松野の日々の活動の様子をお伝えします。



◆ 2011年 8月 17日

いわき市からの避難の皆さんとの懇談

 福島県いわき市から福島原発の避難ということで、水俣市に子どもさんが12名、保護者が4名、合計16名がやってこられました。7月22日以降8月20日までの予定です。
水俣市内にある新栄合板という会社の保養所が水俣市湯の児にあって、その保養所を無償で提供するということになり、これを受けていわき市から夏休み避難が実現したというものです。私は水俣市長の宮本さんからこの話を聞いて、是非とも一度お邪魔をして励ましを兼ねてお話もお聞きしようと思っていました。国会情勢が不安定でしたのでなかなか時間がとれませんでしたが、ようやく8月17日午後に実現しました。

 保養所の場所は、目の前が湯の児海岸ということで典型的な海の家といったものでしたが、子どもたちはとても元気に楽しそうに遊び回っていました。でも福島では出来るだけ戸外での活動は控えていたそうで、人口30万人のいわき市の町中は何となく静まりかえっているとのことでした。

 お母さんたちからお聞きした話で印象に残ったのは、次の点です。

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いわき市では放射線量の測定が行われているが、今のところは汚染度が低いということで、小学校では普通に運動場で体育の授業も行われているが、せめて表土を剥いでより安全度を高めて欲しい。

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原発はもう懲り懲り。多少電気代が高くなろうとも原発に依存しないで電気を作りだして欲しい。

B

子どもたちの将来のことを考えると、福島県民でありながら福島県産の食べ物は出来るだけ避けて他県の安全な野菜などを食べさせている。

 出来たら来年もまた来たいというほど、とても水俣が良かったと言ってくれたのには私も心から嬉しくなりました。またお会いしましょう。




◆ 2011年 8月 12日

八ッ場ダム問題で江田五月法務大臣や三井辨雄国土交通副大臣に申し入れ

民主党のマニフェストでは八ッ場ダムは中止を訴えていたが、どうも雲行きが怪しい。政権与党ではあるが、政府に対して言うべき点はしっかりと言わなければならないと思っています。特にダム問題は尚更という思いです。

松野が会長を務めている「公共事業チェック議員の会」及び会長代行を務めている「八ッ場ダム等の地元住民の生活再建を考える議員連盟」の2つの議員連盟がそろって申し入れをしました。前者の議員の会は超党派ですが、後者の議員連盟は民主党だけのものです。

公共事業チェック議員の会独自の申し入れとしては、「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議の中間とりまとめ」に基づくダム検証について、国土交通省地方整備局や府県の検証作業が、結局のところ、ダム建設を推進しようという思惑によって進められているのではないか、現在のところ少しずつ検証作業が進められているが、ふたを開けてみればほとんどがダム以外には有効な治水対策がないという結論になりはしないか、といった問題点を指摘して検証作業の公開などを求めるものです。
その他は八ッ場ダム特有の問題ですが、去る8月2日に東京地方裁判所で判決のあった「利根川流域分割図等の情報公開請求訴訟」について、国として控訴せず、速やかに「流域分割図」及び「流出モデル図」を開示することを要望したものです。

前者の申し入れはなかなか簡単ではありませんが、後者の申し入れは明言したわけではありませんが、手応えのある感触を得ました。16日が控訴期限ですが、大いに期待したいところです。

チェック議員の会・ダム検証要請書

 

チェック議員の会・情報公開要請書
Word版
PDF版
Word版
PDF版

八ッ場ダム議連・要望書
Word版
PDF版



◆ 2011年 7月 13日

7月13日宮城県視察

 7月13日朝7時16分東京発の東北新幹線「はやて211号」に乗って仙台に向かい、夜8時に東京に帰ってくるまで宮城県視察をしました。これは民主党復旧・復興委員会としての視察であって、岡田克也幹事長、輿石東参議院会長らとご一緒でした。私は組織委員長代理であり震災対策本部宮城県対策室長という立場でした。
今回の視察は、9月に予定している約10兆円もの第3次補正予算を積算するため、現地を訪問して、地元の皆さんから率直なお話を聞こうというものでした。

 まずは仙台駅付近のあしなが育英会の東北事務所でヒアリングを受けましたが、震災でご両親などを亡くした子どもさんたちのお世話をして頂いている方々でしたが、母親を亡くしたり、父親を亡くしたり、あるいは両親とも亡くしたりした子どもが約2000人もいるとの説明に正直ビックリ。今回の震災の悲惨さをマザマザと感じるものでした。
その後は東松島市に赴いて、市長さんからJR仙石線復旧や地域被災住民の高台移転計画について要請を受けました。JR仙石線野蒜(のびる)駅で市長さんから説明を受けましたが、なるほど駅舎も滅茶苦茶に壊すほど津波の被害がものすごかったと実感しました。

 その後は石巻漁港や石巻市長さん、石巻商工会議所、石巻水産復興会議の皆さんと意見交換をしましたが、水産業の皆さんからのお話では、水産庁は漁民のことは考えているのに関連の水産加工業のことは考えてくれない、水産庁は、実は「水産庁」ではなく「漁民庁」だというのが印象に残りました。

 成る程例えば、第1次補正予算では漁業関係では約2000億円の予算を確保しましたが、そのうち水産加工業には僅か18億円しかなかったというものです。宮城県とりわけ石巻市の漁業を支えているのは水産加工業だというのに、また水産加工団地が壊滅したり、冷蔵冷凍庫も喪失したのに支援がない、との言葉は厳しいものでした。
石巻漁港付近には多くの水産加工会社が集積していて、多数の雇用も生んでいるし、石巻市を支える大きな業界でもあります。こうした企業は、どうしても中小企業庁が支援するという役所の構図になっている関係で、支援の手が乏しいという実感を受けましたので、これはしっかりと第3次補正予算では確保したいと思いながら夜、東京に帰ってきました。




◆ 2011年 7月 3日

甲佐松野会総会で東日本大震災の報告講演

 7月3日に松野信夫の甲佐町における後援会、甲佐松野会の定期総会が開催され、第1部の総会終了後、第2部の報告会としてグループホームせせらぎ管理者の高橋恵子さんから「東日本大震災の現場を訪ねて」と題して報告をしていただきました。高橋さんは認知症のグループホームを甲佐町内で2箇所経営をしておられます。また日本認知症グループホーム協会熊本県支部長でもあります。

 こうした活動をしておられる彼女の元へ、同じグループホームの仲間から3月11日の東日本大震災後に「助けて!物資も何もない。」という電話があったことから、夫である熊本保健科学大学教授の高橋徹さんと一緒に、車に物資を乗せられるだけ乗せて熊本を出発して被災地へ向かわれました。
3月には8日間、5月には7日間、岩手県の陸前高田市や大船渡市を訪れ、グループホームの皆さんをはじめ被災地の避難者の方々を支援してこられました。岩手県まで車で行くこと自体が大変でしたが、着いてからも色んな苦労をしながらボランティアをやられてきた様子がスライドを使ってお話しされました。

 その後、松野からも「被災地宮城県を訪ねて」と称して報告をしました。松野自身、民主党の震災対策本部宮城県室長に就任し、5月に3日間現地視察をしたことや、連日のように被災地からの要請を受けて、そうした声をできる限り実現するように取り図っていることなどを報告しました。また原発事故を踏まえてこれからは自然エネルギー中心にしていくこともお話ししました。
 聴衆は約50名でしたが、皆さん熱心に聞いていただき和やかな雰囲気のうちに総会は無事終了しました。



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