松野の日々の活動の様子をお伝えします。



◆ 2010年 3月 10日

千葉法務大臣に取調べの全面可視化法案の今国会提出を申入れ

3月10日15時、「民主党取調べの全面可視化を実現する議員連盟」は千葉法務大臣に、「取調べの全面可視化法案の今国会提出を求める申入書」を提出しました。川内博史会長(鹿児島1区)、衆参の取調べの可視化法案提出者でもある松岡徹副会長、辻惠事務局長、地元で志布志事件が起きた鹿児島4区選出の網屋信介衆議院議員、そして法案提出者である私も幹事長として申入れに参加しました。

議連の結成については既にご報告しました(2010年1月28日)が、以来6回の勉強会、集会を通じて確認したことは、法務省(検察)、警察庁とも取調べの全面可視化の必要性は認識していること、ただ全面可視化を実施するにあたっては実務上の課題が存在し検討しなければならないが、それはある程度の施行期間を設ければ十分に対応可能であるということでした。

そうであれば、今国会、是非とも全面可視化法案を政府に提出させるべく(国会では政府が提出する法案を「閣法」と呼びます)、閣法を閣議決定する目途である12日を目前に、千葉法務大臣を大臣室に尋ねました。

千葉大臣はもともと、2008年と2009年の2度、参議院で可決した可視化法案提出者として、ともに法務委員会で答弁に立った同志です。その必要性はこちらが言うまでもなく、むしろ議連は応援団としてバックアップしますと激励してきました。申入れには加藤公一副大臣も同席されました。

なお、議連は同日10時に中井洽国家公安委員会委員長にも同様の申し入れを行いました。残念ながら、同時刻に参議院本会議が開会されたため、松野は申入れには欠席しました。

申 入 れ 書 : PDF版はこちら



◆ 2010年 3月 8日

島根県斐伊川(ひいかわ)水系河川整備事業視察

公共事業チェック議員の会の視察として大河原雅子参議院議員(民主党)や亀井亜紀子参議院議員(国民新党)と一緒に島根県に行ってきました。とても寒い中でしたが、久し振りの島根県訪問です。

島根県の東部を流れる斐伊川は暴れ川で、昭和47年や平成18年に水害も発生しています。その治水対策として巨額な3点セットの工事が進行しています。この公共事業は必ずしも全国注目の的というわけではありませんが、ぜひ見てほしいという地元の亀井議員の要請もあって今回の視察となったものです。

上流部分では、斐伊川には尾原ダム、神戸川には志津見ダムという2つの巨大ダムが建設中で、すでに9割程度は完成しています。このダムと中流部では斐伊川から神戸川に分流堰を作って放流するための放水路も建設中で、これまた放水路はかなり完成に近いし分流堰もまさに進行真っ盛りの状況です。
さらにこうした施設に加えて下流の宍道湖と中海の間をつなぐ大橋川の拡幅をも計画に入っているという。しかし大橋川の拡幅はまだ着手まではしていないようですので、ここまで必要なのかがポイントです。
こんな感じが、亀井議員からの話でした。

朝9時過ぎに出雲空港を出発し、まず最初に斐伊川放水路を視察しました。放水路分流部にて国土交通省中国地方整備局出雲河川事務所より事業概要の説明を受けましたが、その規模の大きさにビックリしました。
また、放水路周辺にはあまり人家は見られませんでしたが、何でこんなに橋が必要なんだろうと思われるほど、全長13キロメートルの放水路に全部で25も橋が架けられていました。これはムダ遣いではないかと早速思われました。
その後、尾原ダムの建設現場に赴いて、ダムサイトの展望台からダムの視察と斐伊川・神戸川(かんどがわ)の総合開発工事事務所より事業概要の説明を受けました。さすがに堰堤90メートルの高さのコンクリートの巨大な塊が目の前にあって壮観でした。ダムはほとんど完成に近い状態で、最後の仕上げに多くの作業員が作業中でしたが、ダムは巨大でしたが、ダムサイトの下流に流れる斐伊川は水流もそれほどなく、小さな川という印象で、ダムの大きさと川の小ささとがいささかアンバランスな感じでした。

尾原ダム視察の後の昼食は、宍道湖と中海の間をつなぐ大橋川を眺めながらとても良い旅館での食事で話も弾みました。昼食後は大橋川周辺視察したあと、松江市長さんや地域住民の皆さんから説明を受けました。いわゆる事業推進派の皆さんと反対派の皆さんの両方から事情をお聞きしました。

率直に私個人の感想を述べれば、今回わざわざ島根まで来ましたが本当に良かったと思いました。
八ッ場ダムや川辺川ダムは全国的にも有名ですが、島根県の斐伊川・神戸川の治水事業は知られていません。しかし事業規模は7200億円にも上る巨額な公共事業であり、本当にどこまで必要な事業なのかチェックが必要です。
上流部の2つのダム、中流部の放水路、下流部の河川整備の3点セットでなければ治水対策にならないとして遮二無二進められていますが、合計7200億円という巨額の公共事業なのであり、3点セットになると日本最大の巨額ダム八ッ場ダムを上回ります。

私自身、まだまだこの問題について勉強不足ですが、ざっと見ただけでも以下のような疑問点があります。

  1. 上流部の2つのダム、中流部の放水路、下流部の河川整備の3点セットでなければ治水対策にならないとした3点セットありきになってはいないか。
    現実問題として上流部の2つのダムと中流部の放水路は完成に近いので今さら止められないが、下流部についてはもう一度振り返る必要があるのではないか。
    ダムと放水路の建設をした後、しばらく様子見ることでも良いのではないか。
  2. 尾原ダムは堰堤90メートルという巨大ダムであり、斐伊川の通常水量からみて本当にこれだけの巨大ダムが必要か。
    もともとは治水ダムではなかったのか、水道用水という利水も加わっているが、水代が高騰するのではないかという疑問に対してどう説明するか。
  3. 尾原ダムの上流には中部電力の発電所のための取水堰が設置されているが、試験湛水のためには取水堰の取水を制限せざるを得ないし、そのためには中部電力に対して補償が必要となってくるが、補償交渉はいまだ不明のようで、この解明が必要だ。
  4. 放水路には必要以上に橋が架けられているが、通行があまりいらないようなのに何故いくつも建設したのか、その費用はどの程度か。
  5. 放水路の管理はどのようにするか、普段の管理と大雨時の管理はどのようにするか、
    神戸川に流すのはどのような状態のときにどの程度流すことになっているか。
    放水路は2000トン流すというが、実際にそのようにシミュレーションしているか。
  6. 下流域では、内水対策が遅れていたため市街地が水害を受けた様に思われる。川幅を広げるよりも内水対策が優先すべきではないか。
  7. 宍道湖と中海両者の統合管理はどのようにするか。中海の大根島の道路の一部開放でも実施して潮流確保することはできないか。

まずは第一歩を踏み出したと思います。今後ともチェックを強める必要性が十分にあると思いながら島根を発ったものでした。




◆ 2010年 3月 1日

熊本県知事に対して荒瀬ダムについての申入れ

蒲島県知事が、荒瀬ダムの水利権許可手続を申請したことは、残念なことでした。そこで今からでもこの申請を取り下げるべきだ、そうしないと新たな混乱が発生しかねないとのことから民主党熊本県連として申入れをすることになりました。

3月1日、別紙のとおりの申入書を知事宛に提出しました。残念ながら蒲島知事ご自身は不在で村田副知事が対応していただきました。民主党熊本県連側は鎌田県議、濱田県議と平野県議でした。

若干のやりとりをしましたが、副知事は今度の県議会でも撤去に向けた予算を作成して審議をしてもらうことになっているので、発電のための水利許可手続きをとったとしてもダム撤去そのものが遅れたり方針が変更されることはないとしきりに強調しておられました。民主党熊本県連側からは、漁協の同意をめぐり、また補償問題をもめぐって新たな紛争が発生するのではないか、発電のためのコストと売電利益を比較すると結局、コスト高になるのではないか、といった問題点の指摘をしましたが、こうした点の疑問は解消されていません。

しかしダム撤去という方針の変更はないことや時期が遅れることはないことなどの確認を取れたことは良かったと思いました。

申 し 入 れ 書
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◆ 2010年 2月 22日

浜松市の佐久間ダムなど視察の一日

2月22日は朝から深夜まで視察の一日でした。
まず朝は7時26分東京発の新幹線に乗って浜松まで行って天竜川漁協の皆さんと天竜川佐久間ダムの堆砂状況を視察しました。これは松野が会長を務めている公共事業チェック議員の会に天竜川漁協のほうから視察の要請があったものに応えたもので、民主党の大河原雅子参議院議員と一緒でした。

現地に行ってみて、なるほど天竜川はたくさんのダムがあって、それこそダム銀座であるうえ、佐久間ダムの堆砂のものすごさにビックリでした。天竜川水系最大の発電ダムである佐久間ダムは、高度経済成長が叫ばれる1956(昭和31)年度に竣工して、当時としては日本の近代ダム技術の粋をこらした立派なダムです。建設時には天皇陛下もご覧になられたダムで行幸のときの写真も飾ってありました。

しかし53年後の今日、ダム容積の3分の1超が砂で埋まっています。その堆砂の量のもの凄いこと、例えばダンプカーで毎日何台も活用して除去したとしたらどの程度かかりますかという松野の質問に対して、漁協の役員からはあっさり100年かかるでしょうという返事。でもその返事もなるほどと感じられるほど、自然の川をせき止めたときの上流から日夜休みなく運ばれる土砂は天文学的ともいえるほどの量なのでしょう。

国は今、天竜川河口部の浜松市を水害から守るため、事業主体である電源開発(株)から発電の利水容量の一部を買い取って治水機能を確保し、また排砂バイパスを設けて今後の堆砂問題を解消しようと「天竜川ダム再編事業」を進めています。
総事業費790億円、2021年度完成予定の事業ですが、残念ながらダム事業の検証対象とはなっていません。これはあくまで既存施設の機能増強ということで、ダム建設というわけではないからでしょうが、本当に790億円もかけて排砂バイパスが必要なのか、その効果はどの程度なのかなどもう一度調査検討してみる必要ありと感じられたものです。

実際に見た天竜川は、シルト粘土が混じった水が流されていて、かなり濁っていました。とても清流とは言えませんでした。堆砂対策として排砂は必要ですが、だからといって単純に佐久間ダムを撤去をすることも現実的ではありません。
もう少し時間をかけて、環境影響評価などをしながら検討しなければならないと思いながら帰京しました。

東京に帰ってきたのが夜9時半ころでしたが、休む間もなく午後11時から公共事業チェック議員の会のメンバーなど含む議員5人で東京都の下水道更生管工事の現場視察をしました。
これは、東京都下水道局の千住東幹線(北千住駅近辺)内に入り、老朽化した下水管の内部から管路更生する技術により、路面を掘り返さずに各種パイプの長寿命化を図るSPR工法の現場視察でした。
これからの公共事業は、新たなハコものをドンドン作る時代から作ったものをいかにその寿命を保ちながら維持管理するか、といったことに主眼が置かれるべきものです。メーキングからメンテナンスの時代に突入したと言えます。

その観点に立っての視察でしたが、マンホールから下水道管に入り狭い中で腰を曲げながら老朽化の様子やその再生工事の様子を見ました。下水道も50年以上にもなるとさすがに老朽化が目立ち、これをどう維持管理するかが差し迫った課題だと再認識しました。

狭い下水道の中に入ると、それこそ各家庭から流された糞尿や生活雑排水が流れる中で、その臭いや中腰での姿勢での腰の痛みにも耐えながらの初めての経験でした。

麹町の宿舎に帰って風呂に入り寝たのは夜中の2時を越えていました。長い丸一日視察に自らご苦労さんでしたと言いたいですね。




◆ 2010年 2月 9日

熊本県知事、熊本市長の要望書提出に立ち会う

 2月9日午前中に蒲島郁夫熊本県知事と幸山政史熊本市長が民主党幹事長質宛に要望書を提出されましたが、松野もこれに立ち会って一緒に要望しました。要望の内容は3つです。

@「こうのとりのゆりかご」の支援

「こうのとりのゆりかご」は平成19年5月に熊本市内の慈恵病院に、いわゆる赤ちゃんポストが設置され、これまで51件の利用があった。
この間様々な観点から検証作業も実施され、昨年11月には「こうのとりのゆりかご検証会議」が検証結果を立派な報告書にまとめた。内容的には、児童家庭相談体制の充実、妊娠期からの相談体制の総合的な整備、里親制度や特別養子縁組制度の充実などを訴えています。
この問題は単に熊本だけの問題ではなく全国にまたがる広範な問題であります。ですから国としても法制度上の整理が必要だと思います。

A耕作放棄地再生利用緊急対策に関する要望

耕作放棄地再生利用緊急対策については、熊本は農業県であるし、耕作放棄地対策は極めて重要です。これまでも耕作放棄地を何とか再生利用してきた実績もあるし、例えば小中学校の生徒と一緒になって耕作放棄地での農業体験もやってきた。
子どもたちと一緒になって土いじりをすることは教育としても素晴らしいので、国としても是非とも推進してほしいものです。

B新熊本合同庁舎の整備

新熊本合同庁舎の整備については、熊本駅前に2つの行政棟を建設するものです。現在A棟はほぼ完成していますが、もう一つのB棟の目処が立っていません。しかし駅前という一等地でもあり、熊本の玄関でもありますので是非とも整備をしたいところです。

 当日の要請活動には佐藤、一川、阿久津の三人の副幹事長に対応してもらいましたが、まずまずの感触であったように思いました。今後とも引き続いて取り組んでいきたいと思います。




◆ 2010年 1月 28日

取調の全面可視化を実現する議連結成

1月28日午前11時30分から議員会館内で「取り調べの全面可視化を実現する議員連盟」の設立総会が開催され、松野が幹事長に就任しました。会長は川内博史衆議院議員、事務局長は辻恵衆議院議員です。
当日は、部屋に約40人ほどの国会議員本人、秘書さんたちや日弁連の皆さんも集まり、それこそ立錐の余地もないほど沢山集まってくれました。

当日の集会には、いま話題の足利事件の菅家利和さん、布川事件の桜井さん、氷見事件や志布志事件の冤罪被害者の皆さんも来ていただき、マスコミも注目してテレビカメラも沢山でした。冤罪被害者の皆さんからも口々に密室での取り調べが冤罪の温床になっている、冤罪が二度と起こらないように取り調べの全面録画が必要だと述べていました。
松野も、これまでの民主党における取組を紹介し、2004年以降、ずっと民主党が取り組んできたことや既に2度にわたって参議院では可視化法案を提出して可決していることなどを報告しました。

意見交換の中では、鈴木宗男衆議院議員からは、被疑者だけではなく参考人も可視化しなければならない旨、強く訴えがありました。鈴木議員は自らの体験に基づくものですからなかなか迫力があります。参加者からは、政府のほうが勉強会を立ち上げているようだが、いまさら勉強会をやっている必要はなく、すでに参議院で2度可決している民主党案で十分ではないか、早く実現しようという声で一杯でした。
残念ながら、法務省や警察庁は未だ検討すべき事項があるなどとして勉強会を立ち上げているようですが、これは単なる時間稼ぎではなかろうか。あるいは官僚のペースに乗せられているのではなかろうか、と思います。色々と抵抗の予想される法案を実際に仕上げるのは容易なことではありませんが、この点は、まさに鳩山政権が試される場面でもあります。
色んな政治力も必要でしょうが、あらゆる戦略を駆使して成立にこぎ着けたいと確信した総会でした。




◆ 2010年 1月 14日

前原国土交通大臣に荒瀬ダム撤去を申し入れ

1月14日午後4時20分から約20分間、国土交通省に前原大臣を訪ねて申し入れをいたしました。
申入書は添付のとおりです。

前原大臣に対する要請で明らかになった重要点は以下の通りです。

  1. 荒瀬ダム撤去のについて、すぐに補助金などを給付してダム撤去費用の一部を負担することはむずかしい。しかし現在、ダム撤去の支援を含めた仕組みの検討を省内で検討している。夏頃までに一定の結果を出したい。

  2. 仮に熊本県から水利権の許可申請が出されても、これは単なる更新ではない。新たな水利権設定の申請になる。しかもどんなに急いだとしても現在の水利権の許可期限である3月31日までには水利権の設定許可を出すことはできない。急いだとしても約5ヶ月かかる。

  3. 3月31日までに水利権の許可がなければ、球磨川から取水をすることはできない。新規の水利権設定の許可が出されるまで取水や貯水はできないからゲートを開放して自然の流れのとおり流水させなければならない。

以上の通りの発言でした。
非常に重要なコメントを出してもらって、出席した皆さん(中島代議士、鎌田県議、田中八代市議、亀田八代市議、木村元坂本村長)全員、感激していたようでした。とにかく今回の面談は成果が大きかったものです。無理して時間を取ってでも大臣面談を実現させることができてホントに良かったと感じました。
荒瀬ダム撤去は、本日、山を越えるような大きなポイントを得たようです。

申 入 書
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◆ 2010年 1月 9日

夏の参院選に向けて活動開始

1月9日12時30分から熊本市内の新市街アーケードで民主党熊本県連の新年街頭演説会を開催しました。司会は濱田県議です。

まず松野から本年初めての街頭演説の口火を切りました。昨年夏の歴史的な政権交代については、多くの県民の皆様のご支援のたまものであり深く感謝を申し上げました。
鳩山政権が誕生して100日余りが経過しましたが、まだまだヨチヨチ歩きではありますが、確実に政治は変わり始めている、昨年末には事業仕分けで私たちの税金の使われ方を国民の皆様に見ていただいた、こうした政治の透明化は自民党政権のもとではできなかったことであり、また天下りをなくし、税金の無駄遣いを徹底してチェックし、正しく税金を使っていけば必ず消費の拡大、景気の回復につながっていくことを強調しました。
そして最後には、夏の参院選では本田浩一君(42歳)を民主党公認で擁立して闘うこと、参院選は絶対に負けられない闘いであることをも訴えました。

松野に続いて福嶋健一郎代議士が演説し、次に本田浩一君も力強く演説しました。本田君の演説は、熊本生まれの熊本育ちで、政治を志した自らの動機などをも披瀝しながらのものでした。決してこなれた上手な演説というわけではありませんが(もちろん、誰しも最初から上手に演説できるはずはありませんが)、初々しさや爽やかさは感じられるものではないでしょうか。磨きをかければまだまだアピール力が増すことでしょう。

当日、自民党のほうも熊本県内で2人の候補予定者が演説をやっているようで、どちらも夏の参院選を意識して同時スタートといったところ。但し、自民党は松村さんにほぼ決まりで、いまやっているのは何となく出来レースの感は否めませんね。
マスコミも注目していて新市街では、多くの取材陣に取り囲まれての初街頭演説でした。
気分は上々。街頭演説を終わってからは、松野信夫の秘書団と松野頼久議員の秘書さんたちと本田君と交えて食事、お茶しながら早速の作戦会議もしました。本田君も体力十分で積極的に取り組む姿勢を示していました。




◆ 2009年12月 24日

公共事業チェック議員の会の視察

松野が会長をしている「公共事業チェック議員の会」は新しく役員人事を編成しましたので、その最初の視察を12月24日に行いました。東京都江戸川区に事業計画されているスーパー堤防と千葉県船橋市の三番瀬をそれぞれ視察しました。
チェック議員の会の役員会では、年内のうちにどこに視察に行くか検討しましたが、年末でもあるので遠くに行くのは厳しいだろうということもあり、また本当に全部のスーパー堤防事業を完成するとなると10兆円以上も考えられるというとんでもない高規格堤防事業を一度見てみようということで、ここを選択したものです。

久し振りに東京下町の東京湾に近い海抜ゼロメートル地帯を訪れました。ここでは大雨時には浸水被害も予想される荒川と江戸川両岸について、従来の堤防から100メートル以上にもわたる幅で地盤全体をかさ上げするなどする、通称スーパー堤防事業が進行中なのです。
しかし現地を見てみると、要するに住宅密集地の区画整理と堤防設置を組み合わせてやっているわけです。何故一緒にやっているか聞いてみると、東京都の江戸川区で進める区画整理を実施する中でスーパー堤防事業とも組み合わせると、事業費の95%は国が負担するので、江戸川区の負担は5%に留まるというわけです。それならば、区としては安上がりで区画整理と堤防設置が同時に完成するということで、無理してでも一緒にやろうということになるわけです。

この構図は、国営川辺川土地改良事業と全く同じですね。当初は相良村の高原台地の用排水事業だけだったものが、事業面積4000ヘクタール以上になると国営として国のほうで費用のほとんどは面倒見てくれる、だから無理してでも面積を拡大してでも国営を目指したわけですね。
今回視察したスーパー堤防事業でも、江戸川区が実施する区画整理だけであるならば、区の負担で実施するはずですが、これと堤防設置と一緒にやればほとんど国が負担してくれるということですから、これでは無理してでも国の言うとおりスーパー堤防事業をやろうとなるわけです。
ところが現地に行ってみるとJR総武線の通っている江戸川の河川敷には幅広く野球場も設置されていて、これだけ広い河川敷があるのであれば、まずスーパー堤防事業を実施する必要はないだろうという印象を強く持った次第です。この点は私だけではなく、参加した8人の国会議員全員が確信したのではないかと思います。
また荒川の川近くのお寺のご住職や近所の皆さんの話を聞けば、長年生活してきて今まで一度も堤防を越水したことはないとのこと。由緒あるお寺は400年も前から建立されているとのことで、治水上は問題ないとのこと。まさに無駄な事業だという気がしました。

午後からは千葉県の東京湾でもはや最後に残された干潟である三番瀬を見てきました。ここはラムサール条約の登録湿地にして是非とも残したいという気持ちを強く持ったところです。




◆ 2009年12月 6日

志布志で取調べの全面録画を求める集会に参加

久し振りに鹿児島県志布志市を訪れ、取調べの全面録画を求める集会に参加しました。志布志はかって公職選挙法違反事件で全員無罪を勝ち取った地であり、衆議院議員時代にも訪れた思い入れの場所です。
当日は、この志布志事件の冤罪被害者だけではなく、足利事件の菅家利和さん、甲山事件の山田悦子さん、布川事件の桜井昌司さん、氷見事件の柳原浩さんらも出席してそれぞれの体験を語り合いました。

正直言って、この有名な冤罪事件の4名もの冤罪被害者が一堂に会したのは画期的なことです。しかも場所は鹿児島の志布志という田舎(失礼!)ですからなおさらですね。鹿児島県弁護士会の熱意に感謝、感激です。
皆さんそれぞれに、自分のような被害者を出さないためにも可視化をぜひ実現してほしい。可視化だけではなく代用監獄も問題だと述べておられました。まずは取り調べ状況の全面的な録画・録音が司法の公正化を図る第一歩という認識では全く一致したと思います。聴衆は約1000人弱で会場はほぼ満員。

 志布志事件で「踏み字」を強要された川畑幸夫さんも発言され、「密室で親や子どもの名前が書かれた紙を何度も踏まされ、ひどい苦痛を受けた。取り調べをされるまでは、警察はうそをつかないと信じていたが、裁判での警察の主張はうそで塗り固められたものだった」と実体験を生々しく話しておられました。

 国会議員は全部で9人の参加。民主党からは鹿児島から網屋、打越、大阪から辻の各衆議院議員、参議院からは松岡、峯議員などでした。
みんな、冤罪被害者からの熱い語らいと会場からの熱心な激励や応援に心を打たれた様子でした。

当日は、志布志事件被害者の藤山忠さんから、鳩山首相らに取り調べ全面可視化などを求める要請書をいただきました。
この要請書を踏まえ、今回の集会の雰囲気をも千葉法相などにも伝えて、何としても来年の通常国会には可視化法案を成立させたいとの思いを強くして会場を後にしました。




◆ 2009年11月 26日

「公共事業チェック議員の会」会長に就任

11月26日に「公共事業チェック議員の会」総会が開催され、松野が会長に選任されました。チェック議員の会は数ある議連の中でも歴史と伝統もあるし、なにより「行動する議連」の代表格です。
これまで歴代の会長は、中村敦夫参議院議員、佐藤謙一郎衆議院議員、鳩山由紀夫衆議院議員など錚々たるメンバーです。前会長の鳩山民主党代表が総理大臣になりましたので、さすがに議連の会長を続けることができなくなったわけです。そのため後任を探していたのですが、結局、松野が引き受けることになった次第です。
これまでの会長に比べると力量の差は歴然としていますが、引き受けることになった以上、これまでの会長に負けないくらいに議連をまとめて活発な活動をやっていきたいと思います。

総会当日は、荒井聰衆議院議員から記念講演「公共事業の今日的意味を考える」がありましたが、これからの公共事業はこれまでのように道路、ダム、橋梁、空港を作り続けるのではなく、今ある社会インフラをどのようにマネージメントするかが重要になるという内容でした。
聴いていた多くの会員からも、良く理解できた、重要な指摘であり賛成だ、などという賛辞が多数寄せられました。確かに荒井議員指摘のとおり、例えば橋梁にしても戦後建設されたものはもうそろそろ寿命が来ることになり、世界各地でも橋梁倒壊の事件が発生するほどです。日本でも橋梁、トンネル、道路など維持管理をいかにしていくか、これからの公共事業を考える上で重要なポイントだと思います。

チェック議員の会としても、こうした問題にしっかりと取り組んでいきたいと考えます。確かにチェック議員の会は超党派といいながら、民主党が中心になりますので、政権交代して与党になった以上、公共事業チェックは不要になるのではないかという意見がないわけではありませんが、政府与党が気がつかない点を追及することも重要なことです。

なお当日決まった役員、これまでの活動報告などは以下のとおりです。


役  員

・会  長
・会長代行
・副会長
  同
  同
・幹  事
  同
  同
  同
  同
  同
・事務局長

松野 信夫(民主・参) 新任
近藤 昭一(民主・衆) 留任
岡崎トミ子(民主・参) 留任
佐々木憲昭(共産・衆) 留任
近藤 正道(社民・参) 留任
若井 康彦(民主・衆) 新任 
武内 則男(民主・参) 新任  
仁比 聡平(共産・参) 留任
服部 良一(社民・衆) 新任
亀井亜紀子(国民・参) 留任
川田 龍平(無所属・参)新任
大河原雅子(民主・参) 新任


活 動 報 告

2008年

 12月17日

総会 ・活動報告、会計報告、次年度活動計画(事務局長より)
水源開発問題全国連絡会より活動報告
高尾山の自然を守る市民の会よりヒアリング
内閣府、国土交通省、市民団体より泡瀬干潟関連ヒアリング

2009年

 1月22日

内閣府、環境省、市民団体より泡瀬干潟問題についてヒアリング

 1月23日

「地震と原発」プロジェクトチーム
原子力保安院より柏崎刈羽原発の基準値振動の評価についてヒアリング

 1月29日

内閣府柴田雅人審議官へ泡瀬干潟への浚渫土砂処分の即時中止を申し入れ

 2月5日〜6日

沖縄県泡瀬干潟視察
視察議員 : 松野信夫、仁比聡平、亀井亜紀子、今野東、外山斎、喜納昌吉、川田龍平(以上、参議院議員)
代理参加 : 鳩山由紀夫会長、保坂展人事務局長(以上、衆議院議員)

 3月12日

内閣府岡本芳郎大臣政務官へ沖縄泡瀬干潟への浚渫土砂処分等の即時凍結を申し入れ(視察報告書を提出)

 3月13日

国土交通省岡田直樹大臣政務官へ沖縄泡瀬干潟への浚渫土砂処分等の即時凍結を申し入れ(視察報告書を提出)

 6月2日

内閣府、国土交通省、環境省より泡瀬干潟護岸補強工事の再開についてヒアリング

 6月29日

「地震と原発」プロジェクトチーム
原子力安全保安院・日本原燃より六ヶ所村再処理工場に関するヒアリング

 10月5日

新人議員勧誘を兼ねた「八ッ場ダム中止に向けての学習会」
八ッ場ダムをストップさせる市民連絡会、八ッ場あしたの会よりヒアリング




◆ 2009年11月 24日

参議院環境委員会で水俣病問題の質問

臨時国会も終盤を迎えましたが、ようやく質問する機会を得ました。

早速、小沢環境大臣と田島副大臣に質問をしました。これまでは野党でしたので、政府を追及する質問でしたが、与党になりましたので追及するというよりも提案型の質問を心がけました。

単なるヨイショでは面白くないし、あまり追及しても良くないし、案外やりにくいものでしたが、まずまずといった感じでしたね。

質問の流れは以下のとおりです。

(大臣)

1 水俣病特措法に基づいてキチンとした被害者救済を図っていかなければならないが、大臣の決意を聞きたい。

(副大臣)

2 政府の策定する救済措置の方針はどの程度進んでいて、今後はどのようなスケジュールで策定する予定か。

3 特措法ではチッソという公害企業を分社化するレールを引いている。分社化よりも被害者救済を優先させるべきだと考えるが、この関係をどのように考えるか。

4 法37条での調査の規定を活用して汚染地域の住民健康調査を実施する考えはないか。1市町村内の字単位辺りで住民健康調査などはどうか。

5 被害者救済問題では、これまでの水俣病総合対策医療事業での汚染地域の居住要件と公健法に基づく治療研究事業での汚染地域の居住要件とではズレがある。同じように医療費の給付をするのにズレを放置するのは問題であり、今回の救済は広げる方向で考えるべきだがどうか。

答弁は、まあまあといった感じです。事前に、あまり期待とおりの答弁はできないかもしれませんよとの副大臣からの示唆もありましたが、まあまあでしたね。これからも何度も質問する機会もあるでしょうから、まずは無難な出発でした。




◆ 2009年10月 22日

環境大臣らに水俣病問題で申し入れ

10月22日午後4時から約30分、環境大臣、副大臣、大臣政務官らいわゆる政務三役と水俣病問題で要請活動をしました。新大臣になってこうした水俣病問題で要請するのは初めてのことでした。
申入れは、民主党環境部門環境健康被害対策小委員会水俣病対策作業チーム等で水俣病問題の解決に取り組んできたメンバー4人で行いました。私から小沢大臣に申入書を手渡して若干の説明を行った上で、意見交換をしました。
お互いに気心は知れているところですが、やはり政府の大臣ですから、いきおい言葉も慎重に選んでいる様子はうかがえました。

小沢大臣も申入書に記載した4つの項目については、いずれも了解できるとのことでした。本来ならばもっと早くこうした意見交換をすべきであったが、新政権発足後、とにかく時間に追われて遅くなってしまい申し訳ないとの率直なお話しもありました。

そして大臣自ら現地視察をしてほしいとの要請については、10月31日辺りに田嶋副大臣が現地に行ってしっかり患者さんたちから話を聞く方針であるとのことでした。私も、とりあえずは副大臣が現地視察することでよいが、いずれタイミングを見て大臣自ら訪問をしてほしい旨をお話ししましたが、これも大臣としては時間を作って行きたいとのことで大臣の意欲を感じ取りました。
私からは新潟にも訪問してほしいとお話ししましたが、田嶋副大臣からは水俣の次には新潟にも行きたいとのことで、これも近いうちに実現しそうです。

救済の内容については、さほど突っ込んだ話はしませんでしたが、早期にかつ慎重に進めるべきだという点では一致したと思います。まずは初めての申し入れということでまずまずの成果であったと思いました。
その他、私のほうから一時金などの具体的金額は極めてデリケートな問題であり、十分に被害者団体との信頼関係を構築しながら進めないとかえって紛糾しかねない危険性があることも指摘しました。この点は十分分かるので信頼関係の構築のため、何度でも多方面から接触するし、実際に接触を続けているとの説明もありました。

その他、水俣病問題に取り組んできた与党議員も汗を流す覚悟だから、強力な応援団以上の存在として活用してもらうよう説明し、政務三役も検討することになりました。これからも、このような意見交換を続ける必要性を認識しながら和やかに懇談は終了しました。

当日提出した申入書を参照してください。

当日提出した申入書
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◆ 2009年10月 14日

有明海再生で農水大臣に申入れ

民主党国会議員で構成する「有明海の再生を考える議員の会」(会長は古賀一成衆議院議員、事務局長が松野信夫)という議員連盟があり、これまで有明海の再生を目指して農水省、地元住民、裁判を戦っている原告団、弁護団などからヒアリングを行ったりしてきました。
主には九州山口の国会議員が中心となっていますが、やはり諫早湾の干拓事業問題は避けて通れない課題です。そこで、佐賀県の原口一博総務大臣や大串博志財務大臣政務官も大変熱心に参加してもらっています。
残念ながら長崎県の議員はこれまで諫早湾干拓事業を推進してきた立場もあるので、なかなか難しいところではあり、その意味では有明海を豊かな海に取り戻したいとの思いは共通であっても政治的には微妙な立場になっています。

有明海の再生を考える議員の会では、かねてから諫早湾の潮受け堤防の開門を求めてきましたが、これまでは野党ということでもあり、農水大臣に直接申し入れることはできませんでした。しかし赤松農水大臣誕生ということで、この際直接申し入れた方が良いと考え、10月14日午後に実現することができました。

当日は、古賀会長、松野事務局長、大串衆議院議員、川崎参議院議員、藤谷参議院議員なら出席し、相手はそれこそ大臣一人です。通常の大臣申入れにはぴったりと官僚が付いているケースが多いのですが、この日はまさに大臣室に大臣一人ということでした。
申入れは和やかでしたが、昔は有明海は本当に豊かな海で魚介類が沢山とれたり、有明海にしかいない魚介類も多くあったがこれらが激減している被害状況なども説明していました。また潮受け堤防で仕切られた調整池の水は、計画当初では営農のために水が大量に必要だと言いながら、実際には調整池からの取水はさほど必要ではないということが明らかになっていますので、開門しても問題ない点をも説明しました。大臣も熱心に聞いてもらったと思います。

私からは是非とも現地視察をしてほしい、調整池と外海との違いをご自身の目で見てほしいと要請をしました。大臣からは視察に行くとの返事は貰えませんでしたが、多少はその気になったのではないかとも感じました。もう少し環境が整えば行けそうな気がしましたので、まずまずといった感じでしょう。

大臣からは、長崎県や長崎の国会議員に対する配慮を願いたいとの要請もありましたので、この点についても、同じ民主党の議員仲間でもあることだし、何とか腹を割った話を進めたいとも思っています。

当日提出した農水大臣宛の申入書は以下の添付のとおりです。

別紙添付:農水大臣宛の申入書
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◆ 2009年8月 18日

衆議院総選挙がスタート

いよいよ天下分け目の大決戦である衆議院総選挙が公示されました。
私は18日は朝から晩まで熊本県内を走り回りました。まず午前10時からは第2区の福嶋健一郎君の熊本出陣式に出席しました。

挨拶内容は以下の通りです。

いよいよ本日、真正面から「政権交代」の是非を問う、歴史的な衆院総選挙の火ぶたが切って落とされました。戦後日本で初めて政権選択が迫られる選挙です。94年に実現した小選挙区制導入を軸とする政治改革から15年を経て、5回目の総選挙にしてようやく政権交代が目の前に迫ってきました。
今回の総選挙は、日本の政治史上、必ず画期的と評される選挙になることは間違いない。いやそうしなければならない。これから12日間、日本の政治史上に特筆される政治ドラマが始まります。
私はこのような政治ドラマ選挙に民主党県連代表として関与できることに大いなる喜びを感じていますし、重大な責任も感じています。
バブル経済破綻後、国民生活を破綻に導いてきた自公政権を打ち倒し、「国民の生活が第一」の新しい政権による新しい政治を始めなくてはなりません。
今日本に必要なものは政権交代であり、政治のチェンジである。必ず勝ち抜いて国民の期待にしっかりと応えて行かなくてはなりません。候補者が死力を尽くして先頭を突っ走りますし、民主党県連がこれを支えていきます。しかし本当に支えていただくのはチェンジを求める国民の皆さんです。
候補者はもとより私たちも国民を信じて戦って参ります。最後までお支えくださるようお願いして訴えといたします。

といった感じです。
その後阿蘇に向かい、午後1時からの阿蘇市内での第3区後藤英友君の阿蘇出陣式に出席。さらに午後3時からは菊池市内での菊池出陣式に出席しました。
後藤君は、阿蘇では肥後の赤牛を引っ張って登場、菊池では菊池米を軽トラックに乗せて自ら運転して登場。なかなかのパフォーマンスでした。

さらに午後6時30分からは熊本市内辛島町での第1区松野頼久候補の出陣式に出席。辛島公園を参加者が埋め尽くしていて、1000人から2000人も集まっていたでしょうか。すごい熱気でした。

さらに電車に乗って荒尾に駆けつけ、民主党の岡田幹事長と一緒に福嶋君の演説会に出席しました。荒尾シティーホール満杯の聴衆で400人から500人ほど集まっていただきました。それだけ政治を変えようという熱気があふれることで、有り難いことです。

走り回っていささか疲れましたが、どの会場も熱気ムンムンで、この調子でいけば3人ともいけるんじゃないかと嬉しくなりながら荒尾から熊本に帰ってきました。
いよいよ選挙が始まったという思いを強く感じながら私も候補者に負けるわけにはいかない、候補者も頑張るならば私も負けられない。さあ12日間の戦いが始まりました。




◆ 2009年8月 12日

総選挙勝利総決起集会

8月12日は、朝は福嶋健一郎君と一緒に田崎市場内の会社で朝礼に参加させていただき、挨拶をいたしました。福嶋君自身ではまだ朝礼をセットすることが難しいようなので、私のほうでお願いをしてセットしたものです。
その後は約1時間半かけて田崎市場内を挨拶して駆け巡りました。暑い中で挨拶をしながら動き回るのはなかなかきついものです。とりわけ福嶋君は大柄でもあるせいでしょうか、少し動くだけでダラダラと大汗をかいていました。シャツもズボンも色が変わるほど。元々汗かきなのかもしれません。同じように動いている私のほうはそれほどではありません。まあ体質の違いでしょうか、体力の違いでしょうか?

昼からは前川清成参議院議員(奈良県選出)が熊本まで応援に来てくれましたので、一緒に玉名のほうで集会に参加したり、街頭演説をしたりしましたが、前川さんも熊本の暑さにいささか戸惑っている様子です。奈良よりか遙かに暑いことは間違いないですね。

夕方6時からは県民交流会館パレアで総選挙勝利総決起集会を県連主催で行いましたが、ほぼ会場満杯の約500人ほど集まっていただきました。企業によってはすでにお盆休暇に入っているところもあって、参加者がどうかなと多少は心配していましたが、やはり皆さん関心が高いのでしょう。

熊本第1区から5区までの予定候補者も全員集合で、大いに意気揚がりました。県連主催でしたので、私が最初の主催者挨拶だけでなく、5人の予定候補者の挨拶後「頑張ろう」音頭取りをしましたが、これは久しぶりでした。
「頑張ろうコール」をちょっとでもとちると大恥をかきますので、少しは緊張しましたが、無事終了。

そして「頑張ろうコール」の後、民主党のマニフェストの説明会をも実施しました。民主党副代表の川端達夫衆議院議員に来ていただいてマニフェストの要点を説明してもらい、その後会場からの質問を受けましたが、何人もの方々から手が上がりました。やはり多くの皆さんがマニフェストに関心を持っておられることが分かります。
回答は、川端副代表だけではなく前川参議院議員も私も分担して行いました。私からは、医療問題や刑事裁判問題に関しての質問に回答させてもらいました。色んな質問を出してもらえることは有り難いことです。また私たちにとっても大いに勉強になります。

さあ、この総選挙勝利総決起集会が終了すると盆に入りますが、盆明け後はもう総選挙の公示です。
政権交代実現は目の前だ。




◆ 2009年8月 6日

中島隆利さんらと5区内を一巡り

8月6日は、社民党熊本県連副代表で衆議院選挙第5区の予定候補者である中島隆利さん、民主党参議院議員大島九州男さんらと一緒に街頭演説をしながら八代、人吉、水俣を一巡りしてきました。
大島さんが前日の8月5日から熊本に来ていただきましたので、一緒に第5区の応援に入ったのです。

午前8時半頃には民主党県連のバスで八代事務所を出発して、まずは人吉へ。バスの中からは3人が交代しながら、民主党の政策などをマイクで話しながら行きました。民主党のバスでしたので、社民党公認の中島さんにとってはいささか抵抗があったのかもしれませんが、まあ、そんなことを気にする人でもないから、中島さんも一緒になって、「こちらは民主党の政策広報カーです。」などと話していました。

人吉では最初にスーパーマーケット駐車場と定番の鍋屋本館前の2カ所と街頭演説を行いました。やはり鍋屋本館前では割合多くの皆さんが来ていただいて嬉しいことでした。
最初に私が、次に大島さんが、最後に中島さんがそれぞれ演説しました。この順番はその後も同様で、人吉の後は水俣に入って水俣市役所前やMsシティー前で街頭演説を行いましたが、とにかく暑い。演説していると背中をツツーと汗が流れ落ちるのが分かります。日陰に入ると多少は楽ですが、まともに陽に当たるとクラクラするほどでした。それぞれ演説時間は一人5分程度でしたからまだしも、これが一人15分でもやろうものなら、聞いてくれている聴衆にも申し訳ないほどでした。

最後は水俣から八代に戻って、八代駅前と本町3丁目交差点で街頭演説でしたが、やはり八代が一番盛り上がった感じです。八代ですと、中島さんが元八代市長でしたから、知り合いも多く、手を振ってくれる人も沢山でした。また通行する車の中から声援を送ってくれる人も多くて、この点はうれしくて元気が出るものでした。

今日の街頭演説は、全部で6カ所でしたが、全体として雰囲気も良くて元気が出るものでした。暑さにはいささか参りかけましたが、やはり選挙ともなるとそうも言っておれません。暑さを吹き飛ばして皆さんの応援をもらって、中島さんもまた元気が出た様でした。ホントにお疲れ様でした。




◆ 2009年7月 29日

民主党鳩山代表と並んで応援演説

マルショク白藤店駐車場

7月29日午前11時40分からは、マルショク白藤店駐車場にて鳩山代表と一緒に民主党第2区予定候補福嶋健一郎君の応援演説をしました。なかなか梅雨が明けない中で当日も朝から雨が降り続いていましたので心配しました。しかし幸運なことに11時過ぎから何とか雨も降り止んで助かりました。
駐車場には400人程の皆さんが集まってくれて、熱気ムンムン。私が演説して、熊本から政権交代をと叫んで、その後福嶋君が話していたところに鳩山代表が到着して、早速熱のこもった演説が約20分。熊本県警と見られるSPも沢山配置されていた、さすがに政権交代実現が視野に入ってきて鳩山総理になりそうな雰囲気をこうしたSP配置からも感じられます。その後は街宣カーを降りて握手攻め。

昼食はラーメン

12時半にはマルショク白藤店駐車場を出発して、菊陽町に向かいました。お昼は午後1時15分から菊陽町のラーメン火の国文龍でした。熊本で一番と言っていいくらいこってりしたラーメンで、実は私は数日前に試食済みではありましたが、あまりのこってりさに鳩山代表もいささかびっくりした感じでしたが、こんなに個性的なラーメンははじめてと言っておられました。
食事後、お店の人たちと記念写真撮影。またマスコミからは鳩山代表に対してラーメンの味はどうでしたか、という質問が飛んで来ていましたが、鳩山代表はしっかりグーのサインをだしていました。
私もこうしたこってりラーメンも好きですね。替え玉まで注文してしっかり食べました。

菊陽町民体育館

午後2時からは菊陽町民体育館で約500人の聴衆でこれまた熱気ムンムン。私の演説に続いて第3区予定候補者の後藤英友君が決意を表明して、やはり最後は鳩山代表の演説ですが、皆さんホントに熱心に聞いてくださいました。とにかく今の自公政権を変えなければ日本はどうにもならないとの思いは共通のものですし、しかもしっかり根強い思いだということがヒシヒシと伝わってきます。
鳩山代表は一昨日、民主党のマニフェストを自ら発表したばかりですが、その民主党の政策の中で自民党から攻撃されている財源論についてはやはり意識しているのか、十分に財源はある旨繰り返しておられました。それでも段々とマニフェスト選挙になっていくことはとても良いことで、まもなく発表される自民党マニフェストとしっかり比べて選択してほしいものです。




◆ 2009年7月 7日

環境委員会で水俣病特措法案に対する質疑に立つ

私はもともとは法務委員会の委員ですが、やはり水俣病問題ですので委員の差し替えをしてもらって50分間の質疑をしました。質疑の相手は、もっぱら発議者代表の自民党園田博之衆議院議員と環境省でした。
あっという間に50分が過ぎてしまい、必ずしも十分ではありませんでしたが、最低限、確認すべき箇所は確認をとったつもりです。ホントはもっと質問したかったし、他にも質問事項を用意していたのですが、3分の2程度しかできませんでした。それでもやはりこの法案の問題点が浮き彫りになった気が致しました。
水俣病問題はまだまだ続きますから、これからも積極的に関与し続けます。

第1 チッソ分社化について

  1.  今回の法案は結果的にチッソという公害企業を分社化するレールは引かれたが、被害者補償や救済については先送りしたにとどまるもので、肝心の救済内容は曖昧なまま。やはり加害者優先で被害者後回しという仕組みではないか。
    本来被害者救済の問題と分社化の問題は全く別の問題。何故、公害企業を分社化しなければならないのか、その理由は何か。
  2.  法9条第2項で、チッソの事業再編計画の認可はチッソが「一時金の支給に同意していること」を条件にしているが、被害者らが同意することは不要か。
  3.  法12条で、補償賦課金や借入金債務の返済など記載されている全ての債務返済ができなければいつまでも株式譲渡はできないか。事業会社の株式譲渡によってどの程度の譲渡益を予定しているかという問題は、与野党協議もなされたが、結局、よく分からない。そうなるとその前に2000年の時のように公的債権の免除することはないか。
  4.  法13条で、救済の終了としているので、水俣病被害者の一人でも裁判が続いている限り、株式譲渡はできないか。要するにもぬけの殻の親会社と全部の資産の譲渡を受けた事業会社との分離が永遠に続きかねない、いびつな格好。また詐害行為取り消し権や否認権を認めないなど債権者の重大な権利侵害がひどいから違憲の疑いすらある。

第2 被害者救済内容について

  1.  政府の策定する救済措置の方針には、一時金の金額、療養手当の金額などの外に、どのような内容が盛り込まれるか。
  2.  救済措置の方針の策定について、患者団体はどの程度、どのような形で参加できるか。単に意見を聞き置くという程度か。
  3.  公的診断と民間診断はどのように取り扱われるか。民主党案では主治医の診断書を尊重するとしていたが、これは実際上取り入れられるか。
  4. 救済の対象者は誰がどのような手続きで確定するか。従来のような公健法上の認定審査会、国の審査会などの答申を経るか。

第3 救済対象者について

  1.  解離性の感覚障害はどのように取り扱われるか。民主党案では触覚だけや痛覚だけの乖離性をも取り込んでいるが、本法案ではどうか。特に口の周囲の触覚若しくは痛覚の感覚障害だけは解離性を認めたのは何故か。
  2. 法5条2項「口の周囲の触覚若しくは痛覚の感覚障害、舌の二点識別覚の障害又は求心性視野狭窄の所見を考慮するための取扱」とはどのような趣旨か。
  3. 胎児性や小児性の患者についての配慮は何かあるか。これらはいまだ研究が不十分であり、また描像論も不十分であり、今後調査研究して描像論の確立を図る予定があるか。法37条の研究にはこの点が含まれるか。

第4 裁判を受ける権利等の侵害について

  1.  本法による救済を求めるには、裁判の取下げや公健法の取下げを要求した理由は何か。95年当時は国の責任が確立していなかったが、現在では違うのであるから、95年を踏襲する必要はない。わざわざ法律にまで書き込んでこれを求めるということは、要するに取引的和解を要求するということではないか。
  2.  公健法の認定申請を続けていて、棄却された後に本法に基づく救済の請求は可能か。

第5 調査研究について

 法37条を定めた趣旨は何か。37条3項は、すでに環境省が昭和50年代から調査研究を実施しているものばかり。新しいものは入っていない。もともと民主党案では、救済に役に立つようにということで「特定疾病の範囲の拡大その他必要な措置を講じる」とあった部分が削除されている。調査研究によって、救済対象者の拡充等を検討するか。

第6 最終解決について

 前文と第1条にのみ最終解決と謳っている趣旨は何か。要するに本法は最終解決を目的としているのか。どう見ても問題点が多すぎるので、被害者らはやむなく裁判を続けざるを得ない。最終解決とは具体的にどのようなことを言うか。


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