である。私自身、ある程度は予想していたが、それにしても公式確認から約50年にもなってこれほどまでに潜在的な被害者が潜んでいたのか、唖然とする思いもある。それだけ水俣病は奥深いということであろうか。
最高裁判決後の国の施策・・・懇談会を翻弄する環境省
最高裁判決で国の責任が断罪されておきながら、その後具体的に環境省が取り組んだのはささやかなものである。
せいぜい、@「水俣病問題に係る懇談会」の開催、A新保健手帳の交付よる医療費の支給、B与党PTによる新たな水俣病患者救済策の策定の為として環境省と熊本・鹿児島・新潟三県が水俣病認定申請者ら約1万3千人を対象に実施したアンケート、サンプル調査などに止まる。
私も強く求めた「判断条件」の見直しは一切ないし、またせめて医学者その他研究者らを集めて見直し検討会議を開催したらどうかとも持ちかけたが、一切拒否された。
熊本県が呼びかけた水俣病の被害全容に向けた実態調査や環境調査なども拒否の姿勢であり、最高裁判決を契機に水俣病問題を根本から見直したり、被害者救済に向けた根本的な取り組みをしようという動きも見られない。
このままであれば、すでに最高裁判決から3年以上が経過した現時点ではあるが、環境省は根本的な見直しのないまま第3、第4の幕引きを謀ろうとしているのではないか、といわざるを得ない。
水俣病は、これまで何度も被害者の足元を見て幕引きをしようとしてきた歴史でもあった。有名なものでは1959(昭和34年)の見舞金契約、1968(昭和43)年の公害認定、1978(昭和53)年の県債方式によるチッソ支援策の開始などである。
このたびごとに、水俣病問題は終わったと宣伝されたのである。
今回こそ、単に蓋をしての幕引きではなく、これまでの歴史を洗いざらい総括しての対策こそ望まれるのであり、その意味では、まず環境大臣の私的諮問機関となった「水俣病問題に係る懇談会」については、その人選からしていささか期待するところもあった。懇談会は都合13回にわたる議論を重ね、2006(平成18)年9月19日には提言書がまとめられた。
提言書では、懇談会委員による真摯な議論を受けて、政府全体として「被害者支援総合基本計画」(仮称)の策定、新たな救済・補償の恒久的な枠組みの構築、水俣地域を「福祉先進モデル地域」(仮称)に指定して、高齢被害者や胎児性患者への福祉施策などの提言しており、水俣病の歴史上では初めてのもので、私としては一定の評価ができると考えている。
ところが提言をまとめる途中では、またもや環境省の本音が出た。水俣病の認定基準に踏み込もうとする懇談会側とそれをさせまいとする環境省側との暗闘が行われたのである。
懇談会側から水俣病問題の根本解決を目指すのであれば、認定基準の見直しに触れないわけにはいかないとした要求がなされ、特に複数の委員が強く主張したため、一時は激突状態になり提言をまとめられないのではないかという事態にまで至った。
環境省は約40カ所もの修正を迫り、最終的には懇談会側が引いた格好になって、提言書では認定基準の見直しまでは言及されなかった。
このように環境省は露骨に介入し、途中、提言書の書き換えまで至ったが、それほど環境省にとっては触れてほしくない問題であることが判明し、かえってそのことが浮き彫りになった。
懇談会側が折れたことは懇談会の限界を示したもので残念ではあったが、この時点での提言は精一杯のものではないかと思われる。
ところが、せっかくの懇談会の提言は、その後、ほとんど無視されているようであり、前記提言のほとんどが実現されていない。このままでは単なるガス抜きをしたに過ぎない言われても仕方がないであろう。
提言後の水俣病をめぐる状況を見ても、環境省が提言に沿ってリードすることはほとんどなく、司法や政治に丸投げのような状態である。
「権利剥奪の選択」を迫る環境省
さすがに環境省は、せめて医療給付をしてほしいという被害者の切実な要請を受けて判決の1年後になってようやく、医療費(はり、きゅう費用も含む)を支給する新保健手帳の交付を実施した。
しかし、交付の条件が問題である。つまり公健法上の認定申請しないことと訴訟をしないことを求めるという条件がついている。これは、わずかな医療費の支給を餌に、事実上、裁判を受ける権利を奪うものであるし、公健法上の認定申請する権利すら奪うものである。
こうした非難に対し、環境省は、被害者には選択権があると称しているが、笑止である。被害者にきわめて不利な条件を押しつけておいて、選択権があるなどという強弁を許してしまっている状況は忸怩たる思いである。
この居直りがまかり通る背景には、1995年(平成7)の政治解決(以下、95年政治解決という)の際には、医療費、療養手当、一時金等の支給を受けることによってその時点での裁判を取り下げるという解決をしているので、環境省としてはこの方式と類似のものと考えているようである。
しかし95年と現在では場面は全く異なる。95年の政治解決でも、確かに裁判を継続するかそれとも和解をするかという「苦渋の選択」を強いられた側面はあるものの、あくまで一時金260万円等を得ることによる和解をしたわけである。
今回の環境省の措置は和解でも何でもなく、単に医療費の受給を受けることを引き替えに司法上も公健法上の行政給付も断念を迫るというもので、「苦渋の選択」どころか「権利剥奪の選択」ともいうべきものである。
しかし、水俣地域では、裁判することには様々な抵抗もあるし、また自ら水俣病であるとして認定申請することすら躊躇するという状況の下ではわずかな医療給付すら苦しい生活を強いられる被害者には選択の1つになり得ている。確かに新保険手帳の申請をする被害者の数は急増しており、ついに2006(平成18)年9月には公健法上の認定申請者数を追い抜いて、現在でも毎月約600人が新保険手帳の申請を行っている。
行政認定申請者は2007年10月で5616名で、新保健手帳交付申請者は14,869名である。
このような状態のもとで、2005年10月、水俣病不知火患者会の50人がチッソ、国及び熊本県を被告として熊本地裁に損害賠償を求める訴訟を起こし、その後同様の提訴者が続き、2007年10月時点で1493名となっている。
また、熊本県に認定を求める認定義務づけ、不作為の確認訴訟が熊本地裁と大阪地裁に計3件が提起されている。なお、公健法上の認定審査会は、ようやく熊本県では動き出したが、鹿児島県では全く開催されておらず、開催の目途も立っていないというひどい無作為の状態が続いている。動き出した熊本県の認定審査会も与党解決策の様子待ちといった具合でのろのろ運転が続いている。
ついに出た与党の救済策
与党水俣病問題に関するプロジェクトチーム(園田博之座長)は、7月3日に「水俣病に係る新たな救済策について(中間取りまとめ)」、8月30日に「新たな救済策の具体化のために」を取りまとめ、最近では10月26日に、「新たな水俣病被害者の救済策についての基本的考え方」を策定した。その主たる内容は、医療費の支給、月額1万円の療養手当、一時金150万円とし、対象者としては95年政治解決の救済対象者に準ずる者としているようであるが、具体的には公的診断により四肢末梢優位の感覚障害を有する者としている。
そして、「新たな救済策の実施に伴い、新保健手帳の新たな受付を終了し、申請者医療事業とあわせ・・・・制度全体の適正な運用を行う観点から必要な見直しを行う」としている。
この趣旨は、一定の時期に限って新たな救済策を行うことによってこれまでの各種救済策を止めてしまおうということではないかと思われる。
申請者医療事業とは公健法上の認定申請をする者に対しては、軽度な被害者には1年後、重症者には半年後には医療費の支給を行うものであるが、これを止めてしまおうということであろう。
95年の政治解決に応じた者は全体で約1万1000人であったが、この被害者には総合対策医療事業の医療手帳が交付され、医療費の支給、月額2万円前後の療養手当、一時金260万円が支給され、現在では約7900人が受領している。
さすがにこの医療手帳所持者には変更を加えないであろうが、その他の被害者は与党案では新たな救済策に一本化しようというのではなかろうか。
対象者の確定の中で、与党案の「公的診断」とは具体的に何か不明ではあるが、現在、新保健手帳の給付を受けるためには、医師や医療機関には限定はなく四肢末梢の感覚障害が認められるような診断書で受け付けているところを改めるのではないかと考えられる。そうすると医師であれば誰でもよいということではなく、公的医療機関に限定しようという趣旨であろう。
また注目すべき事項として目につくものは、あくまで「今回の救済策は95年の政治解決の際救済から漏れたとして救済を求める方々が多数存在することに鑑みて行う」として「今回の救済策は、いかなる意味でも政治が取り組む最後の救済策である」という記述である。
要するにこれが最後だから早く応じよと被害者に呼びかけるとともに、一時金を負担するチッソに対しても、また政府に対しても「これが最後だから付き合え」とも言わんばかりのものであろう。
特にチッソに対しては、95年の政治解決では一時金被害者一人260万円の支払いなどで全体として約320億円の負担を求めているし、このときもほぼ最後だからということでの説得もなされた経過があり、主としてチッソ向けのメッセージとなっているようである。
矛盾だらけの与党案
与党PTでは、95年の政治解決での水準を超えることは不可能であり、より低額な水準でないと政府やチッソを説得できないとしている。しかし、おかしな話しである。何故、低額になるのかの合理的な説明がないため多くの非難が出ているし、約1500人の原告団が猛反発するのも当然である。
そもそも95年時点と現時点では状況が全く異なる。
95年当時では、@国の法的責任は確定していない。A対象者は認定申請を棄却された者であり、水俣病被害者ではないとされた。
ところが現時点では、@国の責任は最高裁で確定した。A対象者は環境省も広く水俣病被害者と認めている。
この2つの要素で被害者側にはより有利に働いているのに低額な救済策でお茶を濁そうとしている。とうてい理屈に合わないし、何よりも最高裁判決を無視している。
私は、最高裁判決がある以上、徹底してこの判決を尊重して被害者救済に当たらなければならないと考える。この観点からしても、与党案はとうてい容認できるものではない。
すでに提訴している不知火患者会も水俣病被害者互助会も、新救済策を受け入れる様子はない。しかし提訴していない水俣病出水の会や水俣病被害者芦北の会は与党案を受け入れる姿勢を示しているから、被害者団体は真っ二つに割れるおそれがある。
このままいけば、与党案によって水俣地域は再び分断され、せっかくもやい直しが進められてきた地域共同体に対立が持ち込まれることになる。
こうした与党案が、全体の合意をみないまま強引に進められようとしているのは、水俣病を取り巻く空気が、残念ながら永田町や霞ヶ関ではすでに過去の問題として冷ややかになっていることと無関係ではない。率直に言えば、与党PTといっても、実際には園田座長一任という丸投げの姿勢であり、95年当時では水俣病問題を熱心に取り組む国会議員が何人もいたのに、今ではほとんどいない。
私自身も、何人もの国会議員らに水俣病問題の現状を話してみても、「まだ終わっていないのか」「以前、政治解決で全面解決したのではないのか」といった反応がしばしばであることも事実である。
しかし中央の空気と地方とでは水俣病問題でも「格差」がある。水俣病とはいったい何であるかを常に問い続けようという地方からの動きも根強い。中央においても光明を見いだすことはまだまだ可能であると考えているし、むしろ世界の人々が「ミナマタ」を知っている状況もあり、1500人もの原告被害者が存在している以上、いずれ、中央でも大きな政治課題になり得ると確信している。
それにしても、水俣病問題が環境省ではなく厚生労働省管轄で取り扱われていたら、状況は一変していたのではないかと、私自身、肝炎や原爆症問題を扱いながら密かに思うところではある。
いずれにせよ、与党の新救済策は、高齢化の進む一部の被害者団体は受け入れても、強硬な反対は続き、水俣病問題は混迷を深めるだけで解決にはほど遠いことになろう。
与党は与党案の押しつけを強行してはならない。まずはこの点を強く強調したい。そのうえで徹底して最高裁判決を踏まえた解決策を目指さなければならない。
与党案による幕引きを許さず闘っていかなければならない。
|