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7月29日は午後1時30分に、まずは五木村役場に到着。和田村長と懇談をする。鎌田県議も同行して最近の五木村の様子をお聞きした。
和田村長の話では、川辺川ダムは本心からダム歓迎しているのではない。しかしダムを前提として農地造成10haが約束されているのに実際には3haしか出来ていない。また頭地大橋も出来ていないし、その他の道路整備もしてもらわなくてはならないから、ダム反対を表明できないという。
全村長の西村さんよりは率直な発言で、私は好感が持てたし、ある程度納得もできた。やはりニンジンをぶら下げながらどうしてもダムに引っ張りこもうとする国のやり方に怒りを覚える。
五木村から少し下ったところに板木ダムがある。これは九州電力のダムであるが、何と大雨でダムが決壊して壊れてしまった。
九電の担当者からも説明を聞いたが、なぜ壊れたのかまだ分からないとのことで、コンクリートのダムも自然の力の前には無力のこともあることを実感した。コンクリートのダムも劣化すれば一寸した水圧でも壊れるものなのであろう。
さらに下って午後4時30分には荒瀬ダムに到着し、民主党代表代行の菅さんと合流した。
荒瀬ダムは潮谷知事時代に撤去が決定しているにもかかわらず、蒲島知事はこの決定を凍結すると表明し、とにかくびっくりしている。知事就任後わずか2ヶ月で、それまでの議論をひっくり返してしまうし、マニフェストにも載せていなかったような重大な決定を易々と下すことにはいささか唖然とする。
この意味で、荒瀬ダムの現場では熊本県の企業局の担当者から説明を聞くも、単に壊すことには想定以上の費用がかかることが分かった。クリーンエネルギーを大事にしたいなどと言うばかりで、要領を得ないし、肝心のダムを撤去して川が正常化することの意義は全く触れないことに憤りを感じた。
29日夜は菅さんたちと一緒に人吉で住民集会に臨んだりして意見交換を行った。
30日は朝から人吉の田中市長と面談をしたあと、昼には蒲島知事とも面談した。
蒲島知事はしきりに荒瀬ダムと川辺川ダムとは別個の問題であるとか、荒瀬ダム撤去については平成15年当時、あまり議論もないまま撤去が決まっているなどと発言していた。しかし菅さんや私から、両ダムは政治的には決して別個の問題ではないし、お役所は関連して見ているはずであると説明した。
また荒瀬ダム撤去については、県と国とで10回以上は協議を重ねて検討しているが、その協議資料は国交省は明らかにしない点を指摘し、お役人に騙されないよう呉々も注意するよう苦言を呈した。
一応、蒲島知事は荒瀬ダムについてはまだ決定したわけではなく、しっかりと議論するとは言っておられたが、どうも現時点ではダム撤去はしないことを気持ちの上では決めておられるような印象を持った。言葉の端々からそのように見受けられ、ますます心配が強くなった。
蒲島知事は人が良いから、案外、お役人からの一見科学的に見えるような資料や説明にはコロリと傾いてしまうのではないか、という心配がある。
この点、菅さんは大臣時代の経験から、お役人は都合の良い資料は示しても都合の悪い資料は上手に隠したりごまかしたりして、お役人の考える方向に持って行こうという習性があるから、軽々しく考えないようにとの注意がなされた。
今後とも可能な限り、正確な情報提供をしていって、誤った判断にならないよう監視し続けたい。
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