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7月13日朝7時16分東京発の東北新幹線「はやて211号」に乗って仙台に向かい、夜8時に東京に帰ってくるまで宮城県視察をしました。これは民主党復旧・復興委員会としての視察であって、岡田克也幹事長、輿石東参議院会長らとご一緒でした。私は組織委員長代理であり震災対策本部宮城県対策室長という立場でした。
今回の視察は、9月に予定している約10兆円もの第3次補正予算を積算するため、現地を訪問して、地元の皆さんから率直なお話を聞こうというものでした。
まずは仙台駅付近のあしなが育英会の東北事務所でヒアリングを受けましたが、震災でご両親などを亡くした子どもさんたちのお世話をして頂いている方々でしたが、母親を亡くしたり、父親を亡くしたり、あるいは両親とも亡くしたりした子どもが約2000人もいるとの説明に正直ビックリ。今回の震災の悲惨さをマザマザと感じるものでした。
その後は東松島市に赴いて、市長さんからJR仙石線復旧や地域被災住民の高台移転計画について要請を受けました。JR仙石線野蒜(のびる)駅で市長さんから説明を受けましたが、なるほど駅舎も滅茶苦茶に壊すほど津波の被害がものすごかったと実感しました。
その後は石巻漁港や石巻市長さん、石巻商工会議所、石巻水産復興会議の皆さんと意見交換をしましたが、水産業の皆さんからのお話では、水産庁は漁民のことは考えているのに関連の水産加工業のことは考えてくれない、水産庁は、実は「水産庁」ではなく「漁民庁」だというのが印象に残りました。
成る程例えば、第1次補正予算では漁業関係では約2000億円の予算を確保しましたが、そのうち水産加工業には僅か18億円しかなかったというものです。宮城県とりわけ石巻市の漁業を支えているのは水産加工業だというのに、また水産加工団地が壊滅したり、冷蔵冷凍庫も喪失したのに支援がない、との言葉は厳しいものでした。
石巻漁港付近には多くの水産加工会社が集積していて、多数の雇用も生んでいるし、石巻市を支える大きな業界でもあります。こうした企業は、どうしても中小企業庁が支援するという役所の構図になっている関係で、支援の手が乏しいという実感を受けましたので、これはしっかりと第3次補正予算では確保したいと思いながら夜、東京に帰ってきました。
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