松野の日々の活動の様子をお伝えします。



◆ 2010年 8月18日

「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議中間とりまとめ」に対して
前原国土交通大臣に要請書提出

公共事業チェック議員の会では8月18日に標記の要請書を前原国土交通大臣を同省に訪ねて提出いたしました。
チェック議員の会は松野が会長、鳩山前総理が顧問をしている超党派の歴史ある議員の会です。

提出した要請書は添付のとおりです。また要請書提出の際の参加会員は以下のとおりです。

会長:

松野信夫参議院議員(民主)

副会長:

佐々木憲昭衆議院議員(共産)

幹事:

柿澤未途衆議院議員(みんな)

幹事:

亀井亜紀子参議院議員(国新)

事務局長:

大河原雅子参議院議員(民主)

前原大臣との面会は午前10時半から15分という約束でしたが、実際には30分間にわたって前原大臣とかなりの議論を行いました。有識者会議は前原大臣の私的諮問機関で、その中間とりまとめは、現在実施中のダム事業についての見直しの議論のまとめです。事業中のダムを見直すとの前原大臣の指示を受けて議論がなされているもので、一定の前進もありますがが、チェック議員の会から見ればまだまだ不十分なのです。
しかし前原大臣は「私が大臣でいる限り厳しく査定するから大丈夫。私を信用してください。」などと自信満々の様子でした。これに対して、私からは「前原大臣個人を信用するとか信用しないとかの問題ではなく、要するにきちんとチェック出来る仕組みを作ることではないか、ここがきちんとしていなければ要するに官僚の壁を打ち破ることが出来なくなるのではないか。」などと反論をしました。
その他の会員からも活発に意見表明がなされ、ちょっと前原大臣もムキになって発言するときもありましたが、前原大臣からは有識者会議にはチェック議員の会の会員が参加して議論する機会をもうけるとの発言もありましたので、まずまずの収穫ではないかと思われる要請行動でした。

なお18日は、地元の八代市からは福島市長らが上京され、八代港の整備促進、荒瀬ダムの撤去についての国の支援要請などの陳情が行われ、松野はこれにも午後一杯同行して三日月副大臣とも懇談をしました。
こちらのほうは、八代港が重点港湾に選定されたこともあって非常に和やかなものでした。しかし荒瀬ダム撤去費用の支援はまだまだ渋いもので、これについてもう少し時間をかけて取り組まなければなりません。

要 望 書
Word版
PDF版



◆ 2010年 8月 4日

赤潮被害の陳情対応や潘基文(パンギムン)国連事務総長との面談でフル回転

 8月4日は、赤潮被害の陳情、対策に終始した一日でした。まず午前中には水産庁の部長さんから赤潮被害の現地調査の報告を受け、午後には幹事長室において全国漁業協同組合連合会、全国海水養魚協会の他、熊本、鹿児島、長崎の各漁協や海水養殖漁協の皆さん総勢20名ほどから赤潮被害対策要望の話をお聞きしました。
幹事長室では奥田副幹事長が対応され、3県の国会議員もそれぞれ立ち会いました。とりわけ熊本と鹿児島の被害は甚大で、これまでの被害総額は約40億円ということです。昨年も約33億円の被害ということで、こうした被害が続くようだとせっかくの養殖漁業は壊滅し、誰も養殖漁業を営まなくなってしまうという危機感が感じられました。まさに今後の養殖漁業が継続されるかどうかという瀬戸際といった感じなのです。

 その後、私は議院運営委員会理事ということから、参議院議長応接室において、潘基文(パンギムン)国連事務総長の表敬訪問を受けました。
潘基文事務総長は、8月6日午前に開かれる「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)に現職の国連トップとして初出席するため来日されたものです。その前の公式訪問ということで、衆議院に続いて参議院も訪問されました。その後5日午後には長崎市、6日には広島市に到着ということで大忙しですが、その合間を見ての国会訪問になったものです。

 潘事務総長は、オバマ米大統領の昨年4月のプラハ演説以降、国際的な軍縮の機運が高まっていることを追い風に、反核平和の運動に多くの関心を寄せている方であります。あまり派手さはありませんが誠実な感じのする方でした。
懇談の中で笑いがあったのは、同席した水岡議員の誕生日が潘事務総長と全く一緒の6月23日ということを水岡議員が話されたことでした。

 私は、潘事務総長との懇談が終わると、すぐに赤潮被害陳情団の同行に復帰し、篠原農水副大臣に続いて佐藤水産庁長官や担当部長との面談にも同行しました。私からは佐藤水産庁長官に対して、熊本の牛深では壊滅的な被害が発生していて漁業者の心が折れかかっていること、もう一度やる気を起こして頑張ってもらうためには来年に向けて新たな漁場の開設が不可欠である旨強く指摘しました。

 最後には山田農水大臣にも面談して要請を行いました。山田大臣は人情派の方でもあり、相当程度理解してもらえたのではないかと感じられました。

 こうした陳情や懇談を通じて、今回のシャトネラ赤潮被害対策としては、緊急対策としては、
  @共済などを通じて早急な被害補償、
  A当分の間の返済猶予や一時金借入れを含む金融対策、
  B来年の養殖新漁場開設のための消波ブロック、アンカー設置措置
が必要です。さらに中期的には、
  @シャトネラ赤潮のメカニズム解明、
  A低迷する漁価対策
等かと思います。

 それにしても牛深や天草の漁業を現在支えているのは養殖漁業と言っても過言ではありません。継続できる漁業を何としても構築したいし、漁民の笑顔を取り戻したいと感じた一日の活動でした。




◆ 2010年 7月24日

牛深に赤潮被害の視察

7月24日は民主党県連として天草市牛深にある熊本県海水養殖漁業協同組合を訪ね、最近の赤潮被害を視察しました。

実は私は、事前に16日も牛深に赴いてその被害の一端をお聞きして、これは大変な被害だと認識しましたので、早速、再度現地視察を企画したものでした。
当日は朝10時に牛深現地集合でしたので、自宅を朝7時には出発して牛深に向かいました。片道約3時間の行程です。現地には、民主党県連の鎌田代表代行も濱田政調会長も同行しました。また熊本県も天草市も参加していただき、なかなかの総勢となりました。

まずは漁船2艘に乗り込んで養殖いけすを目指し、ブリやシマアジ、タイなどを養殖している様子を確認し、いけすに移動してからはブリの様子も拝見しました。
ブリには、もう2週間ほど餌を与えていないとのこと。餌を与えると動き回って食べて、空気を沢山取り入れるために活発にえら呼吸を行うことになるけど、その際、大量のシャットネラという毒性の強いプランクトンを取り入れてしまうので、呼吸困難になって死んでしまう。だからこれを抑えるためには、餌止めをせざるをえないとのことで、さすがにブリもやせ細ってしまっている。ちょっと可哀想だが、生かすためには仕方がない。しかしそろそろ限界が近づいているようで、漁民も気が気ではない様子。

2時間近く船に乗って養殖いけすや考えられる新たな漁場など視察をした後、下船して漁協の会議室で意見交換会をしました。漁民や関係者で合計50人ほど集まっていただきました。予想以上に沢山集まっていただいたので、それだけ関心も高いということなのでしょう。熱心に意見交換会をしました。

多くの漁民からは、今回の赤潮被害はいけすの魚が全滅に近いのだから激甚災害として支援してほしい、これまでの負債の返済猶予や組み替えをしてほしい、漁業共済の支給を完全にやってほしい、赤潮を防御するために新たな漁場の確保などの支援をしてほしいなど切実な訴えがなされました。
牛深では2年連続で赤潮被害が発生しているので、もうこれが限界であり、さらに来年にも続くようであれば、もはや牛深での養殖漁業は完全に壊滅してしまう、やる気もなくなってしまうし、残るは借金だけになって生きていく気力もなくなるという訴えもあり、私としても皆さんの心が折れないように精一杯の支援をするとお話ししました。

こうしたシャットネラ赤潮被害の原因はまだ解明されていないため、その対策も十分ではありません。どうしたら赤潮被害を防げるのか、これだけ科学が進んでいるのに生物の仕組みに関することは案外分かっていない。せいぜい出来ることは餌止めや塩分を含ませた粘土の散布程度になっているのが実態のようです。
以前から調査はやっているとは言うものの、漁民の期待に応えるようにはなっていません。大変もどかしい思いもあります。しかし被害が発生している以上、その補償や救済を出来る限り実行することが政治に求められることです。
そこでまずはこの実態を農水大臣や政務三役にしっかりと伝えて、何とかして現地に来てもらって視察をしていただき、悲嘆に暮れる漁民を励ましてほしいと思った次第です。そのために精一杯頑張りたい、そう思いながら午後2時45分頃牛深を後にしました。

牛深の漁協には「たちあがれ日本」のポスターが貼ってありました。言うまでもなく「たちあがれ日本」は、牛深を含めた衆議院熊本第4選挙区選出の園田代議士が幹事長ですから、こうしたポスターが貼ってあるのもわからないではありません。しかし私は、「たちあがれ日本」よりは「たちあがれ天草漁業」と呟いたものでした。




◆ 2010年 6月16日

通常国会が閉会し、山田農水大臣にも面談

 6月16日が国会の閉会日となっていたが、ギリギリまで何とか正常な形で円満に必要な法案を成立させて会期末処理も進めたかった。これに向けて民主党は、自民党らから提出された菅総理の問責決議、荒井大臣の問責決議、江田議長の不信任決議の採決もするから国民生活に必要な法案の審議と採決を野党に要請した。
私も議院運営委員会の理事であるので、議院運営委員会の席上で野党理事とさんざん協議、交渉も行った。民主党としてもかなり譲歩したはずである。

 しかし結果的には自民党は法案の採決を拒否した。法案の中には社会保険病院の存続を図って独立行政法人化をする法案もあったが、自民党は拒否した。この法案では全国の63ある社会保険病院や厚生年金病院を存続させようというもので、今年9月までに成立しないと病院が廃止されてしまうものだ。
こうした病院の総ベッド数は1万8千を超えるもので、これが廃止されたときの悪影響は計り知れない。いわば地域の命がかかった法案であったが、それにもかかわらず自民党はその審議と採決を拒否したため、民主党側もついに断念せざるを得なかった。
聞くところによれば自民党の厚労委員会の筆頭理事が強硬に反対したらしい。まさに党利党略。ホントに許せない思いだ。命を守るのが民主党、その逆を進めるのが自民党ではないか、と憤懣やるかたない。

 こうした経過もあって、午後4時過ぎから行われた民主党議員総会ではこの旨の報告が行われた。結局、このため本会議も開かれず、会期末処理も進められずに、閉会してしまった。
残念ながら後味が悪い感じだが、議院運営委員会で本会議設定の協議が整わない以上やむを得ない。

 その後午後5時過ぎに民主党の有明海再生議連で、山田農水大臣に諫早湾干拓事業に伴う潮受け堤防の開門要請を行った。私はこの議連の副会長になっている。
山田大臣はこの問題をよく分かっておられ、我々の要請にも基本的に理解をしてもらったと思う。しかし現在は口蹄疫対策に奔走しているので、もうしばらく時間がかかるようだ。

 やはり長崎県側としっかり協議をしてもらってその理解と強力を得ながら進めて欲しい、ということにも理解してもらったようだ。最初は5月か6月にも開門を求めるという声もあったが、ここは多少時間をかけてでもしっかり協議をして出来るだけ円満に開門に向けて進めたいと思う。

 こうした動きをしながら通常国会も終了となった。




◆ 2010年 5月27日

環境委員会で地球温暖化対策基本法案の質疑

今通常国会で環境省にとって最大の法案である地球温暖化対策基本法の質疑に立ちました。当初はもっと環境重視であったように思いますが、段々と骨抜きになったのではないか、とも批判されている法案ですが、私自身は、正直言って経済対策への配慮がにじみ出てはいるものの、全体としては良くやったほうではないかと思います。鳩山政権でも目玉商品だと思います。
私なりに確認すべき箇所はしっかり確認するとの思いで、以下のような質問をぶつけました。環境大臣の思いと大きくは共通するものであったかと思いますが、今回の法案は、多分に目標部分が多いのでこれからの取組が実際には大事です。

第1 水俣病対策について

 1 5月1日から被害者の申請が始められたが、最新の申請状況はどうか。

 2 今後の見通しはどうか。公的診断は丁寧にやってほしいと考えるがどうか。

 3 疫学要件では、68年のチッソ排水停止以降もへその緒水銀が高濃度であるとの国水研の調査結果があるが、これをどう生かすか。また追跡調査も必要だが、どのように実施するか。

第2 地球温暖化対策基本法について

1 25%目標について

 1)2020年の中期目標25%という数字は、決して日本だけが突出しているのではないと考えるがどうか。世界との比較ではどう評価しているか。

 2)「すべての主要国による公平かつ実効性のある国際的な枠組みの構築及び意欲的な目標の合意」という条件付であるが、何故このような条件を付けたか。
麻生政権では「2020年までに2005年比で15%削減(1990年比で8%削減)との中期目標を発表した。これは主要国の動向とは関係のない日本の目標値であったが、これとの比較でどう考えるか。法案ではこの中期目標よりも高い目標を設定したという認識であるか。

 3)仮に2020年までにこの条件が成就しない見込みのとき、日本としてどうするか。

2 再生エネルギー全量買取制度について

 1)再生可能エネルギー目標は2020年に10%とされた。私は評価しているが、現状から見れば飛躍的な拡充が必要だ。再生エネルギーは「太陽光、風力、水力、地熱、太陽熱、バイオマス、その他政令で定める」(2条)とあるが、主力はどれで、どの程度の割合を目標にしているか。その他とは具体的にどのような再生エネルギーを想定しているか。

 2)補助金、RPS、固定価格買取制度をどのように組み合わせるか。補助金については初期投資部分を補うものであり、廃止するよりもインセンチブを高める方向で今後とも上手に活用すべきではないか。
 全量買取制度における買取価格は一律とするか、それとも発電量によって段階設定するか。

 3)第15条では「調達する制度」としているが、電力会社に買い取らせる制度と同義か。

 4)技術革新が必要であるが、特許など知的財産権の保護も必要となる。特許権などの知財について、できる限り早く安く権利設定を認めるべき。また中小ベンチャーには申請に向けたサポートが必要だが、これらをも含めた国家戦略をどのように描くか。

3 地球温暖化対策税について

 地球温暖化対策税は「23年度の実施に向けた成案を得るよう、検討を行う」(14条2項)とされるが、実際の税徴収をいつから実施する予定か。先送りというおそれはないか。




◆ 2010年 5月16日

辻元国交副大臣と一緒に荒瀬ダム視察 元気をもらった!

5月16日は朝から熊本市内の白川河川敷で総合防災訓練in熊本があり、参加しました。当日は辻元国交副大臣も参加され全体で1000人以上も警察、消防、自衛隊、NTT、九州電力、日赤など多数の関係者の参加があり大規模な訓練でした。

夕方4時からは荒瀬ダムの視察で、多くのダム撤去運動をしてこられた住民団体も多数参加されていました。国からは国交省九州地方整備局関係者、熊本県からは村田副知事さんたち、八代市からは福島市長さんたちも参加され大賑わいでした。

私も久し振りに荒瀬ダムを視察しましたが、ダムゲートは全開でゴーゴーと水が流れる様を見て感激しました。それよりもなお感激したのは、参加していた市民の方々から、政権交代が実現したからこそダム撤去が実現するのだ、まずゲートが開けられ昔の球磨川に少しでも戻った気がするという発言を聞いたことです。政権交代して本当によかったと市民の皆さんも言われるので、私も良かったなあと実感した次第です。

とかくマスコミなどでは政権交代しても何も変わらないなどと叩かれていたりしているし、今のところは政治とカネの問題や沖縄普天間の基地移設問題で鳩山政権も民主党もだいぶん支持率が低下しているので、多少なりともガックリしているところでしたので、本当に勇気、元気をもらったような視察となりました。こうした住民の皆さんからの期待も込めた応援の発言は有り難いことですし、川辺川ダム中止、荒瀬ダム撤去運動を地域の皆さんと一緒にやってきて良かったなあと思いながら熊本まで帰ってきました。




◆ 2010年 4月27日

諫早湾干拓事業検討委員会がまとめに近づく

諫早湾干拓事業検討委員会が4月27日12時から国会内でありました。私も熊本県連代表ということで委員に任命されておりますので出席いたしました。
第7回目の委員会で、もうそろそろ意見のまとめをしなければなりません。すでに23日までには各委員が意見書を提出しておりますので、お互いにだいたいの意見は分かっています。

いよいよまとめの決断の時期が来たという思いがしてきました。いずれ郡司農水副大臣が各委員の意見をとりまとめて赤松農水大臣に報告し,大臣もこの報告を踏まえて決断をされることになるでしょう。政治が動き出した。開かなかった潮受堤防の開閉に関して、やはり政権交代ができたことを実感できることになるだろうと期待できそうですね。

私の意見の概要は以下のとおりです。

  1. 有明海の環境悪化、漁業被害の原因は、いわゆる複合汚染であり、様々な要因が考えられ、諫早湾干拓事業もその要因の一つであろう。しかしこの事業だけで有明海の環境悪化が生じているわけではない。
  2. 潮受堤防の締め切りから13年になり、完成した諫早湾干拓事業地内では営農が始まっているが、農民と漁民の両者の不毛な争いを極力なくさなければならない。政治の責任として共存共栄の方途を目指すべきである。これを逃げていては政治の責任を果たしたことにならない。
  3. そのためには、しっかりとした農業用水の確保策と防災措置をとったうえでの中期的開門が望ましい。開門のやり方は、一気に全開するのではなく、できるだけ環境に負荷のかからないように慎重に段階的に行うことが望ましい。
    アセスについては、その続行にあえて反対するものではないが、閉門したままでのアセスにどの程度の実効性があるか疑問がある。アセス結果が出るまでという理由で開門を引き延ばすことは許されない。
  4. 農業用水の確保に万全の措置をとる。そのためにため池、下水処理水の農業用水としての再利用が1つの方法である。下水処理水については、水質を定期的に管理し、現在の調整池の水質よりとほぼ同等のものが確保される必要がある。
  5. 潮受堤防の開門については、地域住民の災害防止の声を尊重して、以下の3点を中心にしてしっかりした防災対策を講じる。
    @

    大雨時における後背地などの排水対策が重要であり、とりわけ本明川の排水機場の設置など排水対策を強化する。

    A

    防災対策として、旧堤防の強化を図る。

    B

    潮受堤防の開閉問については、台風や大雨などの予報を踏まえて徹底した厳重管理を行う。そのための体制を整備する。




◆ 2010年 4月15日

環境委員会で水俣病や環境アセスメントについて質疑

環境委員会で1時間、環境大臣らに質問をしました。やはり与党議員ですので、あまり政府を困らせるような質問はできませんが、ヨイショばかりやってもしようがないので、追求すべきところはそれなりに確認答弁などをとったつもりです。
私の質問は以下のとおりですが、割合丁寧に答弁したもらったと思います。だいたいは予想とおりの答弁でしたが、環境アセスメントを定着させたいとの大臣らの思いは感じられたものでした。

第1 水俣病特措法に基づく救済について

1 「救済措置」について閣議決定の方向性について

昨年12月25日に公表された「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法の『救済措置の方針』等についての考え方(環境省案)」(以下、「救済措置の方針・環境省案」という)に書かれていること、金銭的救済と非金銭的救済をその内容とするか。

2 非金銭的救済について

非金銭的救済のうち「医療・福祉施策やもやい直し等に関する施策の実施」は具体的にどうするか。

3 特措法第36条の「政府及び関係者」の「関係者」について

特措法第36条は「健康増進事業の実施等」として、

1)

政府及び関係者は、指定地域及びその周辺の地域において、地域住民の健康の増進及び健康上の不安の解消を図るための事業、地域社会の絆の修復を図るための事業等に取り組むよう努めるものとする。

2)

政府及び関係者は、関係事業者が排出したメチル水銀による環境汚染を将来にわたって防止するため、水質の汚濁の状況の監視の実施その他必要な措置を講ずるものとする。

とあるが、この「政府及び関係者」の「関係者」とは具体的に誰を指すのか。第2条の「定義」に「関係者」はない。「関係者」は旧チッソと事業会社を含むと考えて良いか。

第2 環境影響評価法の改正について

1 制度に対する信頼確保について

1)

日本ではまだまだ環境アセスメントが定着しているとはいえない。世界的にも遅れているが、どのように理解しているか。事業者からみれば、余計な負担という側面が強いのではないか。環境アセスへの理解をどのように求めるか。

2)

法アセスの実施された事業が十分な環境配慮の下に実施されなかったことを理由とする訴訟等が後を絶たない。もっと早めに情報公開をして代替案まで含めたアセスをやれば訴訟が減少できるではないかと思うがどうか。例えば、ダム、高規格道路、発電所、廃棄物処理場などの設置をめぐって処分取り消しの訴訟が多い。

3)

これまでの成功例として熊本県水俣市の産廃処分場建設事業、狛江市のゴミの中間処理施設建設事業、失敗例として新石垣空港、スイゼンジノリを無視した小石原川ダム建設事業がある。こうした事例から何を学ぶか。情報公開と早い段階からの代替案を含んだ案の検討が重要ではないか。

水俣市の産廃処分場建設
公害の原点、水俣病で有名な水俣市に最終処分場建設をある企業が進めようとして、県条例アセスを行い、県知事が準備書に対する厳しい意見を通知した。これは単なる意見表明だけではなく根拠を求め、データの出典を求め、再評価を求めた。3ヶ月後には業者は中止した。

狛江市のゴミの中間処理施設建設事業
1990年頃、狛江市が保育園の隣にゴミの中間処理施設建設すると発表し、反対運動激化。その後住民参加で32箇所から8箇所、2箇所から最終地を決定したが、当初案と同じ場所に落ち着いたが反対はなくなった。

石垣空港
1979年に白保の珊瑚礁を埋め立てる建設計画、唐岳東側、宮良などを経て結局、唐岳陸上に決定、紆余曲折した。

小石原川ダム建設
スイゼンジノリが世界で唯一自生する黄金川が最初からアセス対象外とされた。ダムを造るために意図的にアセスから外した疑いが強い。

2 アセス事業の対象について

1)

これまでの環境アセス法に基づくアセスは実際には132件と聞いているが、米国や中国と比較すると非常に件数が少ない。米国らはいわゆる簡易アセスを活用しているので、件数が多くなっているかと思うが、それにしても違いが大きい。その理由は何か。

2)

第1種と第2種の区別では,規模的には第2種が第1種の4分の3程度になっているようだが、アセス法の法文は変えずに第1種の規模を現行よりも若干規模の小さいものをも含めることで、件数の増加を見込むことはどうか。
第一種事業のうち飛行場は滑走路長が2500m以上とされる。
佐賀空港は滑走路 2,000m 中型ジェット機(旅客数300人)までの航空機の離着陸が可能、離党の空港はほとんど2500m以下となっている。

3)

アセスを浸透するために簡易アセスの採用をどのように検討するか。

4)

法案では法施行10年での見直しとされているが、早めに見直しが必要ではないか。

3 アセスの費用について

アセス費用が高いと言われているが、費用の軽減化はどのように検討するか。
アセスの実施は、円滑な事業の遂行に必須だとすると、アセスを1つの産業として育成するべきではないか。
「環境アセスメント士」の育成などはどうか。

4 戦略的環境アセスメントについて

1)

今回の戦略的環境アセスメントではまだまだ諸外国に見劣りがすると言われているがどうか。第1種に限定した理由は何か。

2)

住民参加を早めに設定ができないか。方法書以前の手続についても住民が意見を述べる機会を与えても良いのではないか。

3)

代替案について
第3条の2は「計画の立案の段階において」・・「一又は二以上の当該事業の実施が想定される区域」における計画段階配慮事項の検討を義務付けているが、「一」でもよいということだと、代替案検討の義務付けとはいえないか。
代替案の検討が困難な場合とはどのような場合か。

4)

ダム計画について
ダム計画は、少なくとも上位計画である河川整備基本方針の策定時に、基準地点での基本高水流量が決まるので、一定水量をカットする必要が指摘され、その結果上流のダムの規模などが事実上決定されてしまう。それ以降の手続では代替案等の検討が困難となり、アセス手続も形式的な手続となってしまいかねない。ダム計画であれば、本来は、河川整備基本方針の策定時にアセスをやるべきではないか。
川辺川ダムでも、下流域の洪水調節としてはダム以外はありえないと説明されてきたが、国土交通大臣がダム中止を表明すると、国交省側は、河床掘削、堤防強化などの案を提示してきて、これに基づいて協議が進めれている。本来は、戦略アセス段階で決めるべきこと。
戦略アセスを実施するのであれば、上位計画を目指すべきであるが、今回の法改正で「計画の立案の段階」ではこれが実現できるか厳しい。例えばダム計画でも、単にダムの規模や場所を議論するだけではなく、そもそもダムに依存するか、別の代替案にするか、上位計画でやるべきだ。

5 環境大臣の関与について

1)

方法書段階
環境大臣が環境大臣の判断で、直接事業者に対し意見を述べるしくみが必要と思われるが、改正法11条では、環境大臣意見は事業者から主務大臣に対する申出があった場合に限り環境大臣から主務大臣に述べられるにすぎない。環境大臣から直接事業者に対し意見を述べることによる弊害は想定されるのか。
環境大臣から主務大臣に意見が提出された場合、その内容を市民が知ることはできるのか。少なくとも、環境大臣意見が公表されるようなしくみが必要ではないか。

2)

評価書段階
改正案が作成され始めた当初は、「許認可権者が自治体である場合の環境大臣意見手続の創設」がされるというふれこみであったが、改正法案23条の2をみると、環境大臣意見を求めることについての自治体の努力義務が定められているにすぎない。不十分ではないか。これを実際上、どのように実質化を求めるか。




◆ 2010年 4月11〜12日

諫早湾干拓事業現地視察

諫早湾干拓事業検討委員会の諫早現地視察に行ってきました。

参加者
 座長 農林水産副大臣 郡司 彰(参・民主)
    委員 民主党福岡県連 古賀一成(衆)
          佐賀県連 川崎 稔(参)
          長崎県連 大久保潔重(参)
          熊本県連 松野信夫(参)
       社会民主党   中島隆利(衆)
       農林水産委員会 森本哲生(衆・民主)、
                  森本和義(衆・民主)

日程

4月11日(日)
 19:30〜20:10 第6回諫早湾干拓事業検討委員会
   ・自由討論  (諫早観光ホテル道具屋)

4月12日(月)
  7:00 ホテル発
  8:15〜 9:15 島原港発着海上視察船「かいおう」にて長崎県有明海・諫早湾海上視察
 10:10〜10:30 潮受堤防中央部にて諫早湾干拓事業概要説明等
 10:40〜11:00 潮受堤防管理棟にて展示室、操作室排水門管理状況説明
 11:30〜11:50 中央干拓地前面堤防にて調整池生態系、水質状況等説明
 12:00〜12:20 中央揚水機場周辺にて営農状況、農業用水利用状況説明
 12:30〜12:50 後背地・大開排水樋門にて防災施設状況等説明
 14:50 長崎空港発ANA3738便
 16:30 羽田空港着、視察終了

12日は一日中雨が降っていて天気が悪い中での視察でした。久し振りの諫早訪問でしたが、ホテル玄関付近では潮受堤防開門賛成の皆さん、潮受堤防管理棟付近では開門反対の皆さんが沢山詰めかけておられ、それなりの注目を浴びていましたし、ある意味では大歓迎といったところでした。

当日の視察は、とにかく現地を見るということに主眼点を置いたもので、賛成派、反対派の両者から意見を聴取するということではありません。当日の説明役は主として農水省と長崎県でしたが、広大な干拓地で既に立派に営農がなされていることを強調されていました。
広大な干拓地ではなるほど先進的な環境に配慮した農業を営んでおられました。ですから、中央干拓地に入植されておられる方は農業環境としては非常に恵まれているわけです。

しかし、それではその周辺はどうかというと、残念ながら耕作放棄地もあって中央干拓地とは違うなあという印象を持たざるを得ません。そして中央干拓地ではエコファーマーとして環境に配慮した農業がなされているわけですが、それでも調整池の水質は悪化していて、その悪化した水が諫早湾を通じて有明海に流れているわけで、漁場に対する環境配慮はどうなっているか、との思いも致しました。

14〜15日には農水大臣も諫早干拓事業の視察をされます。今週はまさに諫早ウイークですね。連休前にも一定の結論を出すかもしれませんので、とにかく大きな山場を迎えることは間違いありません。
農民と漁民とが共存共栄できる方途を目指して決断をしなければなりませんので、さらに気を引き締めて取り組みたいと思いながら帰京しました。




◆ 2010年 4月 6日

法務委員会で千葉大臣らに質問

刑法及び刑事訴訟法の改正で時効制度が延長されたり廃止されるという内容の法案ですが、様々な問題点がありますので質問いたしました。
久し振りにホームグランドの法務委員会での質問でしたが、よく知っている千葉大臣に対する質問は何となくやりにくい側面もありました。あまり厳しく責め立てても行けないし、かといって手を抜いても行けないし・・・節度を保ちながら、法案の持つ問題点は一定程度指摘をすることができたのではないかと思います。
質問内容は以下のとおりです。


1 公訴時効制度に対する基本的認識について(千葉法務大臣)

時効制度の趣旨はどのように捉えているか。今回の法改正に当たって時効制度の趣旨に変更があるか。遡及効については憲法39条違反の指摘もある。
公訴時効がある理由は
 @証拠の散逸 A被害者・社会の処罰感情の希薄化
 B一定期間犯人が処罰されなかった状態の尊重
とされている。
学説的には色々とあるが、政府としては公訴時効がもうけられている趣旨をどのように捉えているか。

今回の法改正で一部時効廃止になっているが、いままでは時効制度が存在することを前提とした制度趣旨の説明であったが、比較的軽い刑は時効存在、一部の重罪は時効不存在となるので、整合性のとれた説明が必要ではないか。
少なくとも一部の重罪については、実体的にも訴訟法的にも従来の説明では理解できない。

今回の法改正施行時点で時効が完成していなければ、新法が適用される改正は憲法39条違反の疑いがある。犯罪行為があった時点では「何年たったら刑事責任を問わない」と法は定めていた。
これを今回の法改正は破るわけで、立法者の意思に照らしても、憲法上の疑義があるのではないか。

法務省は2004年に時効期間を延長しているが、その際にはこの原則を重視し、法施行前に発生した事件に適用するのを見送った経緯がある。また刑の時効でも見送っている。こうした措置との整合性をどう考えるか。


2 今回の法改正を急いだ理由(加藤法務副大臣)

前回の平成16年法改正から時間が経っていないので、せめてその検証まで待つべきではないか。法制審議会の審議のあり方については問題はないか。

公訴時効制度はわが国において長い歴史を持つ定着した法制度(明治13年の治罪法で刑事訴訟法の前身)で、もともと重罪では10年で時効となっていたものが、最長15年になり、長く15年が続いていた。長く定着していたものが、2004年の法改正で25年になった。130年近くも続いた公訴時効制度が大変革されるが、それにしてはもっと慎重な議論が必要ではないか。

社会的正義の実現、犯罪被害者遺族の要望と捜査側の負担、被告人の権利擁護とをどう調整するかという難しい問題がある。諸外国では重罪に関して公訴時効を廃止している国もあるが、日本の場合、刑事被告人側からみて取調べの可視化も検察官手持ちの証拠の開示も不十分であるという実情からして、一方的に時効を廃止することでバランスが失するおそれも考えられる。何故、今回では急いだのか。

法制審の審議自体が不十分ではないか、審議日程も通常国会法案提出に合わせたように決められていた。また法制審答申がでる前から政策会議などで公訴時効廃止を前提の説明もなされてきた。
法制審では、学者委員・幹事について、政権交代と関係なくこれまで同様、法務省の意向に沿う者が選任されている。一部の学者とその弟子とか同じ様な考え方を持つ委員が選任され、バランスを欠いているという批判もある。

民主党が野党時代にまとめた案「法定刑に死刑が含まれる重罪事案のうち特に犯状悪質な事案について、検察官の請求によって裁判所が公訴時効の中断を1回認める制度を提言する。」は何故採用されなかったか。


3 犯罪発生後長期間経過したときの捜査(中井国家公安委員長、加藤法務副大臣)

誤認逮捕の危険が高まるのではないか、現にそうした事例もある。記憶が薄くなってきているので供述に依存は危険、また過度なDNA依存は危険だ。
何よりも初動捜査が重要。警察庁によると、05〜09年に解決した捜査本部事件453件のうち、94%が3年未満で解決、10年以上の2件も早い段階でDNA型採取などで絞り込みが進んでいたケースだった。

捜査当局が発生直後に作成した目撃証言などの調書が、証言者の死亡で証人尋問なしに裁判で証拠認定される可能性がある。また捜査官も亡くなっている可能性もあり、どのような取り調べをしたか記憶も不明瞭になる。それにもかかわらず刑訴法321条の検面調書として採用されるおそれもある。
こうした書面がどんどんと証拠採用されるのは問題ではないか、何らかの歯止めが必要ではないか。


4 警察における捜査態勢について(中井国家公安委員長) 

国松長官狙撃事件では去る3月30日に時効を迎えて、警視庁公安部長がオウムの組織的なテロである旨の発言をしているが、時効完成後に特定の団体を犯人であると名指して認定するのは異例ではないか。
名指しするぐらいならば何故起訴できなかったのか。起訴もできなかったような不十分な捜査でありながら犯人呼ばわりをするのはどうか。本来は起訴すらできなかったので謙虚に反省すべきであり、負け惜しみの言い方だ。オウム信者の元巡査長を含む8名が犯行関与を疑われているが、オウムの犯行だと認定するのであれば何故起訴に持ち込めなかったのか、起訴にすら持ち込めなかったような捜査であったにもかかわらず犯人だと非難するのは推定無罪の原則をないがしろにしている。

警視庁公安部長がオウムを名指しするのは、起訴権限も持たない警察としては行き過ぎではないか。基本的には第1次捜査は警察、起訴の有無は検察、有罪無罪の判断は裁判所という構成で刑事司法が成り立っている。
今回の警視庁公安部長の所見はこの仕組みを犯すのものではないか。検察としてこのまま放置して良いか。 


5 捜査本部の設置や解散(中井国家公安委員長)

現在では、時効完成まで捜査本部が設置されているようだが、時効が廃止されるとなると、捜査本部もいつまで設置されるか。証拠の保存などはどうするか。

時効が廃止や延長されるとなると、捜査態勢の見直しはどうするか、捜査員に対する負担は増加するか。捜査記録の保管や引継ぎはどうするか。


6 可視化法案成立に向けての取組(千葉法務大臣、中井国家公安委員長)

時効が廃止・延長されたりすると捜査が長期化したり、どうしても自白に依存するおそれも出てくる。記憶が薄くなってきているので供述に依存は危険(脱官僚依存が民主党ならば、脱供述依存で客観的証拠を追求すべき)。

社会的正義の実現、犯罪被害者遺族の要望と捜査側の負担、被告人の権利擁護とをどう調整するかという難しい問題がある。諸外国では重罪に関して公訴時効を廃止している国もあるが、日本の場合、刑事被告人側からみて取調べの可視化も検察官手持ちの証拠の開示も不十分であるという実情からして、一方的に時効を廃止することでバランスが失するおそれも考えられる。
何よりもえん罪発生の危険性が増加するのではないか、それに対する防止策としては可視化が一番ではないか。




◆ 2010年 3月 25日

水俣市長と一緒に総理大臣と環境大臣面談

水俣病問題は、3月15日に熊本地裁で裁判所の所見が公表されてから大きく和解に向けて前進してきました。松野もこうした裁判所の動きと連動しながら、しばしば環境省側と協議を重ねてきました。

そして地元水俣市の宮本市長も、5月1日の水俣デーで開催される犠牲者慰霊式に是非とも閣僚に来て被害者に声をかけて欲しいとの思いを伝えるため25日に上京されました。そこで松野のほうでセットして、まずは環境省内で小沢環境大臣と田島副大臣と面談しました。終始和やかな雰囲気で、ほぼ大臣も5月1日には水俣訪問を是非やりたいと言うことでした。

その後、総理官邸をお邪魔して鳩山総理大臣とも面談しました。総理も温かく迎えていただき、総理大臣として初めての水俣訪問には前向きな姿勢が感じられました。犠牲者「慰霊」式には総理としては「異例」であってもお邪魔する方向で検討したいと、親父ギャグでご機嫌宜しく応じてもらえました。やはり鳩山総理は茶目っ気がありますね。宮本市長も大変喜んでおられました。




◆ 2010年 3月 16日

環境委員会における質疑

通常国会が始まり、当初は予算委員会における予算審議ですが、その審議も山場を超え、いよいよその他の委員会で大臣所信に対する一般質疑が3月16日から始まりました。松野も早速手を挙げて質問バッターになりました。

松野の質問はすべて水俣病問題に関するもので、答弁はすべて小沢鋭仁環境大臣です。この日は丁度その前日に熊本地裁で裁判所から一時金210万円などとする所見が示されたばかりであり、時期的にも水俣病問題を取り上げる絶好の機会でした。
大臣の答弁はなかなか慎重でそう簡単には言質を取らせないのですが、鳩山総理の水俣訪問を尋ねると、この点は「十分検討したい」とのその場の雰囲気では前向きに感じられました。

特措法に書かれている「3年以内を目途に」との趣旨をどのように捉えているかとの質問についても、これは迅速に救済手続きを進めるという趣旨で早く打ち切る趣旨ではないといった感じの答弁で、3年の受付期間ということではないようですが、この点は何だか上手に逃げられた感じですね。松野の質問は概略以下のとおりです。

質問内容の概略
  1. さる3月7日に初めて水俣を訪問され、各種施設を視察したり患者団体との意見交換をされたが、どのような印象を持ったか。
    また昨日3月15日に熊本地裁で和解所見が示されたが、大臣の決意はどうか。この所見の中に「責任とおわび」という項目があり、国としても対応が求められる。総理自身が水俣や新潟に赴いて率直なお詫びをしたらどうか。
  2. 被害者救済問題では、裁判原告との和解協議が進められているが、裁判していない被害者らとの協議は同時並行で行うようであるが、被害者が納得してもらうことが大事、そして団体がバラバラになってはならない。
    裁判和解にしても、特措法の適用にしても実質的に公平・平等な取扱が求められると思うがどうか。
    団体加算金問題も発生するが、これまで多額の費用を使っている団体もそうでない団体もあるので実質的公平が必要ではないか。
  3. 汚染地域の居住要件と昭和44年以降は対象外との基準があるが、この拡充はどうか。また新潟水俣病で昭和41年以降対象外との基準の拡充はどうか。熊本の水俣病と新潟水俣病とこうした拡充は同等に行うか。
    熊本、鹿児島では一定範囲の拡充があるが、新潟では指定地域外でも新潟県や新潟市が環境省に問い合わせて例外的に救済するとの取扱がなされ、この点は熊本と違うが、今後は統一的な取扱をするか。
  4. 水俣病特措法第7条第2項で「政府、関係県及び関係事業者は、早期にあたう限りの救済を果たす見地から、相互に連携して、救済措置の開始後3年以内を目途に救済措置の対象者を確定し、速やかに支給を行うよう努めなければならない。」とあるが、「3年以内を目途に」との趣旨をどのように捉えているか。例えばまだ手を挙げている被害者がいるのに3年が経過したから救済手続きを終了させるか。一定の受付期間を設置するのか。
    2006(平成18)年9月19日の「水俣病問題に係る懇談会」の提言「(5)すべての水俣病被害者に対し・・・新たな救済・補償の恒久的枠組みを打ち出すこと」とあり、恒久的というからには短時間で終わってしまうものであってはならないと思うがどうか。
  5. 住民健康調査については要請が強いがどうするか。汚染の度合いなどを考慮して比較調査や一定の悉皆調査などはできないか。
    環境省の委託研究として平成3年3月31日付けで「水俣病対策及び訴訟に関する法的、制度的諸問題の研究」という報告書では「従来の認定制度と切り離した「準救済制度として健康不安者対策を講じることが考えられる。」としている。
    そして「本来、問題の発生時に一斉調査等により個々人の把握、フォローアップすべき問題である・・一斉調査による個々人のリスクの把握等をなしえなかったことが、現在も健康不安が生ずる遠因となっている」「昭和30年代に環境汚染及び健康被害の全容の把握調査を行うことができず・・問題の拡大、複雑化の一つの要因である」
    やはりこうした指摘もあるとおり、一斉調査が必要ではないか。
  6. チッソ分社化について全体として強い不安がある。すべての患者が亡くなるまで安心して生活できるようにすべきだと考えるが、分社化との関係をどのように考えるか。分社化になると、新会社は水俣病から切り離されるし、もぬけの殻になった親会社が補償責任を継続させる。新会社には責任追及はできない。
    そうなると例えば認定患者は、あと20年以上も生き続けることが予想できるが、補償責任の完全履行が本当にできるか不安一杯である。チッソに責任を持って補償責任を遂行させることができるか。
    平成7年の政治解決寺に一時金などで317億円支払ったうち、平成12年にそのうち85%に当たる270億円を免除した。こうしたことを繰り返すか。
  7. 患者の高齢化について、単に介護保険だけでは十分ではない側面がある。何らかの福祉的な措置が必要ではないか。
  8. 国立水俣病総合研究センターについては、実際には被害者救済には役立っていない。研究成果も必ずしも十分に生かされていない。改善が必要ではないか。



◆ 2010年 3月 10日

千葉法務大臣に取調べの全面可視化法案の今国会提出を申入れ

3月10日15時、「民主党取調べの全面可視化を実現する議員連盟」は千葉法務大臣に、「取調べの全面可視化法案の今国会提出を求める申入書」を提出しました。川内博史会長(鹿児島1区)、衆参の取調べの可視化法案提出者でもある松岡徹副会長、辻惠事務局長、地元で志布志事件が起きた鹿児島4区選出の網屋信介衆議院議員、そして法案提出者である私も幹事長として申入れに参加しました。

議連の結成については既にご報告しました(2010年1月28日)が、以来6回の勉強会、集会を通じて確認したことは、法務省(検察)、警察庁とも取調べの全面可視化の必要性は認識していること、ただ全面可視化を実施するにあたっては実務上の課題が存在し検討しなければならないが、それはある程度の施行期間を設ければ十分に対応可能であるということでした。

そうであれば、今国会、是非とも全面可視化法案を政府に提出させるべく(国会では政府が提出する法案を「閣法」と呼びます)、閣法を閣議決定する目途である12日を目前に、千葉法務大臣を大臣室に尋ねました。

千葉大臣はもともと、2008年と2009年の2度、参議院で可決した可視化法案提出者として、ともに法務委員会で答弁に立った同志です。その必要性はこちらが言うまでもなく、むしろ議連は応援団としてバックアップしますと激励してきました。申入れには加藤公一副大臣も同席されました。

なお、議連は同日10時に中井洽国家公安委員会委員長にも同様の申し入れを行いました。残念ながら、同時刻に参議院本会議が開会されたため、松野は申入れには欠席しました。

申 入 れ 書 : PDF版はこちら



◆ 2010年 3月 8日

島根県斐伊川(ひいかわ)水系河川整備事業視察

公共事業チェック議員の会の視察として大河原雅子参議院議員(民主党)や亀井亜紀子参議院議員(国民新党)と一緒に島根県に行ってきました。とても寒い中でしたが、久し振りの島根県訪問です。

島根県の東部を流れる斐伊川は暴れ川で、昭和47年や平成18年に水害も発生しています。その治水対策として巨額な3点セットの工事が進行しています。この公共事業は必ずしも全国注目の的というわけではありませんが、ぜひ見てほしいという地元の亀井議員の要請もあって今回の視察となったものです。

上流部分では、斐伊川には尾原ダム、神戸川には志津見ダムという2つの巨大ダムが建設中で、すでに9割程度は完成しています。このダムと中流部では斐伊川から神戸川に分流堰を作って放流するための放水路も建設中で、これまた放水路はかなり完成に近いし分流堰もまさに進行真っ盛りの状況です。
さらにこうした施設に加えて下流の宍道湖と中海の間をつなぐ大橋川の拡幅をも計画に入っているという。しかし大橋川の拡幅はまだ着手まではしていないようですので、ここまで必要なのかがポイントです。
こんな感じが、亀井議員からの話でした。

朝9時過ぎに出雲空港を出発し、まず最初に斐伊川放水路を視察しました。放水路分流部にて国土交通省中国地方整備局出雲河川事務所より事業概要の説明を受けましたが、その規模の大きさにビックリしました。
また、放水路周辺にはあまり人家は見られませんでしたが、何でこんなに橋が必要なんだろうと思われるほど、全長13キロメートルの放水路に全部で25も橋が架けられていました。これはムダ遣いではないかと早速思われました。
その後、尾原ダムの建設現場に赴いて、ダムサイトの展望台からダムの視察と斐伊川・神戸川(かんどがわ)の総合開発工事事務所より事業概要の説明を受けました。さすがに堰堤90メートルの高さのコンクリートの巨大な塊が目の前にあって壮観でした。ダムはほとんど完成に近い状態で、最後の仕上げに多くの作業員が作業中でしたが、ダムは巨大でしたが、ダムサイトの下流に流れる斐伊川は水流もそれほどなく、小さな川という印象で、ダムの大きさと川の小ささとがいささかアンバランスな感じでした。

尾原ダム視察の後の昼食は、宍道湖と中海の間をつなぐ大橋川を眺めながらとても良い旅館での食事で話も弾みました。昼食後は大橋川周辺視察したあと、松江市長さんや地域住民の皆さんから説明を受けました。いわゆる事業推進派の皆さんと反対派の皆さんの両方から事情をお聞きしました。

率直に私個人の感想を述べれば、今回わざわざ島根まで来ましたが本当に良かったと思いました。
八ッ場ダムや川辺川ダムは全国的にも有名ですが、島根県の斐伊川・神戸川の治水事業は知られていません。しかし事業規模は7200億円にも上る巨額な公共事業であり、本当にどこまで必要な事業なのかチェックが必要です。
上流部の2つのダム、中流部の放水路、下流部の河川整備の3点セットでなければ治水対策にならないとして遮二無二進められていますが、合計7200億円という巨額の公共事業なのであり、3点セットになると日本最大の巨額ダム八ッ場ダムを上回ります。

私自身、まだまだこの問題について勉強不足ですが、ざっと見ただけでも以下のような疑問点があります。

  1. 上流部の2つのダム、中流部の放水路、下流部の河川整備の3点セットでなければ治水対策にならないとした3点セットありきになってはいないか。
    現実問題として上流部の2つのダムと中流部の放水路は完成に近いので今さら止められないが、下流部についてはもう一度振り返る必要があるのではないか。
    ダムと放水路の建設をした後、しばらく様子見ることでも良いのではないか。
  2. 尾原ダムは堰堤90メートルという巨大ダムであり、斐伊川の通常水量からみて本当にこれだけの巨大ダムが必要か。
    もともとは治水ダムではなかったのか、水道用水という利水も加わっているが、水代が高騰するのではないかという疑問に対してどう説明するか。
  3. 尾原ダムの上流には中国電力の発電所のための取水堰が設置されているが、試験湛水のためには取水堰の取水を制限せざるを得ないし、そのためには中部電力に対して補償が必要となってくるが、補償交渉はいまだ不明のようで、この解明が必要だ。
  4. 放水路には必要以上に橋が架けられているが、通行があまりいらないようなのに何故いくつも建設したのか、その費用はどの程度か。
  5. 放水路の管理はどのようにするか、普段の管理と大雨時の管理はどのようにするか、
    神戸川に流すのはどのような状態のときにどの程度流すことになっているか。
    放水路は2000トン流すというが、実際にそのようにシミュレーションしているか。
  6. 下流域では、内水対策が遅れていたため市街地が水害を受けた様に思われる。川幅を広げるよりも内水対策が優先すべきではないか。
  7. 宍道湖と中海両者の統合管理はどのようにするか。中海の大根島の道路の一部開放でも実施して潮流確保することはできないか。

まずは第一歩を踏み出したと思います。今後ともチェックを強める必要性が十分にあると思いながら島根を発ったものでした。




◆ 2010年 3月 1日

熊本県知事に対して荒瀬ダムについての申入れ

蒲島県知事が、荒瀬ダムの水利権許可手続を申請したことは、残念なことでした。そこで今からでもこの申請を取り下げるべきだ、そうしないと新たな混乱が発生しかねないとのことから民主党熊本県連として申入れをすることになりました。

3月1日、別紙のとおりの申入書を知事宛に提出しました。残念ながら蒲島知事ご自身は不在で村田副知事が対応していただきました。民主党熊本県連側は鎌田県議、濱田県議と平野県議でした。

若干のやりとりをしましたが、副知事は今度の県議会でも撤去に向けた予算を作成して審議をしてもらうことになっているので、発電のための水利許可手続きをとったとしてもダム撤去そのものが遅れたり方針が変更されることはないとしきりに強調しておられました。民主党熊本県連側からは、漁協の同意をめぐり、また補償問題をもめぐって新たな紛争が発生するのではないか、発電のためのコストと売電利益を比較すると結局、コスト高になるのではないか、といった問題点の指摘をしましたが、こうした点の疑問は解消されていません。

しかしダム撤去という方針の変更はないことや時期が遅れることはないことなどの確認を取れたことは良かったと思いました。

申 し 入 れ 書
Word版
PDF版



◆ 2010年 2月 22日

浜松市の佐久間ダムなど視察の一日

2月22日は朝から深夜まで視察の一日でした。
まず朝は7時26分東京発の新幹線に乗って浜松まで行って天竜川漁協の皆さんと天竜川佐久間ダムの堆砂状況を視察しました。これは松野が会長を務めている公共事業チェック議員の会に天竜川漁協のほうから視察の要請があったものに応えたもので、民主党の大河原雅子参議院議員と一緒でした。

現地に行ってみて、なるほど天竜川はたくさんのダムがあって、それこそダム銀座であるうえ、佐久間ダムの堆砂のものすごさにビックリでした。天竜川水系最大の発電ダムである佐久間ダムは、高度経済成長が叫ばれる1956(昭和31)年度に竣工して、当時としては日本の近代ダム技術の粋をこらした立派なダムです。建設時には天皇陛下もご覧になられたダムで行幸のときの写真も飾ってありました。

しかし53年後の今日、ダム容積の3分の1超が砂で埋まっています。その堆砂の量のもの凄いこと、例えばダンプカーで毎日何台も活用して除去したとしたらどの程度かかりますかという松野の質問に対して、漁協の役員からはあっさり100年かかるでしょうという返事。でもその返事もなるほどと感じられるほど、自然の川をせき止めたときの上流から日夜休みなく運ばれる土砂は天文学的ともいえるほどの量なのでしょう。

国は今、天竜川河口部の浜松市を水害から守るため、事業主体である電源開発(株)から発電の利水容量の一部を買い取って治水機能を確保し、また排砂バイパスを設けて今後の堆砂問題を解消しようと「天竜川ダム再編事業」を進めています。
総事業費790億円、2021年度完成予定の事業ですが、残念ながらダム事業の検証対象とはなっていません。これはあくまで既存施設の機能増強ということで、ダム建設というわけではないからでしょうが、本当に790億円もかけて排砂バイパスが必要なのか、その効果はどの程度なのかなどもう一度調査検討してみる必要ありと感じられたものです。

実際に見た天竜川は、シルト粘土が混じった水が流されていて、かなり濁っていました。とても清流とは言えませんでした。堆砂対策として排砂は必要ですが、だからといって単純に佐久間ダムを撤去をすることも現実的ではありません。
もう少し時間をかけて、環境影響評価などをしながら検討しなければならないと思いながら帰京しました。

東京に帰ってきたのが夜9時半ころでしたが、休む間もなく午後11時から公共事業チェック議員の会のメンバーなど含む議員5人で東京都の下水道更生管工事の現場視察をしました。
これは、東京都下水道局の千住東幹線(北千住駅近辺)内に入り、老朽化した下水管の内部から管路更生する技術により、路面を掘り返さずに各種パイプの長寿命化を図るSPR工法の現場視察でした。
これからの公共事業は、新たなハコものをドンドン作る時代から作ったものをいかにその寿命を保ちながら維持管理するか、といったことに主眼が置かれるべきものです。メーキングからメンテナンスの時代に突入したと言えます。

その観点に立っての視察でしたが、マンホールから下水道管に入り狭い中で腰を曲げながら老朽化の様子やその再生工事の様子を見ました。下水道も50年以上にもなるとさすがに老朽化が目立ち、これをどう維持管理するかが差し迫った課題だと再認識しました。

狭い下水道の中に入ると、それこそ各家庭から流された糞尿や生活雑排水が流れる中で、その臭いや中腰での姿勢での腰の痛みにも耐えながらの初めての経験でした。

麹町の宿舎に帰って風呂に入り寝たのは夜中の2時を越えていました。長い丸一日視察に自らご苦労さんでしたと言いたいですね。




◆ 2010年 2月 9日

熊本県知事、熊本市長の要望書提出に立ち会う

 2月9日午前中に蒲島郁夫熊本県知事と幸山政史熊本市長が民主党幹事長質宛に要望書を提出されましたが、松野もこれに立ち会って一緒に要望しました。要望の内容は3つです。

@「こうのとりのゆりかご」の支援

「こうのとりのゆりかご」は平成19年5月に熊本市内の慈恵病院に、いわゆる赤ちゃんポストが設置され、これまで51件の利用があった。
この間様々な観点から検証作業も実施され、昨年11月には「こうのとりのゆりかご検証会議」が検証結果を立派な報告書にまとめた。内容的には、児童家庭相談体制の充実、妊娠期からの相談体制の総合的な整備、里親制度や特別養子縁組制度の充実などを訴えています。
この問題は単に熊本だけの問題ではなく全国にまたがる広範な問題であります。ですから国としても法制度上の整理が必要だと思います。

A耕作放棄地再生利用緊急対策に関する要望

耕作放棄地再生利用緊急対策については、熊本は農業県であるし、耕作放棄地対策は極めて重要です。これまでも耕作放棄地を何とか再生利用してきた実績もあるし、例えば小中学校の生徒と一緒になって耕作放棄地での農業体験もやってきた。
子どもたちと一緒になって土いじりをすることは教育としても素晴らしいので、国としても是非とも推進してほしいものです。

B新熊本合同庁舎の整備

新熊本合同庁舎の整備については、熊本駅前に2つの行政棟を建設するものです。現在A棟はほぼ完成していますが、もう一つのB棟の目処が立っていません。しかし駅前という一等地でもあり、熊本の玄関でもありますので是非とも整備をしたいところです。

 当日の要請活動には佐藤、一川、阿久津の三人の副幹事長に対応してもらいましたが、まずまずの感触であったように思いました。今後とも引き続いて取り組んでいきたいと思います。




◆ 2010年 1月 28日

取調の全面可視化を実現する議連結成

1月28日午前11時30分から議員会館内で「取り調べの全面可視化を実現する議員連盟」の設立総会が開催され、松野が幹事長に就任しました。会長は川内博史衆議院議員、事務局長は辻恵衆議院議員です。
当日は、部屋に約40人ほどの国会議員本人、秘書さんたちや日弁連の皆さんも集まり、それこそ立錐の余地もないほど沢山集まってくれました。

当日の集会には、いま話題の足利事件の菅家利和さん、布川事件の桜井さん、氷見事件や志布志事件の冤罪被害者の皆さんも来ていただき、マスコミも注目してテレビカメラも沢山でした。冤罪被害者の皆さんからも口々に密室での取り調べが冤罪の温床になっている、冤罪が二度と起こらないように取り調べの全面録画が必要だと述べていました。
松野も、これまでの民主党における取組を紹介し、2004年以降、ずっと民主党が取り組んできたことや既に2度にわたって参議院では可視化法案を提出して可決していることなどを報告しました。

意見交換の中では、鈴木宗男衆議院議員からは、被疑者だけではなく参考人も可視化しなければならない旨、強く訴えがありました。鈴木議員は自らの体験に基づくものですからなかなか迫力があります。参加者からは、政府のほうが勉強会を立ち上げているようだが、いまさら勉強会をやっている必要はなく、すでに参議院で2度可決している民主党案で十分ではないか、早く実現しようという声で一杯でした。
残念ながら、法務省や警察庁は未だ検討すべき事項があるなどとして勉強会を立ち上げているようですが、これは単なる時間稼ぎではなかろうか。あるいは官僚のペースに乗せられているのではなかろうか、と思います。色々と抵抗の予想される法案を実際に仕上げるのは容易なことではありませんが、この点は、まさに鳩山政権が試される場面でもあります。
色んな政治力も必要でしょうが、あらゆる戦略を駆使して成立にこぎ着けたいと確信した総会でした。




◆ 2010年 1月 14日

前原国土交通大臣に荒瀬ダム撤去を申し入れ

1月14日午後4時20分から約20分間、国土交通省に前原大臣を訪ねて申し入れをいたしました。
申入書は添付のとおりです。

前原大臣に対する要請で明らかになった重要点は以下の通りです。

  1. 荒瀬ダム撤去のについて、すぐに補助金などを給付してダム撤去費用の一部を負担することはむずかしい。しかし現在、ダム撤去の支援を含めた仕組みの検討を省内で検討している。夏頃までに一定の結果を出したい。

  2. 仮に熊本県から水利権の許可申請が出されても、これは単なる更新ではない。新たな水利権設定の申請になる。しかもどんなに急いだとしても現在の水利権の許可期限である3月31日までには水利権の設定許可を出すことはできない。急いだとしても約5ヶ月かかる。

  3. 3月31日までに水利権の許可がなければ、球磨川から取水をすることはできない。新規の水利権設定の許可が出されるまで取水や貯水はできないからゲートを開放して自然の流れのとおり流水させなければならない。

以上の通りの発言でした。
非常に重要なコメントを出してもらって、出席した皆さん(中島代議士、鎌田県議、田中八代市議、亀田八代市議、木村元坂本村長)全員、感激していたようでした。とにかく今回の面談は成果が大きかったものです。無理して時間を取ってでも大臣面談を実現させることができてホントに良かったと感じました。
荒瀬ダム撤去は、本日、山を越えるような大きなポイントを得たようです。

申 入 書
Word版
PDF版




◆ 2010年 1月 9日

夏の参院選に向けて活動開始

1月9日12時30分から熊本市内の新市街アーケードで民主党熊本県連の新年街頭演説会を開催しました。司会は濱田県議です。

まず松野から本年初めての街頭演説の口火を切りました。昨年夏の歴史的な政権交代については、多くの県民の皆様のご支援のたまものであり深く感謝を申し上げました。
鳩山政権が誕生して100日余りが経過しましたが、まだまだヨチヨチ歩きではありますが、確実に政治は変わり始めている、昨年末には事業仕分けで私たちの税金の使われ方を国民の皆様に見ていただいた、こうした政治の透明化は自民党政権のもとではできなかったことであり、また天下りをなくし、税金の無駄遣いを徹底してチェックし、正しく税金を使っていけば必ず消費の拡大、景気の回復につながっていくことを強調しました。
そして最後には、夏の参院選では本田浩一君(42歳)を民主党公認で擁立して闘うこと、参院選は絶対に負けられない闘いであることをも訴えました。

松野に続いて福嶋健一郎代議士が演説し、次に本田浩一君も力強く演説しました。本田君の演説は、熊本生まれの熊本育ちで、政治を志した自らの動機などをも披瀝しながらのものでした。決してこなれた上手な演説というわけではありませんが(もちろん、誰しも最初から上手に演説できるはずはありませんが)、初々しさや爽やかさは感じられるものではないでしょうか。磨きをかければまだまだアピール力が増すことでしょう。

当日、自民党のほうも熊本県内で2人の候補予定者が演説をやっているようで、どちらも夏の参院選を意識して同時スタートといったところ。但し、自民党は松村さんにほぼ決まりで、いまやっているのは何となく出来レースの感は否めませんね。
マスコミも注目していて新市街では、多くの取材陣に取り囲まれての初街頭演説でした。
気分は上々。街頭演説を終わってからは、松野信夫の秘書団と松野頼久議員の秘書さんたちと本田君と交えて食事、お茶しながら早速の作戦会議もしました。本田君も体力十分で積極的に取り組む姿勢を示していました。



ホームページリニューアル後の「活動報告」のバックナンバー
2007年下半期
の活動報告
2008年上半期
の活動報告
2008年下半期
の活動報告
2009年上半期
の活動報告
2009年下半期
の活動報告

参議院議員当選より前(ホームページリニューアル前)の「活動報告」は削除いたしました。