バックナンバー (2008年下半期)

松野の日々の活動の様子をお伝えします。



◆ 2008年12月23日

毎年恒例の「もちつき大会」

後援会の方々、事務所近隣の方々と松野信夫後援会事務所前で「もちつき大会」を開催いたしました。
多くの方々に参加いただき、大盛り上がりの一日となりました。

今年は参議院を中心に、税金の無駄使いの追及、雇用対策等々、激動の国会でした。そのような中で、私が一生懸命頑張ってこれたのも皆様方に支えられているおかげです。
感謝!と政権交代!!の気モチを込めてつきました。

来年も素晴らしい1年になりますように!




◆ 2008年12月22日

緊急雇用対策関連4法案の衆議院厚労委員会答弁に立つ

12月22日は朝9時から衆議院厚生労働委員会の答弁に立った。

まず前日21日は日曜日であったが、朝熊本空港を発って昼12時には羽田に着き、そのまま議員会館に向かった。そして、午後1時から野党3党の答弁者や民主党政策調査会の委員らが国会の会議室に集まって、答弁内容の検討と確認を行った。
これは先の参議院での本会議可決を経て、今度は衆議院に送付されたのを受けたものであったが、急に衆議院厚労委員会で22日に質疑が行われることになったので、まさに急きょ勉強会を開催したものであった。
21日は夜6時頃までの勉強会でだいたいの答弁内容を確認し、さらに22日朝8時から民主党、社民党、国民新党の各答弁者が集まって最終チェックしてから9時の委員会に向かった。

厚労委員会ではまず自民党の二人から質問がなされたが、時間調整がうまくなかったようで、私が答弁する担当の内定取り消し問題や有期労働契約問題までには至らなかった。
その次に公明党の桝屋委員から質問がなされ、私の参議院での内定の推定規定に関する質問が飛んできたので、答弁に立った。「推定」と「みなし」との違いなどを説明して、内定する企業側と学生側の調整の観点から推定を働かせても、学生側には不利にならないことなどを説明した。これをこなした後、民主党の細川委員からの有期労働契約に関する質問が来たので2回答弁に立たせてもらった。

その後は民主党の山田委員の質問のはずであったが、突然、委員長が休憩を宣言して質疑が中断になってしまった。その間延々約50分程度理事懇談会が開催され,結局、本日の委員会は休憩にしたまま残余の質疑と採決を24日午前9時からに見送ることになったという報告がなされた。
何か拍子抜けした感じであり、まあ国会は何でもありの世界ではあるから、いちいちこんなことで驚いてはいけないかもしれないが、一緒に座っていた舛添厚労大臣もどうなったのか、24日は朝から閣議があるので困ったななどと話していた。

与党も、この法案の内容は大部分賛成できるので、あまり慌てて採決をしたくはないのであろう。とりあえず採決見送りとして、23日の休日返上でその対策を練るのではないか。世間的にこの法案に正面から反対とは言いにくいから何らかの作戦をとって、この法案の細かな荒探しでもしてやはり賛成できないという体裁を取り繕いたいのではないか、との疑いが濃厚だ。
答弁に立っていた参議院の答弁者も、何か釈然としないで不満を持ちながら衆議院厚労委員会を後にして、我々答弁者の答弁に隙がなかったので,与党も追及の手に困ってしまったのが実際ではないかなどとお互いに話しながら衆議院を出た。時間は昼過ぎになっていた。
いずれにしても24日朝9時からまた丁寧な答弁をすることで頑張らなければならないことになった。




◆ 2008年12月18日

緊急雇用対策関連4法案の委員会答弁に立つ

12月18日は朝から長い1日となった。朝8時から民主党、社民党、国民新党及び連合主催の「緊急雇用対策関連4法案の早期成立を求める12.18集会」が開催され、これに出席した。野党の国会議員も多数参加していて、まずは全員一致で早期成立を目指して断固頑張ろうという気勢をあげた。
その後9時からは国会内で法案発議者どうしの答弁についての検討会がなされた。前日の17日も夜8時から検討がなされたが、最後の確認といった感じで詰めの作業を行った。その最後の検討会に出席して答弁の担当者や答弁内容を最終チェックして,国対役員会に出席し、また外国人難民問題の検討会や民主党の税制調査会などに出席して、昼食も部屋でパンをかじる程度にして午後2時からが本番の厚生労働委員会での答弁となった。

私の担当は有期労働契約遵守法の部分である。今回の雇用関連4法案のうち最も与党が反対しているのがこの法案ではなかろうか。自民党は、質疑の中でも有期雇用に関して坂本由紀子議員を立ててきたが、彼女はかって労働省の局長さんまでやっていた議員であるからいわば専門家である。
民主党の法案は有期雇用を制限しようというもので、原則は期限の定めのない雇用だというもので、そうならば現在の厳しい雇用事情からして有期雇用で働いている人たちがかえって雇用の場を失うのではないかといった具合の質問であった。

私の答弁では、民主党の雇用に関する考え方では、期間の定めのない雇用こそが原則でなければならないし、有期雇用については一定の制限の元で容認するような内容になっており、多くの派遣労働などは一時的または臨時的な形式で可能であり,もしくは専門的な職種の場合にも対応できるようになっている旨、丁寧に説明したつもりであった。
坂本議員から,民主党の考え方は社会主義のようだなどという批判がなされたが、それこそ的外れな批判であり、局長まで務めた議員の質問にしてはいささかお粗末ではないかという印象を持たざるを得なかった。それでも一時、与党は欠席するのではないかと思われていたが、出席して審議が出来たことは良かったと思う。

また法案の内容は、有期労働契約遵守法については批判がなされていたが,その他の3法案については、内容としては何も法案にしなくても政府として実施する予定であるなどとも言っていたので、事実上は賛成できるはずなのに、衆議院解散・総選挙が近づいている時期に民主党に得点を稼がせたくない思いが強く賛成に回ってもらえなかったことは残念であった。

その後5時には質疑が終了し,自民党若手議員からの怒号が飛び交う中で採決がなされ、いささか混乱しながら無事採決まで終えることが出来て、やれやれであった。




◆ 2008年12月15日

緊急雇用対策関連4法案を参議院に提出

全国で採用内定取り消し、派遣や非正規労働者の雇い止めなど深刻化する雇用情勢の悪化を踏まえ、民主党、社民党、国民新党3党共同で雇用対策関連4法案を参議院に提出しました。
法案の発議者として直嶋正行政調会長、福山哲郎政調会長代理、小林正夫・党非正規雇用対策プロジェクトチーム事務局長に加えて松野も名を連ねました。
事務総長に提出した後、国会内で記者会見も行いました。とにかく今のひどい雇用情勢を少しでも改善することはまさに喫緊の課題です。スピードと実効性とセーフティネットの拡大を早急に実現していかなければなりません。法案は18日午後にも厚生労働委員会で趣旨説明が行われ、答弁にも立つ予定です。この法案の概要は以下の通り。審議の場面でもしっかりとアピールしていきたいと思います。
なお、以下のBとCの法案は雇用保険法改正で1本の法案になっていますので法案の数は4本です。

@

採用内定取消しを規制する「労働契約法改正案」

A

非正規労働者も雇用調整助成金の対象にする「派遣労働者等解雇防止特別措置法案」

B

派遣労働者等の就労支援のための住まいと生活の支援する「住まいと仕事の確保法案」

C

雇用保険制度の拡充によりセーフティネットと雇用を確保する「雇用保険法改正案」

D

有期労働契約の締結、終了のルールを明らかにする「有期労働契約遵守法案」




◆ 2008年12月 9日

財団法人日本鳥類保護連盟主催の愛鳥懇話会に出席

日本鳥類保護連盟は由緒ある財団法人であり、総裁は常陸宮殿下です。松野は本年度から新たに理事に就任しましたので、理事としての初仕事が愛鳥懇話会への出席でした。
もともとこの法人の理事は河野洋平衆議院議長と江田五月参議院議長という要職の方々でしたが、ご両人は顧問に昇格されましたので,いわばその後任の理事として松野が選任されたものです。両議長とはとうてい比較になりませんが、せっかく頂いた理事職ですのでしっかり務めていきたいと思います。

当日の愛鳥懇話会は東京の日比谷松本楼で行われ、常陸宮殿下にもご臨席をいただき,私も殿下にご挨拶を申し上げる機会がありました。また、愛鳥週間のポスターコンクール総裁賞の授与式では、香川県の造田千帆里さんに授与されました。来年の愛鳥週間に用いられます。
懇親会では斉藤鉄夫環境大臣、江田議長の挨拶の後、私も挨拶をさせていただきました。私は挨拶の中で水俣病のことに触れ、水俣病の最初の発見当時には猫テンカン病がよく指摘されるが、実は猫だけではなく鳥類も汚染魚介類を食べて空から落下したりして死亡していた事実があるなどの話をしました。
当日は、毎回のことのようでしたが、江戸家子猫さんの軽妙な鳥の物真似で、拍手喝采でした。私も江戸家子猫さんと名刺交換したりしてお喋りに興じました。




◆ 2008年11月19〜28日

4本の質問主意書を提出

11月19日から28日にかけて4本の質問主意書を提出しました。水俣病問題はかねてから取り上げていた重要課題ですが、これまではどうも食中毒という認識での取組がなされていなかったのではないか、という問題意識から取り上げたものです。
食中毒事件ということであれば、当然、食品衛生法が適用されるはずですが、何故かそうはなっていなかったのです。
食中毒事件であれば、魚介類の摂食禁止などが直ちにとられるべきですし、実際に熊本県は適用しようとしたのですが、厚生省が阻止してしまった。ですから回答が楽しみでもあります。

その他は防衛省関係です。田母神論文をめぐる問題や防衛省の隠蔽体質など追及する材料は沢山あります。
私は平和憲法の下でも率直に防衛論議をしなければならないと思いますし、その際、情報を共有しながら課題に取り組まなければなりません。この意味で、防衛省が情報を隠すようであれば許されませんし、田母神論文問題を通じてシビリアンコントロールを徹底しなければならないと感じています。いずれにしても政府の答弁次第ではさらに追及します。

別紙 : 11月19日から28日にかけて提出した4本の質問主意書 (全てPDF版)
食中毒事件としての水俣病における政府の対応に関する質問主意書
クラスター弾の廃棄に関する質問主意書
航空自衛隊小松基地の民間宿舎借り上げ契約に関する質問主意書
田母神俊雄前航空幕僚長の「日本は侵略国家であったのか」
という題で発表された論文に関する再質問主意書



◆ 2008年11月27日

11月27日法務委員会で質問

参議院法務委員会で国籍法の改正問題で質問に立った。森大臣や政府参考人として民事局長などに質問した。
基本的には賛成の法案であるが、大量のファックスやメールが送られるなど、いささか異様な雰囲気もあるなかでの質問であった。私の質問内容は以下のとおりである。
賛成の立場でありながらも若干の周辺の問題点を追及した格好になった。大臣の答弁は相変わらずあまり面白みのないものであり、実務的な問題点は民事局長とのやりとりが中心となった。

法改正検討の契機は平成20年6月最高裁判決か。それ以前からの検討はないか。
すでに平成17年4月13日の第1審判決では違憲判決その他にも法律上の夫がある外国人女性が懐胎した場合、親子関係不存在が確定した後に生後認知した場合にも胎児認知に準じるとされた最高裁の判決が平成9年10月17日、15年6月12日と続いている。

 

法改正で、胎児認知と生後認知での差別は解消したか。
日本人の父から胎児認知された非嫡出子は出生時日本国籍を取得する(2条1号)。この認知が虚偽でも新たな罰則はない。しかし日本人の父から生後認知された非嫡出子は認知して届けをした時、日本国籍を取得する。この認知が虚偽だと新たな罰則ある。胎児認知と生後認知との差別はなくした方がよいのではないか。現状は合理的な差別とは考えにくい。

 

平成20年6月の最判で、「諸外国において、認知のみにより自国籍の取得を認める旨の法改正が行われている」とあるが、どの国でいつ改正されたか?
そうした改正に理由は何か。改正によって何らかの不都合が発生したか。

 

平成14年11月22日最判では、国籍法3条は憲法14条に違反するとの上告理由に対して実質的な判断を避けて上告棄却したが、3人の裁判官が補足意見を出して国籍法3条が認知に加えて父母の婚姻を要件としていることに疑問を呈した。
積極的には違憲という判断は示さず、平成20年6月4日最判では平成15年当時は違憲とする。要するに原告らが平成15年に法務大臣宛に国政取得届を提出したから、これを救済するには平成15年時点で違憲と言わないといけないからそうなっただけではないか。何らかの特別な状況変化や社会情勢の変化があったわけではないのではないか。そうなると平成15年にそれほどの重みを置く必要はないのではないか。

 

経過措置として、施行日から3年以内に届け出で取得できるが、平成15年1月以後に20歳に達した者に限定しているが、この限定の理由は何か。平成14年12月時点で20歳に達した者は除外されるが、その妥当性はどうか?

 

偽装認知問題について、これまで偽装婚姻、偽装認知、偽装養子縁組で犯罪として摘発された年間件数はどの程度か。
@認知の届けを市町村に提出
A法務局に国籍の取得届提出・・・実際のチェックはここのみではないか。
B戸籍創出の届けを市町村に提出

 

年金、医療、介護、生活保護などの社会保障制度では国籍の有無を問題にしていないが、これは単なる運用なのかそれとも法の要請か。




◆ 2008年11月 1日

日弁連の水俣病シンポジウムに参加

11月1日は朝から上京して日弁連主催のシンポジウム「水俣病の抜本的救済を目指して」に参加してきました。このなかで、以下のメンバーによるパネルディスカッションのパネリストとして参加しました。

・パネリスト

高岡 滋(医師・神経内科リハビリテーション協立クリニック所長)

津田敏秀(医師・岡山大学大学院環境学研究科)

山口和也(熊本日日新聞社政経部次長)

松野信夫(民主党参議院議員)

・コーディネーター
  三角 恒(弁護士・人権擁護委員会委員)

 日弁連がどの程度集めるのかなあと思っていましたが、150人程参加していてまずまずの入りでした。患者団体の皆さんも結構参加されていて、懐かしい感じがする患者の方や活動家、弁護士らもおられ、久し振りにお話しする機会もあったことは嬉しいことでした。 

 政治家としては私一人がパネリストで、聞くところによれば、与党プロジェクトチームの座長である園田代議士にも声をかけたようですが、断られたとのことでした。この点は残念で、私もパネリスト発言の中の冒頭でチクリとこのシンポジウムに与党議員が参加していないのは残念であり、一度、公開の集会においてお互いに議論させてもらえれば喜んで参加するなどと発言した。

 さて実際のシンポジウムは、日弁連が本年6月14,15日に水俣病の患者さん107名を対象に行った被害実態調査の報告を受けてのものであり、様々な症状に苦しむ患者が未だに多数存在することなどの報告もありました。
これを受けてのパネルディスカッションでしたので、医学的な側面を重視したようなとこともあり、医師として高岡 滋先生と津田敏秀先生がパネリストとして参加され、お二人ともパワーポイントを使ってかなり詳しく説明をされていました。

 パネリストの発言の中では、医師お二人の発言時間が割合長くとられていたのですが、それでも言いたいことがまだまだ沢山残されてしまったり、話したこともかなり端折ったりしておられて、この点は残念そうでした。
私のほうは、民主党案の被害者救済の基本的方針やその内容などをお話ししたり、与党案との違いなども強調しておきました。また、実際の救済に当たっては被害の実態調査の重要性を指摘したりもしました。

 こうしたシンポジウムを重ねることで、少しずつでも水俣病問題が東京でも話題になることはとても良いことだし、東京のマスコミに載らないといけないとの思いを抱きながら熊本に帰ってきました。




◆ 2008年11月 5日

質問主意書の提出

臨時国会では給油新法をめぐって大きな争点になっているが、こうした中で田母神俊雄航空幕僚長が民間の懸賞論文に応募してとんでもない内容の論文を発表していたことが明らかになった。
内容は、これまでの政府の見解を大きく逸脱して「我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣」等と主張するものである。同論文は、日中戦争での日本の侵略や植民地支配を反省するどころか正当化する内容であり、さすがに浜田靖一防衛大臣は10月31日、「政府見解と異なり不適切だ。職にとどまるべきではない」と述べ、同航空幕僚長を解任した。
すると政府はまさに定年退職という形で幕引きを図ろうとしたが、これを見逃すことは出来ない。

そこで松野は11月5日、政府に対して別紙の通りの質問主意書を提出しました。政府は1週間以内に答弁をしなければならないが、答弁が届いたら、内容によってはさらに追及したいと考えている。

別紙 : 田母神俊雄前航空幕僚長の論文に関する質問主意書
Word版
PDF版



◆ 2008年9月26日

民主党、汚染米調査団による調査

9月26日
民主党汚染米調査団による調査を行った。松野の同僚である大島九州男参議院議員を団長にお願いして以下のメンバーであった。
団長:大島 九州男 参議院議員
副団長:外山 斎 参議院議員
事務局長:松野
団員:鎌田 聡 県議、 濱田 大造 県議

行程
11時30分 熊本市川尻にある和菓子店、北川天明堂に川尻六菓匠のうち3名の方に集まっていただいて、被害の事情聴取を行った。
三笠フーズの汚染米を使ったらくがん粉を使用したと農水省が発表したのが梅園さんであり、聞いたら全くの被害者で本当にお気の毒な気がした。梅園さんもその他の菓匠さんたちもそれぞれ少しでも良い菓子を作ろうと一生懸命努力している姿がよく分かったし、長年にわたって信用ある取引先からこうした原材料を仕入れているとのことであった。
まさか使ったらくがん粉に問題の汚染米が混入しているなど予想もしないことであったし、決して安い原材料を購入したわけでもないとの説明であった。
納得できる説明であり、やはり三笠フーズのあくどさとこれを見過ごしていた農水省の検査態勢こそが問題であることがますます明らかになった。
また被害の実態としては、売り上げが大幅に落ち込んでいるとか、現金商売であるので非常に苦しいといった窮状も聞いて、まずは売り上げ回復に向けた対策の必要性を痛感した。団員それぞれ励ましの言葉もかけたし、皆せめてもの応援という趣旨で、おみやげのお菓子を買い込んでいた。

13時30分 九州農政局に行って交渉を行った。九州農政局管下の福岡農政事務所から5年間に96回も検査していながら三笠フーズのインチキを見落としていた点については率直に謝罪があった。
ただし、松野からは出張して検査してきた復命書では事故米がアルコールや焼酎に利用されているという報告がなされているのではないかとの追及には、それは事故米のことではなく正規米のことであるとして逃げ腰であったことが残念であった。松野からは重ねて、もしそうであるならば、事故米での調査やその報告書を明らかにするよう要求し、農政局側もこれを約束してので、どういう結末になるか、この点はさらに調査のうえ追及しなければならないポイントである。

なお、農水大臣宛に徹底した究明と防止対策などを文書でも要求したので、これは別添のとおりである。

別紙 : 「三笠フーズなどによる汚染米不正転売に関する要請」
Word版
PDF版

課題
それにしても熊本県内で41件の菓子店、清酒や焼酎メーカーに三笠フーズの汚染米が流れていたということで、問題は根深く深刻であることは間違いない。
米という日本の最大の食料が実は大変な問題をはらんでいること、ミニマムアクセス米にからんだ諸問題はこれまでいささか見落とされがちであったが、購入から保管や処分に至るまでこの際徹底して解明しなければならない重要課題であることがますます明白になった。さらに追及していきたい。




◆ 2008年9月 3日

福田総理の辞意表明に怒る緊急記者会見

9月1日夜9時半に突然、福田総理の辞意表明があった。この日は宇土市で第四区の党員会議を開催して四区の候補者問題や支部体制の強化の話をしてきて、夜9時20分頃に自宅に到着してテレビをつけたらすぐに緊急記者会見が始まりあっと驚く辞任であった。
驚いたのは勿論であるが、怒りも覚え、また日本の総理は安倍氏といい、福田氏といい、なんと情けないのか悲しくなるほどであった。それほどまでにひどい辞任劇であった。

2日は朝から県連で緊急記者会見を行い、別紙のような談話を発表した。

別紙 : 「福田総理の辞任表明を受けての談話」
Word版
PDF版

質問してきた記者さんたちも、今回の辞任はひどいという気持ちを持っているかのように、私の悲憤慷慨に共感していたようであった。
また夜7時からは緊急役員会を招集して対応を協議した。集まった役員も皆一同に今回の辞任には呆れていたようであったし、自民党もいよいよ末期症状だということで認識を共有できた。

そこで9月6日(土)午後1時からはシャワー通りで街頭演説を行って抗議の意志を明確にするとともに来たるべき衆議院選挙でのアピールを行うことになった。単なる敵失に止めるのではなく、民主党の存在を大いに訴えていくチャンスにしなければならないから、街宣の強化が必要だ。何度でも街宣やろう!!




◆ 2008年8月26日

川辺川ダム問題、荒瀬ダム撤去問題で申し入れ行動

人吉市役所、国土交通省九州地方整備局川辺川砂防事務所、五木村役場、相良村役場、熊本県庁
それぞれ流域の地方自治体の長などに川辺川ダム問題、荒瀬ダム撤去問題で民主党の方針などを伝えて、各自治体へ申し入れ行動を行った。当日は、松野信夫の外に鎌田、濱田両県議と一緒に、申し入れを行ったが、役所役場ではそれぞれの長が直接に対応していただいた。
民主党としては、川辺川ダムは反対、荒瀬ダムは撤去を決定しており、こうした趣旨を丁寧に説明した。

人吉市長は9月2日に、相良村村長は8月中には意見表明することを明らかにされた。大いに期待した。
9月11日は熊本県知事が川辺川ダム問題について意見表明することになっており、いわば全国注目の的になる。是非とも民主党の方針に沿った形での表明を期待したい。

なお参考までに熊本県知事宛の申し入れ書を添付する。

川辺川ダム建設及び荒瀬ダム撤去問題に関する申入書
Word版
PDF版




◆ 2008年7月29・30日

五木村、板木ダム、荒瀬ダムから川辺川ダムへと一巡り

7月29日は午後1時30分に、まずは五木村役場に到着。和田村長と懇談をする。鎌田県議も同行して最近の五木村の様子をお聞きした。
和田村長の話では、川辺川ダムは本心からダム歓迎しているのではない。しかしダムを前提として農地造成10haが約束されているのに実際には3haしか出来ていない。また頭地大橋も出来ていないし、その他の道路整備もしてもらわなくてはならないから、ダム反対を表明できないという。
全村長の西村さんよりは率直な発言で、私は好感が持てたし、ある程度納得もできた。やはりニンジンをぶら下げながらどうしてもダムに引っ張りこもうとする国のやり方に怒りを覚える。

五木村から少し下ったところに板木ダムがある。これは九州電力のダムであるが、何と大雨でダムが決壊して壊れてしまった。

九電の担当者からも説明を聞いたが、なぜ壊れたのかまだ分からないとのことで、コンクリートのダムも自然の力の前には無力のこともあることを実感した。コンクリートのダムも劣化すれば一寸した水圧でも壊れるものなのであろう。

さらに下って午後4時30分には荒瀬ダムに到着し、民主党代表代行の菅さんと合流した。
荒瀬ダムは潮谷知事時代に撤去が決定しているにもかかわらず、蒲島知事はこの決定を凍結すると表明し、とにかくびっくりしている。知事就任後わずか2ヶ月で、それまでの議論をひっくり返してしまうし、マニフェストにも載せていなかったような重大な決定を易々と下すことにはいささか唖然とする。
この意味で、荒瀬ダムの現場では熊本県の企業局の担当者から説明を聞くも、単に壊すことには想定以上の費用がかかることが分かった。クリーンエネルギーを大事にしたいなどと言うばかりで、要領を得ないし、肝心のダムを撤去して川が正常化することの意義は全く触れないことに憤りを感じた。

29日夜は菅さんたちと一緒に人吉で住民集会に臨んだりして意見交換を行った。

30日は朝から人吉の田中市長と面談をしたあと、昼には蒲島知事とも面談した。
蒲島知事はしきりに荒瀬ダムと川辺川ダムとは別個の問題であるとか、荒瀬ダム撤去については平成15年当時、あまり議論もないまま撤去が決まっているなどと発言していた。しかし菅さんや私から、両ダムは政治的には決して別個の問題ではないし、お役所は関連して見ているはずであると説明した。
また荒瀬ダム撤去については、県と国とで10回以上は協議を重ねて検討しているが、その協議資料は国交省は明らかにしない点を指摘し、お役人に騙されないよう呉々も注意するよう苦言を呈した。

一応、蒲島知事は荒瀬ダムについてはまだ決定したわけではなく、しっかりと議論するとは言っておられたが、どうも現時点ではダム撤去はしないことを気持ちの上では決めておられるような印象を持った。言葉の端々からそのように見受けられ、ますます心配が強くなった。

蒲島知事は人が良いから、案外、お役人からの一見科学的に見えるような資料や説明にはコロリと傾いてしまうのではないか、という心配がある。
この点、菅さんは大臣時代の経験から、お役人は都合の良い資料は示しても都合の悪い資料は上手に隠したりごまかしたりして、お役人の考える方向に持って行こうという習性があるから、軽々しく考えないようにとの注意がなされた。

今後とも可能な限り、正確な情報提供をしていって、誤った判断にならないよう監視し続けたい。




◆ 2008年7月27日

民主党熊本県連代表に就任

7月27日は昼12時半から民主党熊本県連第11回大会が開催され、松野信夫が第5代目の代表に就任した。
昨年9月以降代表を務めた松野頼久代議士は、自分の選挙と国政に専念することで代表を辞任され、新たに県連常任顧問に就任した。鎌田聡県議は代表代行、田尻将博熊本市議は幹事長にそれぞれ留任。新体制がほぼ固まり、いずれ常任幹事を補充したいと考えている。

午後3時からは10周年パーティが開催されたが、1200人ほどの参加者で大盛況であった。
会場に入りきれず廊下にとどまる方もおられたほどであった。もちろん、小沢一郎代表が来熊されたことも大きかったであろうが、やはり民主党に対する期待が高まっていることの表れではなかろうか。
本会場内外で、皆さん、これだけの参加者が集まることにいささか驚嘆しておられたし、是非政権を勝ち取って欲しいという声に溢れていた。この勢いをさらに拡大しなければならない。

新代表の任期は1年であるが、全力投球で走っていきたい。当日の記者会見や新代表挨拶で表明した基本方針は以下の通りである。

2008年度民主党県連最重点基本方針

県連代表 参議院議員 松 野 信 夫

1.

政権交代に向けた総選挙闘争体制の確立

今年秋から来春までの間に予想される衆議院解散総選挙に確実に勝利するための執行部その他の組織体制を確立する。今後の活動はすべて総選挙に向けたものとしてとらえていく。このために候補者本人の努力はもとより、オール民主で戦わなければならない。オール民主体制なくして勝利もない。

2.

党としての活動の強化・・・議員党から組織党へ

これまでは民主党としての活動よりも議員個人の活動に重点が置かれていた。議員個人の力量を高めるとともに民主党としての活動を強化することで党の主体性が確立できる。日本における二大政党制の確立を目前に控え、熊本においても政治における健全な政党文化の浸透を目指していく。

3.

県土あまねく活動の拡大化・・・都市政党から全県政党へ

これまではどうしても都市部に活動の力点が置かれていたが、昨年の参議院選挙勝利で県内各地にも民主党の知名度や期待度は格段に上昇した。この期を逃さずに郡部においても民主党の活動を広げて認知度をさらにアップさせる。こうした活動を通じて地方議員の人材発掘や拡充を図っていく。




◆ 2008年7月16日〜23日

中国東北地方に講演旅行

松野は以下の行程で中国東北地方に講演旅行に行ってきました。

16日
12:20福岡発;中国南方航空646便
13:10大連着(以下、現地時間)夕方まで大連市内観光
23:00瀋陽着。 瀋陽泊

17日
午前:瀋陽故宮博物館など市内観光
14:00松野講演;遼寧大学日本研究所(崔新京教授)主催、聴衆は大学の教授陣と学生など約50人、講演時間は通訳を入れて約2時間、その後質問など入れて合計約2時間半の講演であった。
学生さんからも領土問題を含めなかなか鋭い質問も寄せられた。
講演後、遼寧大学の新しいキャンパスなどを見せていただいたが、実に広大なキャンパスは日本では見られないほどの広さでうらやましい限り。夕食は崔教授の他に副学長も参加して賑やかであった。 瀋陽泊

18日
午前:清東陵など観光
午後:瀋陽から列車で長春へ。 長春泊

19日
午前:偽満皇宮博物館、関東軍司令部など観光
14:00 座談会;東北師範大学周頌倫教授と学生とで約20人参加。松野からは最近の日本の新しい政治情勢などの報告をして、出席者からはいくつかの質疑もなされた。日本語を勉強中という学生さんからは日本語での質問も出されたが、終始和やかな雰囲気であった。教授陣からは東アジア経済圏を進めたいとの意見も出された。
19:45 長春空港から大連へ。 大連泊

20日
終日大連市内観光。 大連泊

21日
大連から旅順へ。旅順観光では劉毅大連大学教授同行。
大連泊

22日
終日大連市内観光、領事館大連事務所訪問。かって満鉄の本社であった建物は大連鉄道局の事務所に使われていた。
大連泊

23日
8:45大連発;中国南方航空645便
11:20福岡着

(感想)
総じて楽しい講演旅行でした。遼寧大学日本研究所や東北師範大学での講演も出席者の皆さんには大変熱心に聞いていただいたし、熱心に質問も出していただいて、松野にとって大変、嬉しく心に残る講演旅行となりました。一緒に同行していただいた天津社会科学院の孫さんや範さんには特にお世話になりました。謝謝。