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刑法及び刑事訴訟法の改正で時効制度が延長されたり廃止されるという内容の法案ですが、様々な問題点がありますので質問いたしました。
久し振りにホームグランドの法務委員会での質問でしたが、よく知っている千葉大臣に対する質問は何となくやりにくい側面もありました。あまり厳しく責め立てても行けないし、かといって手を抜いても行けないし・・・節度を保ちながら、法案の持つ問題点は一定程度指摘をすることができたのではないかと思います。
質問内容は以下のとおりです。
1 公訴時効制度に対する基本的認識について(千葉法務大臣)
時効制度の趣旨はどのように捉えているか。今回の法改正に当たって時効制度の趣旨に変更があるか。遡及効については憲法39条違反の指摘もある。
公訴時効がある理由は
@証拠の散逸 A被害者・社会の処罰感情の希薄化
B一定期間犯人が処罰されなかった状態の尊重
とされている。
学説的には色々とあるが、政府としては公訴時効がもうけられている趣旨をどのように捉えているか。
今回の法改正で一部時効廃止になっているが、いままでは時効制度が存在することを前提とした制度趣旨の説明であったが、比較的軽い刑は時効存在、一部の重罪は時効不存在となるので、整合性のとれた説明が必要ではないか。
少なくとも一部の重罪については、実体的にも訴訟法的にも従来の説明では理解できない。
今回の法改正施行時点で時効が完成していなければ、新法が適用される改正は憲法39条違反の疑いがある。犯罪行為があった時点では「何年たったら刑事責任を問わない」と法は定めていた。
これを今回の法改正は破るわけで、立法者の意思に照らしても、憲法上の疑義があるのではないか。
法務省は2004年に時効期間を延長しているが、その際にはこの原則を重視し、法施行前に発生した事件に適用するのを見送った経緯がある。また刑の時効でも見送っている。こうした措置との整合性をどう考えるか。
2 今回の法改正を急いだ理由(加藤法務副大臣)
前回の平成16年法改正から時間が経っていないので、せめてその検証まで待つべきではないか。法制審議会の審議のあり方については問題はないか。
公訴時効制度はわが国において長い歴史を持つ定着した法制度(明治13年の治罪法で刑事訴訟法の前身)で、もともと重罪では10年で時効となっていたものが、最長15年になり、長く15年が続いていた。長く定着していたものが、2004年の法改正で25年になった。130年近くも続いた公訴時効制度が大変革されるが、それにしてはもっと慎重な議論が必要ではないか。
社会的正義の実現、犯罪被害者遺族の要望と捜査側の負担、被告人の権利擁護とをどう調整するかという難しい問題がある。諸外国では重罪に関して公訴時効を廃止している国もあるが、日本の場合、刑事被告人側からみて取調べの可視化も検察官手持ちの証拠の開示も不十分であるという実情からして、一方的に時効を廃止することでバランスが失するおそれも考えられる。何故、今回では急いだのか。
法制審の審議自体が不十分ではないか、審議日程も通常国会法案提出に合わせたように決められていた。また法制審答申がでる前から政策会議などで公訴時効廃止を前提の説明もなされてきた。
法制審では、学者委員・幹事について、政権交代と関係なくこれまで同様、法務省の意向に沿う者が選任されている。一部の学者とその弟子とか同じ様な考え方を持つ委員が選任され、バランスを欠いているという批判もある。
民主党が野党時代にまとめた案「法定刑に死刑が含まれる重罪事案のうち特に犯状悪質な事案について、検察官の請求によって裁判所が公訴時効の中断を1回認める制度を提言する。」は何故採用されなかったか。
3 犯罪発生後長期間経過したときの捜査(中井国家公安委員長、加藤法務副大臣)
誤認逮捕の危険が高まるのではないか、現にそうした事例もある。記憶が薄くなってきているので供述に依存は危険、また過度なDNA依存は危険だ。
何よりも初動捜査が重要。警察庁によると、05〜09年に解決した捜査本部事件453件のうち、94%が3年未満で解決、10年以上の2件も早い段階でDNA型採取などで絞り込みが進んでいたケースだった。
捜査当局が発生直後に作成した目撃証言などの調書が、証言者の死亡で証人尋問なしに裁判で証拠認定される可能性がある。また捜査官も亡くなっている可能性もあり、どのような取り調べをしたか記憶も不明瞭になる。それにもかかわらず刑訴法321条の検面調書として採用されるおそれもある。
こうした書面がどんどんと証拠採用されるのは問題ではないか、何らかの歯止めが必要ではないか。
4 警察における捜査態勢について(中井国家公安委員長)
国松長官狙撃事件では去る3月30日に時効を迎えて、警視庁公安部長がオウムの組織的なテロである旨の発言をしているが、時効完成後に特定の団体を犯人であると名指して認定するのは異例ではないか。
名指しするぐらいならば何故起訴できなかったのか。起訴もできなかったような不十分な捜査でありながら犯人呼ばわりをするのはどうか。本来は起訴すらできなかったので謙虚に反省すべきであり、負け惜しみの言い方だ。オウム信者の元巡査長を含む8名が犯行関与を疑われているが、オウムの犯行だと認定するのであれば何故起訴に持ち込めなかったのか、起訴にすら持ち込めなかったような捜査であったにもかかわらず犯人だと非難するのは推定無罪の原則をないがしろにしている。
警視庁公安部長がオウムを名指しするのは、起訴権限も持たない警察としては行き過ぎではないか。基本的には第1次捜査は警察、起訴の有無は検察、有罪無罪の判断は裁判所という構成で刑事司法が成り立っている。
今回の警視庁公安部長の所見はこの仕組みを犯すのものではないか。検察としてこのまま放置して良いか。
5 捜査本部の設置や解散(中井国家公安委員長)
現在では、時効完成まで捜査本部が設置されているようだが、時効が廃止されるとなると、捜査本部もいつまで設置されるか。証拠の保存などはどうするか。
時効が廃止や延長されるとなると、捜査態勢の見直しはどうするか、捜査員に対する負担は増加するか。捜査記録の保管や引継ぎはどうするか。
6 可視化法案成立に向けての取組(千葉法務大臣、中井国家公安委員長)
時効が廃止・延長されたりすると捜査が長期化したり、どうしても自白に依存するおそれも出てくる。記憶が薄くなってきているので供述に依存は危険(脱官僚依存が民主党ならば、脱供述依存で客観的証拠を追求すべき)。
社会的正義の実現、犯罪被害者遺族の要望と捜査側の負担、被告人の権利擁護とをどう調整するかという難しい問題がある。諸外国では重罪に関して公訴時効を廃止している国もあるが、日本の場合、刑事被告人側からみて取調べの可視化も検察官手持ちの証拠の開示も不十分であるという実情からして、一方的に時効を廃止することでバランスが失するおそれも考えられる。
何よりもえん罪発生の危険性が増加するのではないか、それに対する防止策としては可視化が一番ではないか。
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